メイリラルド歴521年 (8)
扉を開けるとそこは不思議な光景だった。
「本が…浮いてる」
あちこちには本が飛び交い本棚を行き来している。地下にこんなものを作るとは…アイツめ、と王様の呟きを横に私は部屋の中へと足を踏み入れた。そして奥にある机に触れた瞬間目の前に人が現れた。
『隠し部屋へようこそ、優莉』
「!?…時の神子」
『そう…私は時の神子のリリス…貴方を夢の中でも言ったとおり、時の神子を継承してもらいます』
「おいリリス、お前は本当に死んでいるのか」
『久しぶりねライドレシア…貴方の言うとおり私はもう死んでいる。そして、今の私はただの魂』
「リリア、貴方はそう簡単に死ぬような人ではなかったはず、一体何が起きたのです?」
『レイダリア…と、その隣にいるのは3人目ね…ミリアムが3人は産みたいと言っていたけれど、よかったわね』
「リリア、話を逸らさないでください」
ん?ミリアム?レイダリアさんの妻でルドの母のことかしらね。
「リリアさん、王様達から聞きました。世界に歪みが出たからそれを食い止めようとして何処かへ行ったということを」
私が召喚されてすぐに話しを聞いたけども…実は半分は聞き流していたのよね、ばれなければいいけれども。とりあえずどうして神子が死んでしまったのはここにいる全員が謎に思っていたこと、ようやく本人に会えたのだし…私が神子を引き継ぐまで言ってもらわないと。
『…世界の歪みは無事に治った、でも直した瞬間突然巨大な歪みが発生したの』
「「「「!?」」」」
『その歪みは周りの物をあっという間に飲み込んでいった…私もそれに吸い込まれたの。真っ暗な、何もない謎の空間、自分が生きているのか死んでいるのか…本当に何もない、そこにあるのは黒に染まった謎の世界。幾度となる時間をそこで過ごし、自分が死んだことに気づいた。だから私は残っている力を使い、次なる神子を探した……そしてようやく見つけた。住む世界は違えど、神子になれる巨大な器を持った者…それが優莉、貴方よ…貴方は自分が生まれた世界が嫌いだった。自分が死ねば皆が救われると思っていた…そんな貴方の気持ちを読んで、私はこの世界に連れてきた。私がいなければ、新たな神子を探して召喚の儀を行うと思っていたから。私もね優莉、この世界の人間ではなかったの…貴方の世界ではなく、違う世界。だから貴方の気持ちもよく分かる…地球での貴方は元の世界にいた私だった。世界に絶望し、ただ滅ぶのを待っていた。だから優莉…私の代わりに次の神子となり、この世界を未来へ導いて』
そう言って神子…リリアさんは私を抱きしめた。そのぬくもりが私を産んだ母と似ていた…争いに巻き込まれ私達が引き裂かれそうになるのをいつも反対していたのは母だった。父は立場上、何も言ってはいなかったけれど私が家を出て行く時に力いっぱい抱きしめてくれた。
「…リリアさん、私は確かにあの世界が嫌いだった…でも、そんな私を大切だと言ってくれた人がたくさんいた」
私を守ってくれた母、直接手は出せずともずっと見守ってくれていた父、辛い毎日でも心が休めたクラスメイト達…そして何より、離れていても心は決して離れなかった優希。
「リリアさんの世界でもそんな人はいませんでしたか?」
『……いた。私には婚約者がいて、彼だけはずっとずっと信じてくれた。彼がいたから生きるのを諦めなかった…元の世界には戻れないなら、新しく、この世界で信じられる人たちを作ろうと思って…今までたくさんの親しい人たちができた』
「私も、これからこの世界で…リリアさんのように作れますか?」
『つくれるよ…だってこの世界の人達は皆暖かい……馬鹿で愚かな人もいるけどね』
「じゃあ私も頑張ってみようと思います。そしてリリアさんが安心できるようなそんな世界を作っていきますね」
『ありがとう優莉…神子としての力、すべてを貴方に継承します。その力で、その知識と頭脳で光り輝く未来を貴方に託します』
リリアさんがそういった瞬間ものすごい力が入ってきた。
「っ…」
倒れると思い目を瞑ったけれども衝撃が来ることもなく温かいぬくもりを感じた。恐る恐る目を開けたら目の前にはすごいほど超優良物件な顔をしたルドが心配そうな顔で私を見ていた…なるほど、倒れそうになった私を受け止めたのはルドだったのね。
「大丈夫?」
「大丈夫…なんか目が回ってる状態に近いだけ」
「それは大丈夫じゃないね」
ふらついてあまり立っていられない私を支えてくれているルドにリリアさんが近づいた。
『レイダリアとミリアムとの第3子…お名前は?』
「ルドレイクと申します」
『貴方に新たなる時の神子、優莉の片割れをお願いしたいのです』
その言葉に驚いたのは王様とレイダリアさんだった。
「リリア!?」
「息子を神子の片割れに…ですか」
ルドと私はその言葉の意味を知らず、ただ首をかしげるだけだった。
「神子の片割れ?」
『神子の片割れというのは簡単に言えば神子の夫みたいなもの…本来神子の継承はすべての力を受け継ぐのではない、でも今回はすべての力を継承してもらうから、そうすると優莉が受ける負担が大きいからその半分を片割れが受け継ぐ…それと共にお互いの命も繋がる』
「…片割れが先に死ねば?」
『片割れが死んでも神子が死ぬことはない…二人で二つの力…ルドレイク、貴方なら良き片割れになれるでしょう』
「…」
ルドは何も言わずレイダリアさんを見た。レイダリアさんは自分の好きにしてもいい、そう言っている顔で頷いた。そこでルドは私を見て、リリアさんを見た。
「分かりました…神子の片割れになりましょう」
『ありがとう』
「ルド…いいの?私が貴方を縛り付けるのと同じなのよ?」
ルドには私と違ってやりたいことがたくさんあるはず、それを簡単に捨てようとするの?
