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花崎円の探し物

第1話『ヒダル日和』

作者: 芋子
掲載日:2012/12/30

 幽霊特番は、昔から嫌いだった。

 怖いとかじゃなく、どこからどこまでが真実か分からないところが嫌いだ。

 テレビではどんな嘘だって言える。幽霊特番なんかでは、実際は出ていないのに幽霊が出ましたと放送をするなんてことは日常茶飯事だ。

 そんな、どこまで信じていいのか分からない幽霊特番が、僕は嫌いだった。


 じゃあ僕は、幽霊を信じていないのか。


 ……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。

 見えない限りは、いてもいなくても変わらない。どっちでもいいというのが僕の考えだ。

 

 だから、たまに思うことがある。

 

 もし、いつか、僕が幽霊を見ることがあったら……

 


 ――――僕の世界は、変わったりするのだろうか?







「今回の調査対象は、『ヒダル神』だ」

 五月。暖かな日差しが差し込みどこかのんびりした雰囲気に満ちた部室に、花崎円先輩の凛とした声が響く。

「……ヒダル神って何ですか?」

 僕、高瀬健一はどこにでもいるような普通の高校生だ。この目の前にいるオカルトマニアの先輩とは違い、超常現象についてのマニアックな知識なんか持っていない。

「ヒダル神というのは人間に空腹感をもたらす憑き物だ。分類的には妖怪のようなものになるが、死んだ人間の怨霊や山の神とも言われている」

 先輩はいいながら、きれいな長い黒髪を手で軽く払う。艶のある綺麗な髪が、窓から差し込む光を反射して、キラキラと美しく輝いて見える。そんな姿を見て、僕は思わずドキリとしてしまった。

 花崎先輩は、一般人とは比べ物にならないほどコアなオカルトマニアだが、見た目はすごく美人だ。しかも成績もかなり優秀だったりする。天才の考えることは一般人には分からないというが、まさにそんな感じの人だった。

 しかし、僕がこのオカルト研究会に所属しているのは、その花崎先輩がいるからだ。

 ちょっとしたきっかけからこの先輩と関わることがあって、その後もなんだかんだで、一緒にいることが面白くなってしまったのだ。

「――というわけでだな、今日はこれから町に繰り出してヒダル神の調査をしようというわけだ……聞いているのか高瀬?」

「あ、はい……え? 今からですか?」

 やっぱり聞いていないじゃないか、と先輩に叱られる。

「明日からは土屋が今一人で捜査している月代山のUFOのほうに、全員で取り掛かる予定だからな。ヒダル神については今日のうちに調査を済ませて置こう」

 そういえばそんな予定が立っていた気もする。あまりに面倒なので記憶から消していた。

「場所はここから駅二つ先の月代商店街だ。高瀬は電車通学だっただろう。現地で解散するからちゃんと荷物を持っていけ」

 聞いて僕は安心する。放課後の今からじゃ遠くに行く気にはならないが、近場なら構わない。月代商店街なら僕の家の方向とも一緒だ。特に意味なく断って花崎先輩のお怒りを買う必要はまったくないだろう。

 わかりました、と先輩に言い、自分の鞄を手に取る。

 その瞬間に、ふと思った。

 先輩と二人きりで、学校帰りに商店街へ寄り道……か。

 なんだか制服デートっぽいな、と思い、顔が少し赤くなるのがわかった。

「ほら、早く行くぞ高瀬」

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、さっさと部室の出口に立っている先輩は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 ……まぁ、どきどきするだけ無駄だろう。

