第5話 僕と私の週末
いよいよ5話。早く何か起こらないものかと作者自身がウズウズしてます。
それでは本編へどうぞ。
「ん―、しかしいい天気だ」
ぽかぽか陽気がすごく気持ちいい。僕は適当な所でピクニックシ―トを広げ、風で飛んでいかないよう小石を四隅に置いた。
「未確認植物が異世界の扉を開く鍵だ!」
と、宣言したタカは、シロツメ草が群生している所で四つ葉のクロ―バ―を探している。
四つ葉は別に未確認でもなんでもない植物だと思うんだけど、活き活きとしているのでそっとしておく。
僕はリュックからビニ―ル袋を取り出すと、タカとは別の所で草花を物色し始めた。
といっても四つ葉やましてや異世界の手がかりを探す気はさらさらない。
筑紫や野蒜、蓬に虎杖、蕨、車前草、エトセトラエトセトラ。
家計を握っている訳ではないし兄にも心配要らないとは言われているけど、明らかに今一番お金がかかっている被扶養者としてはやはりちょっと気になるワケで。
目の前にもってけ泥棒的食材があるなら、これを逃す手はない。
ここを発見したタカに感謝だ。
この野草豊富な原っぱを見つけたのは、今から四十分程前に遡る。
結論からいうとタカの報告通り、道は跡形もなく消えていた。
見る角度によって違うかもしれないと、タカは色んな所から覗いたりしていたが何の手がかりも得られない。
後ろでぼ―っとその様子を見ていたら、タカが外から見るだけじゃなく実際に奥へ進んでみたいと言い出した。
「えっだって道ないよ」
「でも確かに昨日はあったんだから、ここからは見えてない奥に残ってる道があるかもしれない!」
というわけで、僕達はガ―ドレ―ルを越えた。
生い茂った草木を掻き分け奥へ進み続けていい加減疲れてきた所、五、六十平方メートルほどの広さでそこだけぽっかりと背の高い木々のないこの原っぱを発見、今に至る。
それにしても随分と沢山の草花が咲き乱れている。偶々そういう季節なのか常緑樹ばかり植わっているだけなのかまでは僕も分からないが、どれも青々として瑞々しい。
ずっとしゃがんだままで体が痛くなってきた。ゆっくりと立ち上がって腰を伸ばすと、目の前に低木が何本か生えている。 夢中になりすぎて、いつの間にか原っぱの端まで来ていたようだ。
低木に成っている橙色の実を何気なく手に取る、木苺だ。
小さい頃によく見つけては食べたりしていたなと懐かしんで口に含む。まだ赤く熟れてないから酸っぱいだけかと思ったけど、甘くて美味しい。
これでジャムでも作ろうか。潰れやすいからタッパーにでも詰めて帰ろう。
「お腹空いた。コンビニ行く?」
暫くしてシ―トに戻ると、タカがそんなことを言いながら寄ってきた。
「ううん、お弁当作ったからここで食べようよ」
「お、用意いいね」
「ふふん、一応僕も女の子ですから。はいこれ」 タカにお絞りを渡すとお弁当を取り出して並べる。
ちょっと偉そうに胸を張ったものの、両親が亡くなるまで料理といったら家庭科で習ったものか、包丁さばきを必要としない簡単なお菓子しか作れなかった。
自炊を始めた当初、兄と試行錯誤して失敗作を生み出しては、味見役が苦悶の表情を浮かべていた。
今は僕の料理だと言っても躊躇うことなく手をつけてくれるようになった元・味見役が美味しそうにおにぎりを頬張るのを嬉しく思いながら、コップにお茶を注いで横に置くと僕もおにぎりを手に取り食べ始める。
よほどお腹を空かせていたのか、タカは黙々とお弁当を平らげていく。
沢山作っておいて良かった。
タカが女子っぽいのは本当に見た目だけで、こう、がつがつと食べる姿や仕草は男子そのもので。
顔は悪くない、いやかなり整っているのだから普通にしていれば女の子に間違いなくモテるはず。
なのに当の本人は、外見だけで判断されるのはどうとか変にマトモなことを言う。
僕、女装する男子に惚れる女子って外見どうこう以前に止めといた方がいいと思うな。
「ん―うんまかった―っ」
タカは満足そうにお腹を撫でて足を投げ出す。
ちなみに今日の彼はスカートではなく、“異世界でも洗える最先端化学衣料”……要するにジャ―ジを着ている。
