狙撃:超極大射程
前作「狙撃」のあらすじ:「フェニックス」と呼ばれた脱獄を繰り返す密売人、イワンが核を密入手、密売しようとしていた。それを察知したSASは、暗殺のプロであるジャクソン大尉と、凄腕の狙撃手であるパスカル少尉のペアに、ターゲットの殺害を命じた。核実験で核汚染の被害にあったゴーストタウンを舞台に繰り広げられた潜入、長距離狙撃、逃走劇を2人は見事、乗り切って見せたのだった。
「記録23.4秒……だいぶ早くなったじゃないか」
モニター前でそう褒めたのはジャクソン大尉。CQBの実戦形式の訓練でピットを走ったパスカル少尉が、弾倉の空になったベレッタの弾倉を抜きながら歩いてくる。
「でも、大尉は21.7でしょう? まだまだ敵いませんね」
「お前は狙撃が専門だからな……とはいえ、25秒を切る奴はこのSASでもそうそういるわけじゃない。もっと自信を持て」
ターゲット数大よそ20、距離にして150m程のそのピットは道が狭く、専らハンドガンやサブマシンガン、カービン系統の銃を用いる訓練によく使われる。ちなみに最高記録は17.6秒で、次いで19.8秒である。最高記録は十年ほど前に樹立されて以来、一回も抜かれていない。
長距離を得意とする2人ではあるが、だからといって近距離線を疎かにしていいはずもない。そんなわけで、時折こうしてタイムアタックを兼ねた近接戦闘の上達を目指しているわけである。そんな2人のもとに、上官であるデイビッド大佐が訪れた。
「やってるな。調子はどうだ?」
「まずまずですよ、大佐。しかし、大佐直々にこちらにいらっしゃるとは、何かありましたか?」
「ああ、何かあったのだ。三十分後、ブリーフィングルームに来てくれ。君達2人のみが対象だ。人払いはこちらでしておくが、あまり口外しないでくれ」
「了解」
声をそろえた二人が敬礼と共に返す。うむ、と頷いた大佐は、そのままCQB訓練室を後にし、それを見届けた2人も、大佐が出ていった外への出口ではなく、ロッカーやシャワーを備えた部屋の方へと出る。
約束の三十分が過ぎようというころ、2人はブリーフィングルームに到着した。ノックをして部屋に入ると、既にデイビッド大佐が待っていた。
「よく来てくれた。さ、こっちへ」
「一体何があったんです? 自分達だけを呼び出すなんて……」
パスカルの問いも尤もである。2人とも、普段は少なくとも小隊単位で任務を受けるため、この2人だけというのが特殊な事態ということは心得ている。それこそ、以前の狙撃によるフェニックスの暗殺のように。
「実は、ある人物から……あの『戦争を始めるなら奴に頼め』と言われるほどの武器商人、アレンのタレコミがあった。奴の住処だ」
「ある人物?」
「ああ。全く私らは面識がないが……手紙の差出欄には、ウルスラ・クウォーク・オーウェンとあった」
「ウルスラ・クウォーク・オーウェン……偽名だな。昔小説で似たようなネタがあったはずだ」
「ああ、そういうことですか……」
「うむ、偽名と見て間違いないだろう。ウルスラ・クウォーク・オーウェン……ウルスラとクウォークのイニシャルはUとK……」
「そしてオーウェン……U.K.Owen……」
「Unknown……か。私も一度読んだきりだったが、君達も疑うであろう罠の可能性は真っ先に考慮した。その結果……長極大距離からの狙撃を行い、速やかにヘリで脱出するのがベスト。そう判断された」
「長極大射程……一体どれ位の距離をとるんです?」
「大よそ5kmだ」
「……え!?」
素っ頓狂な声をあげるパスカル。当然である。5kmというとそもそも――――
「そんな距離、弾丸が届きませんよ?」
「そうだろうな。だから……君達は普通とは違うもので狙撃してもらう」
「ヘルファイアミサイルでも使うつもりで?」
「いいジョークだ、ジャクソン。しかし、奴がいるのはいたって普通のマンションだ、民間人をやたらと巻き込むわけにもいかん。そこで……その5km地点にあるビルの空き家……そこを一部屋借りた。オフィスビルだからな、かなり広いはずだ。そこにヘリで行き、特別なライフル……いや、高射砲クラスのそれで狙撃してもらう」
そんなブリーフィングを終えた2人は二日後、マンションの空き家に陣取っていた。その部屋には、2人と一緒にヘリで運ばれてきた特別製のライフル……もとい大砲が設置されていた。
「これ一体口径いくつあるんだ……?」
「さあ……でも、30mm位じゃないですか?」
「そうだな……弾丸というより、火薬量が増えているのか」
「これ、ビルを貫通しそうですよね……大丈夫でしょうか」