 そう悟った僕は、早足で部室を出ていった。



 電車を降りようとしたら学生集団が流れ込んできた。

 その流れに逆らい僕と花崎先輩は電車を降りる。

 なんとなく、満員になってしまった電車が走り去っていく姿をプラットホームに突っ立ったまま見送る。

「ここから電車に乗ってくる学生って多いですよね」

 隣にいる花崎先輩に話しかけてみる。

「この先に中高一貫の大きな学校があるからな。この時間はどうしても、下校する学生で溢れかえってしまう。まぁ朝よりはマシだがな」

 先輩は確か徒歩通学だったはずである。何でそんなことを知っているんだろう? と、ちょっと前の自分なら思うところだ。しかし、そんな何でも知っているのが花崎先輩なのだということが今ではよく分かっているので、気にしないことにした。

 改札を通り、駅から出る。するとそのとき、先輩の携帯電話が鳴り出した。

 先輩は制服のポケットから、赤い折りたたみ式の携帯電話を取り出した。

「土屋か、どうした」

 どうやら電話を掛けてきたのは、僕らと同じオカルト研究会の部員である土屋孝介だった。

『いやーっ! つい先輩の麗しい声が聞きたくなってしまいましてーっ!』

 土屋の声はすごく大きいので、隣に立つ僕にも会話が聞き取れた。

「切るぞ」

『辛辣っ! こっちは先輩の命令で、来る気配のないUFOを一人でひたすら待っているんですよ! ねぎらいの言葉の一つくらいあってもいいじゃないですか!』

「お疲れ。もう少し頑張れ」

『ねぎらいの言葉が軽い! でも頑張ります。俺先輩の』

 ピッ。

 花崎先輩は電話を切った。

「……花崎先輩」

「ん? どうした」

「先輩の携帯の待ちうけってミッフィーなんですね」

「ああ、お気に入りだ」

 僕らは商店街のほうへ歩き出した。



「ここにヒダル神が出たんですか?」

 ここ、月代商店街はちょうど十字架のような形になっている。北から南にまっすぐアーケードが伸び、そのど真ん中から、さらに東と西にアーケードが伸ばされているのだ。

 東と西の道は車が通れるが、北から南は通ることができないようになっている。

 花崎先輩に教えられた、ヒダル神が出たという場所は、この商店街のど真ん中だった。

 なかなか変わらない信号にむっとしながら、僕らは十字路の南側に立っていた。

「本当にこんなとこに出るんですか?」

 僕の質問に、先輩はいつものように簡単に答える。

「まぁ、あり得ないとは言い切れないな。ヒダル神は主に山道で出ると言われているが、四辻にも出ると 言われているんだ。そもそも四辻は霊的なものを通しやすい性質を持つしな」

「よつつじ?」

「四辻。十字路のことだ」

 そんなことも知らんのかという目で見られる。なんとなく申し訳ない。

「ヒダル神の情報はそこにあるペットショップの店長からだ。アポは取ってあるから、詳しく話を聞いてみよう」

 先輩が指差したのは十字路の一角、北東に位置しているペットショップだった。店はガラス張りで、外から水槽が見えるようになっている。水槽の中では色鮮やかな熱帯魚が優雅に泳いでいた。

 ようやく信号が変わり、横断歩道を渡ってペットショップへと向かった。

 自動ドアをくぐると、色々な動物が目白押しだった。

「うわー、ミニチュアダックスですよ! あのロングヘアードも可愛いけど僕はスムースヘアードが一番だと思います! あ、ゴールデンレトリバーの赤ちゃんだ! ゴールデンレトリバーって大型犬だけど、生まれてすぐは千グラムちょっとしかないから小さくて可愛いですよね! あ! あっちには大人のゴールデンレトリバーが! トップコートの金色が綺麗ですねー!」

「……高瀬が犬派だということは分かった。とりあえず落ち着け。犬を見るのはまた今度にしろ」

 先輩に冷静に諭される。それでようやく僕は少し冷静になった。どうやらついはしゃぎ過ぎてしまったようだ。……あ、あっちにはチワワが。

「すいません。溝口さんですか? 今日、お話を伺わせていただくことになっている花崎です」

 先輩はさっさと店の人と話をし始めた。灰色の猫にえさを与えていた店員は、先輩の顔を見ると、「あぁ」といって猫をゲージに入れた。

「あーはいはい。ヒダル神ね」

 店の人は溝口さんというらしい。歳は四十くらいだろうか、恰幅のいい、優しそうなおじさんだった。この人が、オカルト研究会の作ったインターネット上の掲示板に、ヒダル神の情報を教えてくれたそうだ。

