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きままに読み流し短編集

機織りの音、風に混じれば

作者: 菊華 伴

 ガチャ、ガッタン、 ガチャ、ガッタン……。


「機織の音か」

「もう、この季節になりましたか」

 黒髪の若者2人が、風に乗って聞こえた音に耳を傾けた。

 季節は秋。寒さ厳しいこの領地では、冬支度に追われている。男たちは狩りや加工に、染料や薬草等の収集に、女たちは収穫した綿を紡ぎ、機を織り、男たちが集めた染料で織った物や糸を染めるのに忙しい。

 織物や薬草は晩秋頃にくる商人達に渡され、食べ物や火種となる物、魔法具と交換してもらう。そして余れば、次の春に王都へと運ばれて市で売られるのだ。

「今年は、ドワーフの女性たちがよりよい機織の道具を作ってくれたよ。妻も使いやすい、と喜んでいた」

 赤い目の男はそう言って微笑む。傍らの青年は、「それはよかったですね」と相槌を打ちながらも、相変わらず夫婦仲の良い兄が少しうらやましく思える。そう素直に言えば「早く嫁を貰え」と苦笑されるのであった。

「親方様、鹿を仕留めました」

「こっちは兎を数羽です。既に血抜きはしてありますよ」

 エルフと思わしき青年が2人知らせに来る。親方様と呼ばれた男は、「それは上々」と満面の笑顔で様子を見に行く。後に残された弟は別の方で雉でも捉えようか、と弓を手に森へと歩いていった。


 エルフとドワーフ、人間が仲良く暮らす山間の辺境。その若き辺境伯は父や祖父がしていたように弟や領民と共に狩りに出かけている。領主の館にこしらえられた仕事場では、女たちが楽しそうに機織りや糸紡ぎ、染物に精を出していた。

 機織り歌を歌いながら、娘たちが機を織る。その中に領主の妻もいた。齢は19で、気丈かつ愛嬌がある女だ。

「奥様は手先が器用でいらっしゃいますね」

「流石に皆さんには敵いません」

 普段近くに暮らす女たちの言葉に、領主の妻は頬を赤くして答え、そうしながらも機を織り続ける。嫁ぐ前は厳しい環境に嫁ぐ事へ不安もあったが、領主や領民たちは心優しく、彼女の不安も薄れていった。結婚して1年を過ぎたが、もう何年も前からここに住んでいるみたいに、安らいだ気持ちになっていた。

「今年の冬は、とくに厳しいようですよ。砦での生活も、2、3ヶ月になるかもしれませんね」

 エルフの女性が溜息混じりに言う。それに多くの女性たちが肯き、領主の妻もまた表情を険しくした。

「ならば、より頑張って食材などを準備しなくては。砦の冬を楽しいものにしたいでしょう?」

 彼女の呼びかけに、女たちは肯いた。


 この領地は、殆どが深い森と険しい山である。人が暮らす場所は少なく、また、冬になると沢山の雪が降って交通が麻痺する。

 その為、領民たちは幾つかの砦に集い、そこで冬を越すのだ。領主の館もその1つで、ほかの砦でも準備が進んでいる。今年は領主の弟が山間の砦に、前当主夫妻が比較的王都に近い砦に篭る事になっている。

 本日の仕事を終えた領主は妻と共に食事を終えると、薬草酒入りのお茶を飲みながら深く溜息をついた。

「今年は、獲物が少し少ない。夏に嵐が多かったのが原因か、育つ前に死ぬ動物も少なくなかったからな。だが、薬草は良質な物がよく取れている。交換できる物品は去年同様の量と見ているが……」

「今年の冬は去年より厳しい可能性がある。もう少し、どうにかできないか考えてみよう」

 夫の言葉に、妻が静かに答える。彼女の脳裏には、新しい製品のイメージが出来ており、明日には試作品を数名で作ってみようと思っていた。それが上手くいけば、たしになるかもしれない、と。

 夫はもう一度深く息をつき、静かに言う。

「もし、いい思い付きが出来たら教えて欲しい。今は、一丸となって冬に備えなくてはならないからな」

 そう言って2人は晩秋の夜に思いを馳せる。冬篭りの前にちょっとした祭を開く。その夜は皆でご馳走を食べ、酒を飲み、歌を歌うのだ。大人も子供も、この『感謝の夜祭』をとても楽しみにしているのだ。

 冬篭りの間、人々は春の準備として作物の餞別や道具の手入れ、余った商品の整理や新しい製品の製作を行う。その合間にも小さな宴を行うものの、『感謝の夜祭』は商人も一緒に楽しむので、遠い異国の話が聞けたり、不思議な音楽を聴くことも出来る。

「楽しいひと時のためにも、楽しい冬のためにも、な」

「次の年の春に、また、元気に過ごすためにも」

 2人は静かに頷きあうと、明日も頑張ろう、と決意するのであった。


 これはとある秋の話。


(終)


 

よんでいただきありがとうございます。


遠い秋の日に、彼らは確かに生きていた。

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