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100.差し伸べられた手、踏み出した一歩

祝100話

「――これで、どう……?」

「んー、どれどれ……」


 リューテシアから手渡された宝石を受け取り、中の術式を確認する。

 術式に不備は見当たらず、これならば問題無く稼動するだろう。

 他の数個も確認するが、他も見事に中に術式が刻まれていた。


「……ま、及第点ね。一個だけミスってるのがあったけど」

「えっ!? う、嘘!?」

「コレよ、ちゃんと導通ラインが構築出来てないわ。修繕不可能レベルのミスではないから、直せば使えるわ。だから、及第点って事で」

「むぐぅ……」

「……参りましたね。僕もガラス玉にはある程度安定して術式を刻む事が出来るようになったのですが……これが、才能の壁ってヤツなのでしょうか?」


 リューテシアの出来を自らの目で見て、素直に負けを認めるルーク。

 以前、課題として提出した魔石製造に関するリューテシアとルークのレース結果は、リューテシアの勝利という結果となった。


「というか、宝石を使った本番に関してはつまんない位失敗しなかったわね」

「ミラがミスしたら罰金とか言って脅すからでしょ……!」

「だってそれ位の緊張感を持って貰わないと困るしね」


 徹底的にガラス玉で練習を重ねたのか、宝石を用いての魔石作成本番。

 リューテシアは結局両手の指で足りる程度しかミスをしなかった。


「……ま、これだけ出来るなら良いか」


 これならば、リューテシアに魔石製作を任せても良さそうだ。

 無論、私程の製作精度と速度を要求するのは酷だが、一日丸々集中してやれば一つ位は魔石を作れるだろう。


「――なら、前言った通り。リューテシアには報酬を出さなきゃね」


 技術習得手当てとでも言うべき、高額な報酬。

 魔石を手作業で作るのは、繊細な魔力操作と集中力が要求される非常に難しい作業だ。

 なのでこれ位は払わねば、技術者に失礼というものだ。


「じゃ、はい。今までお疲れ様でした」


 これで、リューテシアもめでたく借金完済となる。

 実際には、エスカレーター作成等も含めての貢献があるので、借金から今回の報酬を差し引いても少し残る。

 残った端数分、麻袋から金貨を取り出してリューテシアに彼女自身の奴隷契約書と共に手渡す。


 それを受け取ったリューテシアは、無言で自身の奴隷契約書を空中へ放る。

 魔力を纏った風の刃が奴隷契約書を八つ裂きにし、奴隷契約書はその効力を失効する。

 効力は低いが、一切の詠唱を行わない最速の術である。リューテシア、貴女そこまで出来たのね。

 リューテシアの首に取り付けられていた、彼女を縛る枷の象徴であった首輪は外れ、地面へと転がった。

 先程まで自らを縛り付けていた首輪を拾い上げ、手に取ってその首輪を見詰めるリューテシア。


「……魔石の作り方を覚えてから、改めて見てみるとこの首輪ってかなり高度な技術で出来てるってのが良く分かるわね」

「私からすればそれ程でも無いんだけどね」


 細かい電子機械が組み込まれている訳でも無いし、単純に魔力を使って起動する単調な仕掛けだ。

 首輪自体に物理的に術式を刻んだだけの、初歩的な仕組み。


「それで、貴女はこれで晴れて自由の身なんだけど。どうするの?」


 ……彼女を縛る枷が無くなったという事は、これからどう行動するかは全てリューテシア自身の自由だという事。

 無論、この地を去るというなら止める気は無い、止める権利も無い。

 その場合、今まで彼女に教えた事は無駄だった――なんて事は無いのだけれど。

 私は、私の持つ知識を独占する気は無い。

 独占は停滞を呼び、停滞した世界が発展を遂げる事は無い。

 もしこの地を去っても、リューテシアは既に得た知識を抱え死に、なんて事はしないだろう。

 その知識を使えば、世界に刺激をもたらす。

 もたらした波紋は広がり、世界の停滞を破壊し、少しずつとはいえ世界を発展させて行くだろう。

 私の目的は、私が過ごし易い環境を作る事だけ。

 だから、彼女がどちらを選ぼうと、私は別段気にしない。


「……そっか。自由、なんだよね」


 未だ首輪に視線を落としたまま、ポツリと漏らすリューテシア。


「ここに来た時は、絶対こんな場所から抜け出してやるって思ってたんだけど。何でかな? 今じゃ、そんなに逃げたいなんて思わないんだよね」


 自らの心情を整理するかのように、リューテシアは吐露していく。


「クレイスさん、って人に会えたからかな? お姉ちゃんの婚約者だって言ってたし、あの人もお姉ちゃんを探してくれてるみたいだし……私が変に動き回るとあの人に迷惑掛けちゃいそうだしね。ここで待ってろって言われたし……私、ここに残るよ。私の故郷は、もう無くなっちゃったみたいだけど。だったらここを、お姉ちゃんが帰って来ても大丈夫な位快適な場所にして待つ事にするわ」

「それで良いのね? それが貴女の決めた生き方なのよね?」

「うん、これで良い。ここで待ってればあの人が、クレイスさんがお姉ちゃんを連れて来てくれるって信じるわ」


 リューテシアは自らの意思で、ここに残る事を決めたようだ。

 ま、私としては有難いわね。

 リューテシアがいなくなったら、今までリューテシアに教え込んできた蒸気機関車の運転方法をまたルークとリュカに私自ら教えないといけなくなるし。


「そう、なら良いわ」

「それに貴女、子供の癖に妙に頭が良いのに唐突に自堕落な生活するし、簡単に自分の命を危険に晒そうとするし――――放っておいたら簡単に死んじゃいそうだからね。『友達として』隣にいてあげるわよ」


 友達……?


「友達、か……」

「そう。友達としてよ、何か文句でもあるの?」



 文句を言えば噛み付いてきそうな表情を浮かべながら、リューテシアは私に向けて片手を差し出してくる。


「……何よ、この手は」

「ん? 友達として、これからも宜しくねって意味よ。握手位した事あるでしょ?」


 ――握手、か。


 そういえばこの手は、今まで一度足りとも、温もりのあるモノを掴んだ事が無かったな。


「友達、ね…………」


 何故だろう。

 リューテシアが何気無く差し出したその手が、注視すればする程、急に虚実のモノのように思えてしまう。


「何よ、私と握手するのなんか嫌って訳?」


 そういう訳じゃ、無い。


「……私なんかとで、良いの?」


 私みたいな輩に、そんな資格があるのだろうか?


「……またそういう事言う。たかが握手でしょ? ほら!」


 リューテシアは強引に私の手を取り、力強く握り締めた。


「ただの握手に何戸惑ってるのよ、こんなの挨拶みたいなものでしょ?」

「えっ、あ、うん……」


 ……リューテシアの手って、私より温かいんだな。

 握り返しても、良いのかな?

 怒ったり、しないかな?

 そんな葛藤が生まれるが、慎重に、ゆっくりとリューテシアの手を握り返す。

 手元から目を離し、リューテシアの顔を見る。

 彼女は上機嫌そうな顔で、私の事を見詰めていた。


「それじゃ、これからも宜しくね! あ、出来れば好い加減穴掘りから卒業したいなー」

「……それは、今後の作業内容によります」

「何でよ! もうモグラ生活は嫌なのよ!」


 リューテシアの手の温もりが、私の手に宿る。

 その熱は身体を走り抜け、心の奥の底から弱火で炙るような熱となって心を焦がす。

 熱い、けど。不思議と嫌では無かった。



 私に無い何かが、心の奥底に灯ったような気がした。






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