「ちょっと店の奥に入ってもらえるかい? おい、この子達と話があるから、店頼むよ」

 溝口さんが店にもう一人いた店員さんに話しかける。店員さんがうなずいたのを確認してから、溝口さんは僕らを店の奥に案内してくれた。

 店の奥には狭い部屋があり、真四角のテーブルが一つと、椅子が四つ置いてあった。

 溝口さんに促され、僕と花崎先輩がまず椅子に座る。それを見た後、溝口さんが花崎先輩の対面に座った。

「で、ヒダル神のことだったね」

「はい、溝口さんは『見た』ということでしたが」

 花崎先輩はなぜか『見た』ということを強調していた。

「そうそう、うちって見ればわかるけど外がガラス張りになってて熱帯魚の水槽があるだろう? それ越しにぼんやり外が見えるんだよね」

「……なるほど」

 先輩が相槌を打つ。

「でね、午後六時くらいだったかな? レジに座ってぼんやりと外を見てたら、ぼろい外套を被った人が、こっち見て立ってることに気付いてさ。お客さんかなと思って、暇だし外に出たんだ。そしたら誰もいなくて……そのすぐあとに男の子が一人、十字路の真ん中で急に空腹で倒れたんだ」

 へぇ、と花崎先輩は呟いた。

「ぼろい外套……つまり溝口さんが見たのは水元しげおの書いたヒダル神だったというわけですね」

水元しげおと言うと……有名な妖怪マンガを描いた人だ。

「そうそう! ボク水元しげお先生のフアンでさ! だからマイナーな妖怪とかも結構知ってるんだよね」

 そこで先輩は妙に納得をしていた。

「なるほど……ヒダル神は憑き物、つまり幽霊のように実体がない存在だ。なのに『見た』と言っていたのは不自然だと思っていたんですが……。水元しげおが描いたものなら納得です」

 先輩は大いに納得しているようだが、僕には納得のいかないところがいくつもあった。

「その男の子が倒れた原因が空腹だったってどうしてわかったんですか?」

 僕の質問に、溝口さんは丁寧に答えてくれた。

「その男の子はこの先の中高一貫校の生徒でね。僕の息子も同じ学校に通ってるんだよ。その息子が噂で聞いたらしい。『突然お腹が空いて倒れた』って」

 なるほど、一つは謎が解けた。

「でもそれってただの偶然じゃないんですか? ヒダル神が憑かなくても空腹で倒れることだってあり得ないことじゃないし」

 すると水口さんは困ったような顔をした。

「まぁ、そうなんだけどね。さすがに最初は僕もそう思ったよ」

「最初は……?」

 僕が呟くと、溝口さんは小さく頷き、神妙そうな顔で言った。

「あれから毎週金曜日の夕方ごろに、外套を被ったやつが現われて、十字路の真ん中で男子生徒が一人、空腹で倒れるんだ」

 ちなみに、既に四人が空腹で倒れている、と溝口さんは付け加えた。

「それは、さすがに……」

 偶然で片づけていいのだろうか?

 そもそも、空腹で倒れること自体がめったに起こることではない。それが毎週金曜日の、同じ場所、同じ時間に倒れるのは、どれほどの確率だろう?

