第5話:迫る脅威
優馬達が町を出た頃、魔王城に高速で接近するセラムの姿があった。
「サライズ姉様が負けたなんて嘘です。ましてや人間なんかと結婚なんて認めません。人間は敵なのです、ご先祖様の仇なのです。仲良くなんて絶対に無理なんです!」
セラムが人間に対する憎悪をたぎらせて近くに迫る魔王城の門に疾走する。
セラムが魔王城に来る事は事前に連絡などなく、今日も門番をしていた牛頭と馬頭はものすごい速さで近づく砂塵に恐怖していた。
「なんで俺達が門番してるときばっかこんなトラブルが起こるんだよ。」
「もう死の淵はさ迷いたくないぞ…。」
優馬にボロボロにされたトラウマが蘇っているようだ。
その砂塵の発生源は2人の前に来るとピタリと止まった。
「おいそこの2人、サライズ姉様に話があるからさっさと門を開けるのです。」
未だに砂塵が舞ってよく見えないが魔王城に使える者でスレイン、サライズ、セラムを知らぬ者はいない。
「その声はセラム様ですか!?なぜ急に魔王城に…書状に書かれた通り今魔王様は勇者優馬殿とともに旅に出ておられますので今ここには…」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと開けるのです。消されたいですか?」
「す、すすすすいません!直ちに開けますのでしばしお待ちを!」
砂塵の中から放たれた殺気は牛頭と馬頭を震え上がらせるには充分すぎた。
ゆっくりと門が開いていき、セラムは再び魔王城に向けて走り出そうとして
「そう言えばお前ら一回私に逆らったですね。お仕置きが必要です。」
「「ひっ!!」」
やっぱりこうなるのかと2人が自身の身体を抱いて縮こまる。
「安心するです。お前らみたいなクズと言えど大事なサライズ姉様の駒です。殺しはしないです。」
「な、なら何を…。」
「残りHPが1になるまで私の『みねうち』をくらうです。」
「「ひ、ひいーっ!!やっぱりこうなるのか!」」
2人の絶叫が木霊して魔王城まで響いた。
セラムが再び魔王城に向けて走り出した時には牛頭と馬頭はそれぞれ門に座り込みピクピクと痙攣していた。
魔王城の門をくぐり庭を走るセラム。
その進行を邪魔する者はいない。
「流石にケルベロス達は賢いですね、私をきちんと覚えているようです。」
そう言ってちらりと横に伏せているケルベロスに目をやると、それは身体をビクッと震わせてさらに小さくなった。
「昔私が教えた躾通り出来ているのです。えらいのです。」
そう言ってセラムはケルベロス達にニッコリと微笑みかけた。
ケルベロス達はその微笑みに過去の恐怖を思いだし遠吠えをあげた。
庭をなんなく抜けて魔王城へ到着したセラムは1階の入口付近に出てきていたアズールを見つけた。
「アズール!」
「これはセラム様。どうしてここに…?もしや先程の悲鳴とケルベロスの遠吠えはセラム様が?」
牛頭と馬頭の悲鳴に続いてケルベロス達の遠吠えが聞こえてきた為、何事かと軍を集めていたらしい
「そんなことはどうでもいいのです。それよりもあの書状はなんなのです?姉様はどうなったです?」
「そ、それに関しては先の書状に書いてあった通りでございまして、今ここには魔王サライズ様はおられません。」
「姉様は本当に負けたですか…?お前達四天王は何をやっていたですか!?」
アズールは苦い顔をしつつもあった事をそのまま話した。
「我々四天王も軍を引き連れて各階1人体制で勇者を迎え撃ちましたが、その勇者がこれまでの勇者共が雑魚に思えるほどの規格外の強さを持っており、我らと軍もろとも初級魔法の一撃で戦闘不能にされました。」
セラムはその話のあまりのバカさ加減にイライラとして『そんな事があるはずがない』と言おうといたがアズールの真剣な目と悔しさの滲む顔を見てその質問は
「本当なのです…?」
に変わっていた。