弾丸を持ってみると、30mm弾としても、異常な量の火薬がある。30cm定規一本分ほどありそうな薬莢部分など、とてもじゃないがまともに使おうとすれば使い勝手が悪すぎるような設計であり、実用には耐えないだろう……が、このような距離を狙撃するなら、この位火薬がないと弾が届かない可能性が高い。2人は設置式のそれをしっかりと固定し、弾丸をボックス型のマガジンに挿入、本体に装填する。
「照準はもう合わせてあると聞いている。まあ……どの程度の距離で合わせたか知らんが、どのみち試射する余裕はない。スコープは電子式で最大200倍、書類に依れば……弾丸は射程限界大よそ7kmの照準限界6km程……それと、こいつを動かすのはスコープを覗きながら手元のスティックを使用する。スコープ倍率の操作はその左にあるボタンだ。精密操作を優先するため、首振り速度は極端に遅いらしいから気をつけろ」
「弾丸の速度は?」
「大よそ音速の1.5倍ほどだ」
「向こうに着くころにはだいぶ減速されますね。分かりました、やってみます」
「照準とトリガーはそれぞれが担当する設計だ。お前が合図を送り次第、俺がトリガーボタンを押す。いいな」
「了解。今の気候わかります?」
「ちょっと待て……気温26℃湿度56%、風南西に4、目標まではビル風を突き抜けなきゃならん」
「この弾の重さでも影響は受けますね。分かりました、準備します……」
パスカルが指の形にグリップのついたスティックを操作する。銃を操作するというより、戦闘機か何かを操作しているかのようだが、覗いているのはれっきとした電子式スコープである。今回は設置型でブレがほとんどなく、あってもパスカルではどうしようもないため、息を止める必要性はない。ふんだんに補充される酸素を利用し、周りに誰かいればその誰もが近寄ることを本能的に避けるかのような集中力を以て精密な操作を行う。
スコープが映す映像には既に目標のビルの一部屋が映っていた。そう、アレンの使っている部屋である。しかし、アレンの姿は見えない。
「ジャクソン大尉、情報通りの部屋を発見、ズームしました。ですが、標的はなし、他の人影も一切ありません」
「よし……待機だ。現れるまで待つぞ……スコープから目を離すな……」
「了解」
そして幾らかの時が過ぎた。ついに、アレンが姿を現したのだ。電子式スコープの画像は、常に大佐のいるモニタールームへ繋がっている。その大佐から確認が出来たと報が入り、いよいよジャクソンとパスカルは射撃体勢に移行する。
「大尉、気候が変化しているかもしれません。確認お願いします」
「気温、湿度は変化なし。風は……付近の風が南西から南に変化している。流される距離が長くなるはずだ、気をつけろ」
「了解」
パスカルはスコープの画像から部屋を外す。そう、この距離ではそれだけ大きな変化が生じてしまうのだ。
「…………照準、よし。口角にして未移動を確認、撃ってください!」
直後、ヘッドセット越しにも鼓膜が大きく揺れる大爆音が轟く。マンション全体が揺れたと感じたのは果たして気のせいか、そんな火薬量で撃ちだされた弾丸は数秒の間空気をかき分け、分厚いガラスを突き抜ける。刹那、大きく紅が爆ぜ、アレンが吹き飛び壁に叩きつけられる。
「よし、流石だな、射殺確認だ。後は……大佐達に任せるとしよう」
「そうですね。お疲れ様です」
「しかしまあ……本当にこの距離の狙撃をやってのけるとはな」
マンションの屋上でヘリに乗り込んだ2人と入れかわりに、数人の回収部隊が素早く行動を開始し、先程狙撃が行われた部屋へ向かう。しばらくの後、無線で合図が入ったらしい。パイロットがヘリのローターを回転させ始め、辺りに騒音と強風が暴れ始める。先程の数人が帰ってくるとほぼ同時にヘリが地を離れ始め、前進する。引きずられる形で先程の大砲が現れ、2本のロープで吊るされる。かなり頑丈なロープではあるが、万が一を考え、都市部を避け海上や川の上を出来る限り飛ぶルートを取る予定のこのヘリは、早速都市部を離れ始めた。
「2人とも、ご苦労だった。特にパスカル少尉、5kmという距離での狙撃、見事だった。ジャクソン大尉も、いつも通り冷静な行動見事だったぞ。2人の行動が実り、アレンは射殺された。そして一発の弾丸如き、証拠を握りつぶすのはたやすいものだ……本当に、よくやってくれた」
先日と同じブリーフィングルームで大佐から労いを受けた2人。敬礼を返し、それに頷く大佐。それでようやく、この2人のこの一件は幕を閉じるのだった――――――――
そうそう、ブリーフィング時に出てきた小説のネタ云々のくだりは、ご存知の方も多いかと思われますが、アガサ・クリスティ作「そして誰もいなくなった」の事です。詳しいことはwikipediaでもご覧いただくとして、今回は「Unknown」に関する「言葉遊び」をお借りしました