 もしかして本当に、ヒダル神の仕業なのだろうか……。

 そこで僕は不意に気づいた。

「あれ? そういえば今日は……」

 僕が声を上げると、花崎先輩はにやりとして、溝口さんは苦笑いを浮かべて、言った。

「「金曜日」」



「とりあえず、ヒダル神を捕まえるのが手っ取り早いと思う」

 花崎先輩の言葉に、僕は同意する。

 僕たちは今、溝口さんの店の向かい、つまり商店街の交差点の北西に位置する場所にある、パン屋さんにいる。

 ここではパンを買って帰るだけでなく、買ったパンをその場で食べられるようになっている。ファーストフードの店でよくある、店内でもお持ち帰りでも可、というやつだ。そしてこの店もガラス張りになっているので、この店からは十字路の様子をしっかりと見ることができる。

 つまり、ヒダル神が現われるのを長時間待つには、うってつけの場所だということだ。

「先輩は、本当にヒダル神の仕業だと思いますか?」

 僕は長時間吟味して買った、店のオススメらしいクラブハウスサンドに手を伸ばしながら言った。

 クラブハウスサンドからはとても良い匂いがしており、どうしようもなく食欲が刺激された。

 こんがり焼けたサクサクのパンに挟まれた、半熟よりちょっと硬いくらいの卵。それが手の振動に呼応してフルフル震えているのが、何とも美味しそうだ。

 少し分厚かったが、思い切って口をあけて、一口食べる。

 こんがり焼けている見た目とは裏腹に、パンの部分は意外に柔らかい。そして口の中に広がってくる、半熟玉子の黄身のトロトロと、胡麻風ドレッシングで和えた水菜の味。その裏では深みのあるカリカリのベーコンとチャーシューから出る肉汁の味、そしてフレッシュなトマトの味がうまくマッチしていて、クラブサンド全体を引き立てていた。

 僕は思わず、呟いた。

「風が語りかけます……美味い、美味すぎる」

「質問しといて何食べるのに夢中になっているんだお前は」

 先輩のツッコミにハッと我に返る。あまりに美味しいので先輩に質問したことをすっかり忘れていた。

 僕はしどろもどろになりながら、もう一度質問する。

「す、すいませんっ。それで、先輩は、ヒダル神の仕業だと思いますか?」

 先輩は僕のそんな様子に溜息をつきながら、言った。

「正直、ある程度はどういうことかわかっている。多分、今回も本物の話じゃない」

 僕はへぇ、と驚き交じりに呟いた。

「一応、確認のために竹部にさっき携帯で連絡を取った。結果は……やはり、という感じだな」

 竹部とは、同じオカルト研究会の部員である竹部菜々子のことだ。竹部さんは情報通で、その分野なら花崎先輩よりもさらに優れている。

「あれ、でもさっきっていつですか? ずっと一緒にいたのに」

 先輩は口元を釣り上げて笑った。先輩の笑った顔は普段の顔よりさらに美人に見えるのに、なぜか今は怖かった。

「高瀬がパンを選ぶのに夢中になっていた時だが?」

 いつの間にかまたやってしまっていた!

 つまり、今日既に三度失敗をしてしまったということだ。次に部室に行ったときは、お説教確定である。

 僕は落ち込んだ気分を解消するため、一口しか食べてないクラブハウスサンドの残りを一気に食べる。やっぱりすごく美味い。

 そしてもうひとつあるクラブハウスサンドに手を伸ばす。しかし、皿には何も残っていなかった。

 見ると、花崎先輩がクラブハウスサンドに、まさにかじりついているところだった。

「せ、先輩。それ僕の……」

 先輩はコーヒーしか買ってなかったはずである。つまり今先輩が食べているのは、僕のクラブハウスサンドということになる。

 先輩はもぐもぐと咀嚼して、可愛らしく呑み込んだあと、僕に言った。

「いやー。高瀬があまりに美味しそうに食べるのでな。思わず頂いてしまったよ」

 そんな、そんなのって……。

 僕は顔を伏せて愕然とする。

 このクラブハウスサンドは二個で八百円。正直、学生にはちょっと高かった。しかし、それでも僕は意を決して買ったのだ。それなのに、それなのに……。

 僕は顔を上げ、先輩を睨みつけようとした。普段ならあり得ない行為だったが、それほど、食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 しかし、顔を上げた僕の目の前にあったのは、食べかけのクラブハウスサンドだった。

 先輩は少しにやけた顔をして言った。

「すまなかったな。一口食べてしまったが、あとは返すよ」

 目の前には先輩の食べかけのクラブハウスサンド。つまり、これを僕が食べるということは……。

 僕は急激に、顔が熱くなるのが分かった。

「い、いりませんよ! 先輩が全部食べちゃってください!」

 言って、僕は気付いた。

 やられた!