普通ならば絶対にあり得ない。
いかに勇者と言えどもたかが人間。しかもそいつは1人で乗り込んできた。
それが四天王1人とその軍隊数千~数万人をたった魔法の一撃、しかも初級魔法で戦闘不能にするなど信じられない。
仮にそれをやってのける者がいたとして、それこそ魔王クラスの者だろう。
そんな奴がもし本当に現れたというのなら姉様も手こずったに違いない。
「それで姉様はどうなったですか?怪我は?」
「いえ、魔王様は怪我をされておりません。」
「勝負に負けたのにですか?」
「はい。なんでも勇者殿が『女の子相手に殴れない』と言って、魔王様の最強の魔法に耐えられたら勝ち、耐えきれず倒されたら負けという賭けで勝負したようです。」
「それでその勇者は姉様の魔法に耐えてみせたと…。」
「はい。それも勇者殿が受けたダメージはかすり傷が数箇所程度らしいです。」
「そんな馬鹿な!姉様が人間相手に使う最強魔法なら相手の魔法耐性に関係なく99999の固定ダメージを与える『エンドレスサイス』のはずです!人間の体力の上限は99999のはず。それに耐えただけでも凄いのにかすり傷なんて…!そんなのあり得ないです。」
「そのあり得ない事が実際にあったから魔王様も勇者殿に敗北したのです。」
「そんな…。そ、それじゃあ結婚って言うのはどうなのです…?」
「それに関しては直接的に結婚の話をしていた訳ではないのですが、魔王様が魔王の座を勇者殿に譲ってもいいと話をして、勇者殿も魔王になると言っておられたので。」
「くっ…!では全部本当の事なのですね…。でも私は納得出来ないのです!姉様の結婚相手が人間なんて…。私は絶対に認めないのです!!」
アズールから本当の事だと知らされ悔しさで一杯だが、それでもまだ姉様は魔王の座を退いていない。まだ間に合う。その希望も同時に見えた。
「それで今姉様はどこにいるですか?」
「はい。部下の報告によると今魔王様はラクトスの元で食事をとった後、地竜に乗って人間の国タルトを目指したと聞いています。」
「タルトですか…。分かったです。ここの食料を少し貰っていくですよ。」
「それは構いませんがセラム様はどうなさるのですか?」
「決まってるですよ。姉様とその勇者に会って姉様を説得するです。人間なんかと結婚なんて馬鹿げてると。もしその勇者にたぶらかされてるようなら私がその勇者を殺すです。」
鋭い眼光を光らせ、遠くタルトの方を睨むセラム。
そのセラムの放つ殺気に気圧されることなくアズールが部下を呼び出しながら答える。
「それでは早急に食料を準備させます。…ですが僭越ながら申し上げます。」
「なんです?」
アズールは呼び出した部下に指示を出した後真剣な目でセラムに向き直り、部下が居なくなったのを確認して話を続けた。
「勇者殿の力は本物です。セラム様は女性ですから手を出される事はないと思われますが何かあった場合はすぐに逃げてください。魔王様ですら勝てなかったのですからセラム様には…」
「そんな事はわかってるです。」
アズールの話を中断してセラムが話を続ける。
「姉様が勝てなかった相手です。もし戦う事になって私が勝てない事くらい分かってるです。」
「でしたらそんな無駄な争いは…」
「でも!それでも、それを分かった上でも納得できないのです。姉様が心配なのです…。」
「セラム様…。」
アズールはもはや何を言ってもセラムは止まらないと確信した。
「失礼します。準備が出来ました。」
先ほどアズールが食料の準備を頼んだ部下からの報告だった。
「ではアズール、行ってくるです。」
「はい。どうかお気をつけて。」
セラムは荷物を掴むと再び庭と門を抜けて走っていった。
セラムが去った後、アズールは四天王全員を集めて話をしていた。
「セラム様がこちらまで動いてきたということはスレイン様がセラム様に魔王様の捜索かあるいは勇者殿の抹殺の命を出したとみて間違いないだろう。」
