メイリラルド歴521年 (6)
あの後、リーフェは明日からほぼ毎日私のために王宮に通うとかで帰っていった。帰る際
「性格がダメなら陛下を脅してまでやめるつもりだったけど、ユーリでよかったわ!明日からよろしく!」
と言って帰っていった。…王様を脅していいのかしら?
「リーフェはユーリを結構気に入ったみたいだね」
「そのようね」
ルドと私は誰にも話しかけられずに無事に私の部屋の前まで来た。
「今日はありがとう」
「いろいろあったけど、楽しんでもらえて光栄だよ」
ルドの笑顔に通り過ぎる王族専属の侍女さんがうっとりしてる…破壊力抜群ね。
「お帰りなさいませ、ユーリ様」
「ただいま、メリアさん」
「…さんは不要です」
「えー…」
年上に敬語無しなのは…ちょっと…
「あの…年上に敬語無し、というのは」
「……」
「め、メリア」
「はい」
よくできました、と言わんばかりないメリアに苦笑いするしかないわね。
「では改めて、お帰りなさいませ、ユーリ様」
「…ただいま、メリア」
…なんかメリアすごく嬉しそうね。
「ユーリ様、もうしばらくしましたら夕食の準備が整うので案内いたします。」
「…夕食はみんなでとるのが普通なの?」
朝と昼は個人なのに夕食だけ一緒なのには理由があるのかしら?
「それはこの国ができてからの決まりで、朝と昼は個人差が出てくるので人それぞれなのです。夕食が一緒なのは家族愛を重要視されている陛下の提案できまりが作られました。」
…なるほど、国民にとっては素晴らしい国王ね。
「ちなみに、このきまりがあるのはここメルゼンブルク王国だけなのです。他の国の王族方は家族愛があったり無かったりしております。」
「家族愛…か」
私には家族はいたけど愛なんて一欠片もなかった。そんなことより…
「…無事に生まれてくるといいわね」
「…それは国民全員が願っていることです」
そういえばレイフィアにはお腹に子がいたわね、いつ生まれてくるかは知らないけど…あのお腹の膨らみ具合だともうすぐかもしれないわね。
「夕食の準備が整ったようなので行きましょう」
「そうね」
メリアと共に夕食の場へ向かう最中、私は向こうの世界のある日の事を思い出した。
* * *
あの日は大粒の雨が降っていた。
学校が終わり一人で帰り道を歩いていた時、一台の車が私の横に止まった。
「日々の勉学、お疲れ様です優莉」
「…今日は予定が無いはずですが」
「その通りでございます」
「ではなぜ…」
この車は本家のもの、今日は召集命令は出されていないはず…次期当主に優希が望まれている今、私に何の用かしら。私をこれ以上巻き込まないで欲しいのに…。
「私が貴方に会いたいと願ったの」
聞こえてきた声に私は驚いた。…まさかあの方が屋敷から出てくるなんて。
声の主は後ろの窓から顔をのぞかせた。
「…珠代様…」
「昔みたいにおばあ様と呼んで?」
「…おばあ様」
七瀬 珠代。七瀬家現当主である七瀬 光俊の妻であり、私の祖母。実家も旧家であり、正真正銘のお嬢様育ち。2人は当時にしては珍しい恋愛結構だというのは有名な話になっている。そして、私に味方する数少ない中の一人である。
表向きは投手争いをしている私と優希にはそれぞれ派閥を持っていて、親戚たちは優莉派と優希派に別れている。ただ、親戚のほとんどは優希を次期当主に望んでいるため、私の方には数人しかいない。当主の妻という立場から表向きは中立派になっているが内心では私の味方になってくれている彼女の影響力は私たちのなかでも大きい。…そういうこともあって他の者たちに悟られないよう、屋敷の中にずっといるはずの彼女が外に…私の元へ来たのは驚いた。
「ちゃんとしたおもて成しもできずすいません」
「連絡もせずに来たこちらに非があるのです。それくらい気にしないでよいのです」
家に上がってもらい、急いでお茶を出す。この家にお客が来る自体なかったことだから安物のお茶しかなかった。
「…それで、おばあ様自ら私に何の御用でしょうか」
「私自ら来た理由は二つあります。一つは一人暮らしの貴方の様子を見に来たこと。そして二つ目は…当主からの手紙を預かってきたので渡すためです」
「手紙…ですか」
そして私はおばあ様から手渡された手紙をひらいた。
『 体調に気を付けているか?…お前と優希が争いを起こしたくないと願っているのは私も同じだ。だが私が長く当主を務めていたせいで私の息子たちの歳も過ぎてしまった…それだけではない、息子たちには自分に才能が無いと知っていてお前たちのどちらかに当主にさせようとしているのは知っているはずだ。ずっと儂は見ておった…だがもうこの争いをやめさせたいのじゃ。現在、お前が何もしないのをいいことに優希を当主に望む奴らの勢力が強まってきておる。今までは優希がなんとかおさめておったがもう自分にはどうすることもできないと儂に言いにきた。そして最後に私には才能なんて何もない、双子の姉である優莉が相応しいと思うと言ってな…優希は姉である優莉が当主だと願っている、だがしかしお前は当主にはなりたくないと思っている。