 すべて計算ずくだったのだ。僕を怒らせて終わり。ではなく、僕を動揺させて終わり。というこのシナリオを。

「そうか? じゃあ頂こう」

 先輩は白々しく言って、またもぐもぐとちょっと可愛らしくクラブハウスサンドを咀嚼するのだった。

 僕は、やっぱり敵わないなぁと思いながら、その可愛らしい食べる姿をぼんやり眺めるのだった。



「花崎先輩! あれ! そうじゃないですか?」

 あれから数十分ほどが経った時、ペットショップの前にぼろい外套を被った人が歩いてくるのが見えた。

 正直、本当に出るか半信半疑だったので、かなり驚いた。

 しかし、現れたヒダル神は思いのほか小さかった。

 距離があるのではっきりとは分からないが、百センチくらいしか身長がないのではないだろうか?

 そのことを先輩に言おうとしたら、先輩は既に店を飛び出していた。

 ぼくも僕も後を追おうとする。しかしクラブハウスサンドとコーヒーのゴミが放置されっぱなしだ。

 お金は払っているのでそのまま出ても問題ない気もするが、専用のゴミ箱があるのだから、ゴミはそこに捨てるべきだろう。

 僕はA型の自分を恨みながら、急いでゴミを分別して捨て、先輩の後を追う。

 といっても、向かいの店なのですぐに追いつく。

「なるほど、そういうことだったのか」

「そーだよ、だってちょーたけーじゃん。とても買えねーよ」

 僕が着くと、花崎先輩はヒダル神と仲良く話していた。

「そうだな。ちなみに君の月のお小遣いはいくらだ?」

「ねーよそんなもん。ふけーきだかんな」

 僕は頭に疑問符を浮かべながら先輩に聞く。

「あの……先輩?」

「ん? どうした高瀬」

「それ、ヒダル神っていうか……普通の子供じゃないですか?」

 僕の質問に、花崎先輩は真顔で答える。

「そうだが?」

 僕はがっくりとうなだれるのだった。



 その子供の名は宮村真太というらしい。

 真太君はペットショップにいるターコイズ・ディスカスとかいう白地に赤い斑の、お世辞にも可愛いとは言い難い熱帯魚にご執心だった。しかし、七歳の真太君には熱帯魚を買うほどのお金がないので、毎週こっそりと見に来ていたのだそうだ。

 ちなみにぼろい外套を被っている理由は、以前顔を押し付けながら熱帯魚を眺めていたとき、店の人にガラスが汚れるとすごく怒鳴られたので、変装をしようと思ったからだったらしい。

 そんなわけで、溝口さんが毎週やってくる真太君を捕まえられなかったのは、店員が出てきそうになると、真太君がダッシュで逃げるからだった。

 そのことを聞いた僕らは、真太君を連れて溝口さんのところへ真相を話しに行った。

 真太君は最初は怖がっていたものの、溝口さんが優しい顔でいつでも来ていいよ、でも顔は押し付けないようにね、なんなら餌をやってみるかい? などと言ってくれたので、徐々に心を開き、まいしゅー来るぜ! と高らかに宣言していた。

