魔人と四つ目の願い
男はランプを持っていた。
ただのランプではない。こすれば中から魔人が現れ、どんな願いも三つ叶えてくれるという、魔法のランプだ。
男は親指と人差し指で顎を挟み、うんうん唸って願いを考えた。
しばらくして男がにやりと微笑む。
最高の願いを思いついたのだ。
さっそく男はランプを手のひらでこすった。するとランプからモクモクと煙が立ち上り、たちまち人の姿に変わった。
そうして現れたのは、十かそこらに見える少年だった。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
目を見張る男だったが、少年の格好は見るからにアラビア風だし、何よりランプから出てきたのだ。なるほど確かに魔人のようだ。
「ああそうだとも、呼んだぞランプの魔人」
「そうでしょう、そうでしょう、僕がここにいるのですから。それでは願いを三つ叶えて差し上げましょう」
「いやいや、まあ待て、そう焦るんじゃない」
男の言葉に、魔人はそれがさも当然であると頷いた。
「そうでしょう、そうでしょう。願いは三つ。悩むこともあるでしょう」
「それがそうではないんだ」
魔人が今度は首を傾げる。
「願いはもう考えてある。でもそれを叶えてもらったら、すぐにでもお前は消えてしまうだろう?」
「願いを叶えるのが魔人ですから」
「そんなのはつまらないじゃないか。せっかく魔人と会えたんだ。少し話をしよう」
「話ですか?」
「そうそう。そうだ、いつも願いを叶えてばかりの魔人。お前には何か願いはないのか?」
「僕は魔人ですよ。願いなんて」
「別に何だっていいんだ。金が欲しい、名誉が欲しい、女が欲しい。そんな俗なことばかりが願いじゃない。あれがしたい、これがしたい。それも願いだ」
魔人は右に左に頭を傾け、それから空を見上げた。
「そんなものですか?」
「そんなものだ。さあ、言ってみろ」
「それじゃあ、そうですね……。やっぱり僕は魔人ですから、あなたの願いが聞きたい、あなたの願いを叶えたい、それから……」
「ふむふむ、それから?」
「願いの叶った、あなたの喜ぶ顔を見たい、です」
「む」
男は小さく唸った。
「これでどうでしょう?」
「はははっ、実に魔人らしいじゃないか。そうか……。よし、それじゃあ次は俺の願いを聞いてくれ」
「はい、ご主人様」
「まずは椅子を出してくれ」
「椅子ですか?」
「ああ、椅子だ」
「腰掛ける、あの椅子ですか?」
「その他の椅子があるものか。椅子と言えばそれしかないだろう。さあ出してくれ」
「は、はあ」
魔人が面食らった顔をしながら指を鳴らすと、金で作られ、そこかしこに宝石が散りばめられた椅子が現れた。
「ほう、これはなんて豪勢な椅子だ。国王だってこれほどの椅子は持っていまい。それじゃあ次はテーブルだ」
「聞くまでもなく、これもやはり、あのテーブルなのでしょうね」
「わかってるじゃないか」
魔人がもう一度指を鳴らすと、珊瑚の脚に、水晶の天板を持つテーブルが現れた。
「ほう、これはなんて綺麗なテーブルだ。御伽噺にだってこれほどの物は出てこまい。最後はワインだ。ワインを一杯出してくれ」
もはや魔人は何も言わず、指を鳴らした。テーブルの上に血よりも赤いワインの注がれたグラスが現れた。
「ほう、これはなんて甘く芳醇な香りだ。それじゃあ」
男は豪勢な椅子に腰掛け、綺麗なテーブルに肘を突き、甘美に香るワインに口付けた。
「ああ、ああ、なんたる至福」
「願いは三つ叶えました。それでは僕はこれで」
「まあ、待て、そう急ぐな。実はな、願いはもう一つあるんだ」
「叶える願いは三つだけです。例えそのもう一つを言われても、僕には何もできませんよ」
「それがそうでもない」
男はワインを口に含み、鼻で深く呼吸した。それから魔人に向かって片頬を上げて見せる。
「何せもう一つの願いっていうのは、いつも願いを叶える魔人が、願いを叶えられた時の顔を見てみたい、だからな」
男の願いを聞いた魔人は目を白黒させたが、やがて子供みたいな見た目通りにころころと笑った。
「世界に物語は山ほどあっても、四つ目の願いを叶えたランプの魔人は僕だけでしょうね」
魔人はしばらくランプに戻るのも忘れて笑い続けた。