だから一度、儂と珠代、そしてお前たち双子の四人で話し合いたいのだ。日時はなるべく早めのほうがいいのだが優希はお前に合わせるとのことだ、儂もお前に合わせる。
追伸、召集意外にも優希に会ってあげなさい、珠代もだがかなりお前のことを心配しておる。 』
読み終えた私は視線をおばあ様に戻した。
「四人で話し合う件ですが…私はいつでも構いません。ご存知の通り私は一人で暮らしているので行動を制限されることもありませんから」
私のせいで人の命が奪われるのなら…私は永遠に一人でいい…悲しむ人がいることを知っているから私は死のうとは思わないけれど…いっそのこと消えてしまいたいと思っている自分がいるのは確かだ。
「…分かりました、そのように伝えておきますね。」
「はい、お願いします」
「決して無理をしてはなりませんよ?」
「…大丈夫ですよ、そういうことに関してビシバシ言ってくれる子がいますから」
「そう、なら安心ね」
安心したような表情を見せたおばあ様。本当はビシバシどころではないのだけど…一応あっているし大丈夫よね。
そのあとおばあ様は帰っていき、家には静けさが戻った。
「…話し合い、か」
これまで大人しくしていたせいで優希派がそんなことをしているとは…優希に謝っておかないとね。
そして私は夕食の準備をすることにした。
* * *
コンコン
「ユーキ様をお連れ致しました」
いつの間にか到着していたらしい…
「ユーキ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、メリア」
「…そうですか、無理はなさらないで下さいね?」
「うん、ありがとう」
「ユーリ、今日は活躍したそうだな」
「…すいません、つい体が」
「謝らなくてもいい…ロアリス侯爵は傲慢でね、貴族としては最悪の者だ」
さっき私が倒してしまった人は貴族の中でも最悪って、一番ひどいやつを倒してしまったのね。…とばっちりが来そう。
「最悪、ですか…そんな貴族もやはりいるものですね」
「そうだな…まあバランスを取るには仕方ないことだ」
貴族って大変ね…よく本に出ている悪い貴族は爵位を返されたり牢屋に入れられたり国から追放されたりしているけど…本とは違って貴族界のバランスというものがあるのね。
「…大変ですね」
「まあな…今ではまだマシになったが、昔はもっとひどかったものだ」
「そうなんですか」
長生きしているのよね…昔って私にとっては大昔ぐらいになるのではないかしら。
「あの時の陛下は中々みも…大変でしたもんね」
見ものって言おうとしたわね…。宰相というのは物語みたいに腹黒いのかしら?
「…お前今『見もの』って言おうとしたよな?」
「はて、何のことやら」
「おまっ…確信犯かっ」
なんか…すごく仲がいいのね。ルドを見ると呆れた顔しているし、メリアは苦笑いを浮かべている。
「父上、遊ぶのもこれぐらいにしてください」
「あそっ…遊ばれてたのか!?」
「おやルド、決して私は遊んでいるわけではないよ?」
「そう言うわりには凄く楽しそうな顔をしていますよ」
ルドの言うとおり、レイダリアさんの顔はすっごく楽しそう…まさに満面な笑み。でもルド、貴方もさっきすごく似た満面な笑みを作っていたわよ?…とは言えない。
「早く食べてしまわないと厨房の者達に迷惑よっ!」
今まで黙って楽しく聞いていたレイフィアさんが言うと王様は急いで、そんな王様を笑いながらレイダリアさんが食べ始め、ルドは苦笑いで私を見て「食べようか」っと言って食べ始めた。
さすがは王宮、料理はすごくおいしかった。
* * *
食事が終わり部屋に戻った私はメリアの入れてくれた紅茶を飲んでいた。
「慣れるまで時間がかかりそうね」
「今日もお疲れ様です」
「この世界に召喚されて1日しか経ってないのね」
「そうでございますね」
窓を見ると星空の綺麗な夜景が広がっていた。まさか自分が世界を超えるなんて思わなかった、召喚なんて本の中でしか無かったから…向こうの世界に帰りたくないというのは嘘になるけど、私にとってあの世界は苦痛でしかなかった。あ、そういえば…
「あの子との話し合い、できなかったわね…」
「ユーリ様?」
心配そうに尋ねるメリアに首を振ってもう一度空を見る。
「お湯が沸きましたので、入られますか?」
「そうね…お湯に浸かって疲れを癒やそうかな」
「かしこまりました」
準備してまいります、と言って歩き出したメリアの背を見ながら
(心配、かけちゃったわね)
彼女は本当にいい侍女だと思う、他の侍女達は知らないけれど…本家の使用人よりましなほうね。
「そういえば準備って…あ」
忘れていた…メリアの準備…
「さあ、今日もたっぷりと洗わせていただきますね!」
あはは…忘れてた
たっぷりと磨き磨かれた…。
「今日も…」
「わ、私もう寝るわね」
「ぐっすりとお休みくださいね」
「おやすみ」
慣れるしか…ないわね。でも、楽しいわね。
そう思いながら目を閉じた。
次の日から本格的な活動が行われ、あっという間に一週間が経とうとしていた…。