 どうやら真太君を怒鳴ったのはもう一人の店員らしい。溝口さんはあとで注意しとくよと言っていた。やっぱり溝口さんはいい人だ、と僕は思った。



「でも、じゃあなんで人が倒れたんだろうね?」

 真太君が帰ったあと、溝口さんは僕らに聞いてきた。

「やっぱり、今日も倒れるのかな?」

 溝口さんの質問に、花崎先輩は答える。

「あぁ多分今日は大丈夫だと思いますよ。あそこの学校、今日から試験週間らしいので」

 僕も溝口さんも、へ? という顔で花崎先輩を見る。

「どういうことですか先輩?」

「単なる確率の問題だよ」

 先輩はさらっと口にする。

「まさか、偶然連続で同じ時間、同じ場所に四人が倒れた、とか言うんじゃないですよね?」

 さすがにそんな偶然が起こるとは思えない。しかし花崎先輩は、こんな時特有の、宝石みたいきらきら輝いた瞳をして、僕に答えるのだった。

「確率は条件加えれば加えるほど低くもなれば、加えれば加えるほど高くもなるんだよ」

 僕はまったく意味が分からなかった。

「条件その一」

 先輩は指を一本立てて得意げに説明する。

「竹部に聞いた話だと、この先の中高一貫校、一か月ほど前に時間割が少し変更されたらしい」

 僕は、はぁ、と曖昧に頷く。

「それで金曜日は五限までで三時終了になった。そこから完全下校時間の七時まで四時間、部活動の時間があるらしい」

 僕は驚いた。四時間も部活をするのは、運動部だったら地獄だ。

「だから空腹で倒れたと?」

「それが、条件その一」

 そして先輩はもう一つ指を立てる。

「そして、条件その二」

 花崎先輩は店の外に出て、ちょいちょいと手招きする。僕と溝口さんは顔を見合わせたあと、素直に店を出る。

 花崎先輩は北側の道を指さす。

「まず隣がパン屋、そしてその奥が牛丼屋、その向かいが回転寿司、その二個奥にウナギ屋、そのはす向かいがまたパン屋……」

 僕は先輩の言いたいことが分かった。

「良い匂いのする食べ物の店ばっかり!」

 先輩は頷く。

「まぁ回転寿司はちょっと違うが……回転寿司はネタが回っているのを見ればそれだけで食欲が増す作用があるそうだ。そして、良い匂いは食欲を高め空腹感を強くする。つまり?」

 先輩が疑問形僕に問う。僕は自信なく答える。

「一歩歩くごとに空腹感を高める?」

「そうだ」

 僕も溝口さんもなるほど、と呟く。

「そして条件その三。これは簡単だが単に数の問題だ。その学校は中高一貫校で生徒数が半端なく多い、百人に一人がここで倒れるのはそれでも考えにくいが、二千人に一人がここで倒れるのは十分考えられる」

 先輩は三本に立てた自分の指を見ながら言った。

 そしてさらにもう一本、指を立てる。

「そして極め付け。条件その四は、なかなか変わらない信号。こんな良い匂いがする場所に空腹状態で突っ立っていれば、倒れても仕方がないだろう?」

 言って、先輩は不敵に笑った。

 確かに、それだけ条件が重なれば倒れても不思議はないかもしれない。慣れているならまだしも、一か月前に急に時間割が変わったのなら、極端に疲れてしまう生徒も多いだろう。環境が変わると人は弱りやすいものだ。

「まぁ、それでも人間の順応性は高い。だんだん慣れてきて、めったに倒れなくなるだろう。もしくは、学校が何かしら対策を立てると思う。どうしてもこれが続くようなら、学校に相談するべきでしょうね」

 先輩の最後の言葉は、溝口さんに向けてのものだった。

「……うん。わかったよ」

 溝口さんは驚いた顔から一転、優しそうな顔に戻った。

 先輩はそれじゃ、店に入りましょうか。といって店に入って行った。

 その後ろ姿を見て、溝口さんは僕に小声で話しかけてきた。

「すごいね。彼女」

 僕は何となく誇らしくなって笑顔で言った。

「はい、自慢の部長です!」

 