「そうじゃな。いかにセラム様とはいえ国を勝手に抜け出して魔王様の捜索をする訳にはいくまい。」
「となると今回の魔王交代は何事もなくとはいかぬやもしれんな…。」
「うむ…大事にならなければいいのだが…。」
皆今回の事の大きさは分かってくれているようだ。
「皆、最悪のケースを想定して今後の方針を決めていこう。」
「そうじゃな」「うむ」「そうだな」
魔王城5階の大広間。ここで魔王軍の今後に関わる重大な会議が慎重に行われた。
一方その頃、迫るスレインとセラムの脅威も魔王城でのシリアス展開も知らぬ所の2人、つまり優馬とサラは地竜に乗って快適に旅を楽しんでいた。
「いや~地竜って乗り心地とか船酔い的なのどうかなと思ってたけどかなり快適だな。」
地竜の背中の部分には天蓋付きの鞍が取り付けられ、そこの前の席に2人が、後ろの2列に食料等が積まれている。地竜は体が大きく横幅もあるので1列に5人くらい座れる広さがありかなりゆったりとしていた。
その1列目の真ん中に地竜を操縦するためにサラが、その右隣に優馬が座っていた。
地竜の知能は高いので操縦しなくても目的地まで行けるのだが何かあった時の為に一応サラが操縦していた。
「これもサラのお陰だな。ありがとう。」
「い、いやこのくらいの事なんでもないのじゃ。」
実際天蓋が付いているとはいえなかなかの暑さはある。
それを補ってくれてるのはサラの魔法だ。
地竜に乗り出発してしばらく、優馬が暑さにバテ始めた。
地竜の動きはそんなに早くなく、動いていて自転車みたく風があたって気持ちいい感覚はない。
吹くのはぬるい風だけだ。
それで項垂れていた優馬を見かねてサラが水と風の魔法を使いクーラーのような風を鞍の中に循環させていたのだ。
「いや、サラがいなかったら俺は地竜の上で干からびていた。本当助かってる。」
優馬がサラに体重を預けながらお礼を言う。
実際ただの引きこもりでオタクな優馬にこの外の熱気は強敵なのだ。
「そ、そんなに誉めてもなにもないのじゃよ。」
「わかってる。これ以上やってもらってばっかりなのは気が引けるからなにか俺にして欲しいことはないか?」
「妾が優馬にして欲しいこと…?」
それは優馬に知り合ってからこれまでの日々サラが夜な夜な考えては妄想に耽っていた事だった。
優馬と手を繋いでデートする。
優馬に頭を撫でられる。
優馬を膝枕してあげる。
優馬にお姫様抱っこされる。
優馬に後ろから抱きつかれて好きだと囁かれる。
優馬にキスをされる。
優馬に押し倒されてそのまま妾の……
(のぉぉぉぉ!な、何を考えとるんじゃ妾は!こんなのただの破廉恥な娘ではないか!)
サラも乙女である。色々と考える事もあるのだ。
(あまり急ぎすぎても引かれてしまうのじゃ。ここは冷静に、普通の事をお願いするのじゃ。となればやっぱり…き、キス…かの?)
サラは全然冷静じゃなかった。
「ゆ、優馬。わ、妾は優馬に…その…き、ききき、き、キスをして欲しいのじゃ。」
(言った。言ってしまったのじゃ!)
優馬は引いてないだろうか?それともそんな事かと思ってるのだろうか?
様々な不安が頭をよぎる。
しかし待てども優馬からのリアクションがない。
恥ずかしくてそっちを向けないが、右肩に優馬の体温は感じるから隣には居てくれてる。
「ゆ、優馬…?」
恐る恐る右隣を向くとそこには
「…zzZ…zzZ…」
サラの肩に頭をのせてスヤスヤと眠る優馬がいた。
「それはないのじゃよーー!!」
サラの恥ずかしさと怒りの籠った叫びがフィールドに響いた。
優馬はその叫びにも目を覚まさなかったが、寝言で
「…サラ…」
と言ったら
「っ!夢の中でも妾の事を…!」
サラの機嫌は一発で直り優馬が目を覚ます頃には上機嫌になっていた。
サラはどこまでいってもチョロインである。