「僕が今やりたいこと、それは…君のサポートだよユーリいや、優莉」
「!?」
「だから優莉…君の命、僕が半分預かるよ」
そう言ってルドは顔を近づけ、唇を重ねた。…き、き、キス…よね、これ。でも何かがルドの元へ行った感じがしたから成功したのね。
「ヒューヒュー」
「我が息子ながら末恐ろしいですね」
そこの2人、お願いだから黙って。
『ライドレシア、レイフィアに「ありがとう」と伝えて』
「…いいのか?」
『今の私にはもう実態がないもの…あと、お願いがひとつだけ』
「なんだ?」
『もうすぐ生まれてくる子には”アランシス”と名付けてほしいの…きっと近い未来、その名は世界中を駆け巡るわ』
「…分かった、レイフィアに伝えよう」
『レイダリア、マリアムには「馬鹿」とだけ伝えておいて』
「貴方らしいですね」
『優莉、ルドレイク…この世界を、よろしくお願いします』
そう言ってリリアさんは消えていった。…とりあえずそろっと限界。
「…もう無理」
「おっと…大丈夫じゃないよね、そこの椅子に座ろうか」
ルドに支えてくれながら無事に椅子に座ることができた。
「これでユーリは無事に時の神子になることができたということだな」
「ユーリ殿とルドが出会うのは必然だったのですね。これはマリアム達にどう説明しようか」
「ユーリが落ち着いたら地上に戻るとしよう」
「いえ、王様達は先に戻って伝言を伝えにいってください…ずっと心配していたと思うので」
リリアさんの親友だったレイフィアさん、リリアさんがこの世界で掴みとった大切な人。
「…わかった、俺達は先に行ってる」
そう言って2人は部屋を出て、私とルドだけになった。
「お疲れ様、優莉」
「…どうして」
「本当のことを言うとね、やりたいことなんてまったく無かったんだ。跡取りでもない自由な立場だったからね…そんなときに優莉に会ったんだ」
「…ずっと一緒なのね」
「嫌かい?」
「ううん、むしろ嬉しいわ」
「それならよかった」
「なんとか落ち着いたみたいだし、戻りましょうか」
* * *
地上に戻り、待機していたメリアに王様達がいる部屋に案内してもらった。
扉を開けると王様に抱きつき泣いているレイフィアさんがいた。レイフィアさんは私とルドに気づくと勢いよく抱きしめられた。
「ユーリ、貴方のおかげであの子の言葉を聞くことができたわ!…ありがとう」
「私は…何も、あまり抱きつきすぎるとお腹の子に負担がかかりますよ」
「あら、ごめんなさい」
涙が輝いて見える。死んだとはいえ、行方位不明だった親友を発見できてよかったのでしょうね。
「あと聞いたわよルド、貴方ユーリの片割れになったのね!リリアは絶対に作りたくないとか言っていたけど人には作らせるなんて…死んでも変わらなかったわね。あ~!ユーリとルドの子なんてすごく可愛らしいのでしょうね!」
「レイフィア、落ち着け」
あまりにもテンションの高いレイフィアさんに王様は苦笑い。
「そうか…子孫を残すのね…」
「まだまだ先の話だよ」
「うん、でも…前の世界では考えられなかったから」
「優莉がこの世界に慣れながら、ゆっくりとね」
そう言って満面な笑顔にさすがの私でもドキッとした。顔が赤くなっていそう…。
「あらあら、若いわね~」
「俺達も負けておらんぞ」
この後はレイダリアさんとルドは家族に話しに行くため帰り、王様はお仕事に戻ったため私はレイフィアさんとお茶を飲んでいた。
「リリアが言っていた通り、お腹の子の名前はアランシスにしたわ」
「男の子なのですよね、よかったですね」
「えぇ、この世界の人は魔力があればあるほど寿命が長いから。この子はきっとすごい魔力を持って生まれてくるわね…私とあの人の子なのですもの」
地球には魔力がないから不思議よね、超能力とかならあるみたいだけどよく分からないしね。
「速く生まれるといいですね」
「えぇ、医師によると来月みたいなのよね」
「…あっという間ですね」
来月とか…はやっ!私今はじめて聞いたのだけど…
「近い未来、その名は世界中を駆け巡る…リリアのいうことはいつも未来のことを言っていて、必ずそれは訪れていたわ。何処か抜けていて無表情で何を考えているのか少しか分からなかったけれど…あの子はいつも私達のことを心配してくれていた…リリアが名付けてくれた名前…リリアが私達を守ってくれたように、この子を守っていかないと」
「…そうですね、リリアさんはこの世界に来て大切なモノがたくさんできたと言っていました。その中の一つが親友だそうです。王様に伝言を預けるほど、レイフィアさんを思っていたんですね」
元いた世界には絶望していたと言っていた、彼だけは信じてくれた、そう言って涙を流したリリアさん、彼女は元いた世界でどんなことがあったのかしらね。私と似ていると言っていたけれど…
「あの子は最高の親友よ!ユーリにも見つかるといいわね!!」
「もう私には大切な人ができましたよ」
「あら、それはリーフェのことかしら?」
「はい、親友と言ってくれました」
「そう…よかったわね、あの子はいい子だからきっと貴方の力になってくれるわ、もちろん私もよ!いつでも相談にいらっしゃいな」
「はい、ありがとうございます」
レイフィアさんとのお茶会も終わり、今日はあんなことがあったためすぐにぐっすりと眠ることができた。