 僕と花崎先輩は、駅に向かって歩いていた。

「結局今回も、本当のオカルトじゃなかったですね」

 僕の言葉に、花崎先輩は答える。

「まぁそうだな。しかし、なかなか面白かったよ」

 ヒダル神の正体は、良い匂いか。といって先輩は小さく笑う。

「……先輩は、本物のオカルトが好きなわけじゃないんですか?」

 僕は思わず聞いていた。前から思っていたけど、先輩はあまりオカルトであることにこだわっていない気がする。

 僕がそう聞いた瞬間、先輩の顔から笑顔が消え、瞳の色が無機質のように変わった。

「……そうだな」

 先輩はぼんやりと、うわ言のように呟いた。

「別に私は、オカルト自体が好きというわけじゃない。ただ『知る』という行為が好きなだけだ。だから科学なんて言う後追いの研究より、誰も知らない、分からないオカルトのほうに魅力を感じただけなんだ。無いなら無いでいい、それも真実だ。とりあえず、答えが知りたいんだよ私は」

 先輩の気持ちに、僕もなんとなく共感する。

 僕も、僕の中にある気持ちを、少しずつ、口に出しながら紡いでいく。

「僕はオカルトなんて、見つけられないなら無いのと同じ。どっちでもいいって思っていました。でも、先輩と出会って、こうやって話しているうちに、自分から答えを知ろうとするのもいいかなって思えてきました」

 僕と先輩の視線が交差する、先輩の瞳はとてもまっすぐで、綺麗だった。

「先輩、一緒に答えを探しましょう。僕らで出した答えが、僕らの真実です」

 それは、思わず口から出た、僕の純粋な気持ちだった。

 足はお互い、いつの間にか止まっていた。

「僕らの真実……か……」

 先輩が呟く。

 そして先輩はにっこりと……

 ――いつものように不敵に笑うのだった。

「それはあれか、プロポーズか?」

 僕はぶっと吹き出す。

「ち、ちがいます! なんですか人が真剣に話をしているのに! もういいですよ、先に帰ります!」

 もう駅は目の前だった。そして、僕と先輩の乗る電車は逆行き。乗り込むホームも違うので、今日はここでお別れである。

 僕が駆け出そうとすると、花崎先輩が引きとめてきた。

「ちょっと待て、高瀬。今日お前何度も思考が暴走していただろう? だから罰として宿題を出す。明日までに、ヒダル神に空腹にされた時の対処法を調べてくること。あとこれは、ヒントだ。一応、今日のお礼でもある」

 先輩は鞄から、両の手のひらに乗るくらいのハンカチでくるんだ小さな包みを差し出してきた。

 ヒントでありお礼でもあるというこの包みを、疑問に思いながらも僕は受け取った。

「分かりました。調べておきます」

 そう言って僕は、歩いて先輩と別れる。

 なんとなく恥ずかしくて、僕は一度も振り返らなかった。



 家に帰った僕は、先輩から貰った包みは開けずに、自宅のパソコンでヒダル神に空腹にされた時の対処法について調べた。

 とりあえず、ヒントなしで調べてみようと思ったのだ。

 しかし、花崎先輩の出した宿題にしては、ずいぶん簡単にその答えは見つかった。

 それは、手に『米』と書いて呑み込むか、なんでもいいから何か食べること。

 宿題の答えを知った僕は、あることに気が付いた。もしかしてと思って、僕は急いで先輩から貰ったヒントを開ける。

 包みを開けるとその中にあったのは、お弁当箱だった。

 その中に入っていたものを見て、僕はばったりと、床に寝転がった。


「……クラブハウスサンド」


 そのクラブハウスサンドは、明らかに手作りだった。今日店で食べたものに比べれば少し見劣りするかもしれないけど、すごく美味しそうだ。

 ――僕がクラブハウスサンド食べていた時、先輩、どう思ってたのかなぁ……?

 

 僕はその日一晩中、自分の大馬鹿な行動を後悔し続けるのだった。


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