対する僕は、白の長袖ロングシャツに黒のレギンス。どういう基準なのか未だ不明だが、私服まではペアルックの対象じゃない。その調子で制服も対象から外してくれないだろうか。
「さっき天ちゃんは何探してたの?」
「ん、ああ。これ」
僕は午前中に収穫した野草を見せる。
「……雑草?」
「雑草いうな。全部食べられるんだよ、これなんかはそのままいける」
木苺を一つ取り出すと、タカの口に放り込んだ。
「ふむ……あ、甘い」
「これでジャム作ろうかと思って」
「いいなそれ、上手くできたら私にも頂戴」
「図々しい上にさり気なく失礼だな、いいけど。ところで四つ葉は見つかったの?」
聞くと、タカは右手を僕の目の前でぱっと開いてみせた。四つ葉のクロ―バ―が少しよれよれの状態で手のひらに乗っている。
「おお、すごいじゃない。普通に珍しいんだから、もっと大切に扱ったら」
「見つからなかったからご飯粒でくっつけた、あげる」
「自分でフラグだと思ったものを捏造するんじゃない! いらないよ」
ふっ、と息を吹きかけて飛ばす。
哀れな偽造四つ葉はへろへろと頼りなく宙を舞って草むらに落ちた。
「さて、これからどうするの?」
「もう少し手がかりを探す、天ちゃんも」
「分かった、片付けてからね」
弁当箱やシ―トを全てリュックに詰め、今度は背負った状態で僕はうろうろと原っぱを探索する。
野草を探っていた時は気付かなかったけど、日に照らされている所は汗ばむような暑さ、木陰は涼しい位の気温差がある。
ひんやりとした木陰に入って見上げると、やたら丈夫そうな蔦がまるで電線のように木々を絡め、所々で小さい淡紫色の花を咲かせている。
(あれ、もしかして……――)
戻る道が分からなくならないよう、後ろを気にしながら奥に伸びる蔦を追う。
地に這っていた一際太い木の根を跨ぐと、急に涼しいを通り越して肌寒く感じ始める。ぶるりと身を震わせてから歩を進めると、何本かの木に絡まった蔦にぱっくりと裂け目が入った実が成っているのを見つけた。手の届く範囲でいくつかもぐと、僕はほくほく顔でタカの所へ戻る。
原っぱに戻ると、タカは何故かぐったりと座り込んでいた。気分でも悪いのかと慌てて駆け寄る。
「どうしたの、立てる?」
「暑い、喉、乾いた……水筒も全部片付けて行くんだもん……」
ま、紛らわしい。ってか、長時間外にいるつもりなら飲み物位持参してよ。
胸をなで下ろしつつ、木陰へ誘導して水筒を渡す。
ぐびぐびと気持ちよさそうに喉を鳴らして飲み終えると、タカは木にもたれて目を閉じる。
「ここ涼しいなあ。私がいた所、暑くて暑くて」
「まあそろそろ初夏だし。日照りがきつくなる前に帰らない?」
「そうだな、その……足元の噛みつきそうな物体は何?」
タカがもいできた実を指差す。
僕は一つを手に取って、裂け目から見えている中身をかじってみせた。
タカも恐る恐る口をつける。
「うわ、見た目に反して甘酸っぱい」
「おいしいでしょ。種は吐き出してね」
「こういう知識も異世界に行ったら必要だな。天ちゃんが研究熱心で嬉しいよ」
別に僕は異世界で生きる為の知恵なんて模索してない。
言ったところで無駄だろうから黙っておくけど。
自然の恵みを堪能し尽くすと、原っぱを後にして元来た道なき道を引き返す。
実は既に異世界に辿り着いていて、帰れなくなっていたことにも気づかずに――。
という展開を期待していたタカは、ガ―ドレ―ルを見てがっかりしていた。
その日の夜。
我が家の食卓は山菜尽くしで彩られた。
由貴が寝付いてから、兄と二人で昼間取ってきた実にかぶりつく。
タカじゃないけど見た目がちょっとアレだし、火に通してない物を食べさせるのは免疫力の乏しい小さな子供にどんな影響があるか分からなくて怖い。
「アケビとか懐かしいな。こんなものまであるなんて、まさに人の手が入らない秘境だな」
「んふふ、今度また取ってくるよ」
僕は兄と小さい頃の話をするのが楽しくて、最後に兄がぽつりと呟いた声を聞き逃した。
「……でも、アケビって秋に成るんじゃなかったか?」
やっと、ちらほら気になるものが出ました。
貴善は主人公なので当然物語の中心に据えたいと思っているんですが、何せ物語自体のフラグをへし折りそうな子なので……。




