第4話 僕と私の活動
さて、4話目アップです。
別に男の娘や僕っ娘でなくても良かったかもしれないと、早くも思い始めています。あれ?
では本編へどうぞ。
※6/17 一部加筆修正しました
食べ終わると兄弟二人を脱衣所へ追いやり、汚れた服に洗剤をかけて浸け置きする。
テレビを観たかった番組のチャンネルに合わせ、キッチンの流し台に食器を運んでいると、シャワーの音と歓声を上げて喜んでいる由貴の声が聞こえてきた。
ダオガイガ―のことはもう忘れているみたいだ。
制服の袖を捲って食器や鍋を洗い、食器乾燥機のスイッチを入れる。
粉末紅茶を自分用のマグカップに入れ、ポットの湯で溶かすと、それを手にしたままテレビ前のソファに体を沈めた。
CMが暫く続いた後、番組のタイトルと共にテーマ曲が流れ、今日の特集が始まる――。
《……これが、その時のものです…………》
ごくり。
すっかり冷めた紅茶を飲み込む音が室内に響いた気がした。
司会者がゲスト達に意見を聞いて話を引っ張った後、『その時のもの』がテレビいっぱいに映し出される。
「――っ、うわぁ……」
「最近この手の番組、見なくなったな」
「!」
いつの間にか横に腰かけた兄がぽつりと呟く。
「驚かさないでよ。由貴は?」
「寝た」
がしがしと乱暴に髪を拭く兄の言葉にほっとする。
この、でかでかと映っている心霊写真を見られたら、間違いなく泣きわめく。
「思いっきり遊ばせたからな、疲れきって朝まで起きないだろ」
「それじゃお兄ちゃんも疲れたでしょ。待って、お茶入れるから」
「昆布茶がい―な―」
「はいはい」
キッチンに行って湯のみに『昆布茶の素』とポットの湯を入れ、マドラ―でぐるぐるとかき回しながら兄に近づく。
「はい」
マドラ―を空になったマグカップに放り込み、湯のみだけ手渡すと再びソファに座った。
「ん。お前こういうホラ―物好きだよな」
「ホラ―っていうかこの投稿映像とか写真? 何か騙し絵みたいで面白いんだよね」
「心霊写真とトリックア―トが同列かよ……」
番組も終盤に近づき、来週の予告を流し始める。
う―んと唸りながら手足を伸ばす。
トリック、錯覚。……あ。
ずずっと昆布茶を啜る兄に、そういえば、と帰り道にあったことを話した。
「心霊現象とはちょっと違うけど、毎日通る道なのに気付かなかったなんてって思ったわけ」
「思い込みってやつ?」
「ちょっと違うかも」
うむ、と今までの行動を思い出す。
「あの辺りは、タカが怪しいと言っては何度も探検ごっこに付き合わされた所だから」
だからこそ、彼を止めたというのもある。
実は妙な胸騒ぎもしていたのだ。テレビ観たさ六割、本能的危険回避三割、友人が心配一割の配分で。
「タカって……ああ、あの」
眉間をぐにぐにと揉みほぐす兄。
タカの女装と行動とその副産物武勇伝は、ご近所中に知れ渡っている。
兄に至っては、タカが女装し始めた当初、彼と気付かずに恋文をしたためるという大失態を冒した。
幸いにも、タカはどこかの女子がくれたと勘違いして事なきを得たが、今でも名前を聞いただけで兄の古傷は痛むようだ。
「何かあるかもしんないし、何にもないかもしんないけど」
「まあ幾つになっても、秘密めいた所に惹かれるのは変わらないもんだ、危なくない程度に楽しめ」
「ん―分かった―」
ぐいっと昆布茶を飲み干した兄が立ち上がる。
「ちょっと仕事片してから寝るわ、おやすみ」
「おやすみなさい。洗っとくよ」
湯のみを受け取って兄の背中を見送ると、テレビを消してもう一方の手でマグカップを持って僕も立ち上がった。
洗い物が終わると米を研いで、朝に炊き上がるよう炊飯器のタイマーをセットする。
脱衣所に入って浸け置きしておいた服を他の溜まっている物と一緒に洗濯機に放り込んでスイッチを入れると、その間にさっさとシャワーを浴びた。
風呂上がりに室内干しを済ませ、夕食時からずっと放置していた鞄と脱いだ制服を持って自室に上がる。
明日は土曜で休みだ。
忘れない内に宿題を済ませようと鞄を開けて、入っていた携帯のサブ画面がぱかぱかと点滅していることに気付いた。
タカから十数件の着信履歴。
最終履歴は七分前。
……ということだけ確認してベッド上に放り出し、僕は宿題にとりかかる。
宿題も終わり、だらだら寝転んで過ごしていると、携帯がメロディーを流して着信を知らせた。
体をもぞもぞと動かして通話ボタンを押す。
「偶にはかけ直して!」
それがタカの第一声だった。
「だってお風呂入ってたし」
「見てたぞ、天ちゃんの部屋三十分以上前から電気ついてたの」
スト―カ―かこいつは。
「……で、今日は何?僕もう眠」
「さっき帰り道に見つけた所に行ってきた、なかった」
遮られた。……って、なかった?
「場所を勘違いしてるとか、似たような景色だし」
「それはない。離れる間際にチョークで印つけたから」
いつの間にそんなことしてたんだ。
変なところで用意周到なんだから、もう。
「逃げた、異世界が逃げてった。天ちゃんが止めたから」
「えええ、すごい次元の言いがかり」
「今ないんだから明日だってないよ、明日どうすんの?」
「え?」
いやどうすんのって聞かれても。
「帰る時、明日また一緒に来ようって約束したじゃん」
「……言った?」
「言った。うんうんって天ちゃん二回も頷いた」
あ……ああ……あの時か。こいつがめそめそしてたあの時か!
「あ―、ん―と……は」
「は?」
「白昼夢だった。かも」
「天ちゃんが見つけたんじゃん」
「僕のタカの夢が叶ったらいいなという想いが幻覚を見せたんだ」
「私も見たぞ」
ちっ、食い下がるな。どうしたものか……。
「た、例えば誰か間違って異世界に行ったから消えた。とか」
「じゃあ天ちゃんがあの時止めなかったら私が行けたんだよね?」
「そうなるね……」
まず、本当に異世界の入口かどうかも分からないままなんだけど。今のタカにそれ言ってもなあ。
でも、消えたのは何でだ?やっぱりあそこに何かあるってこと?
「消えた周辺を調べたら、何か分かるかも。暗くて見逃してるものがあるはず、現場百回!」
「何かテンション駄々下がりで力が出ない~。今頃私の代わりに行った人は向こうで勇者扱いでいい気になってるよ~」
ええい、うじうじと鬱陶しい。
普段が無駄にハイな分、一度テンション下がり始めると梅雨時期の湿度よりじめじめし出すからな。
由貴といいこの湿気男といい、ホント男子は正義の味方になりたがるよね。なれる訳ないのに――ってか、タカはこの近所で生ける伝説化してるじゃないか。
困った奴らだ……ん、なれない?
そうだ。
「タカ。代わりじゃなくて手違いだよ、きっと向こうの伝説や預言と食い違う容姿やら何やらでまだなれてないはず。……何故なら」
「な、何故なら……?」
僕はわざと一呼吸置いて勿体ぶる。
「キミが本物の勇者だからだ!」
「お、おお!?」
よし、タカの声に湿り気がなくなった。
僕は自信満々に口から出任せを並べ立てることにする。
日本語おかしい気もするが、まあいいや。
「あ、でもどうすれば向こうに勇者って分かってもらえる? 喚んでもらわないと行けないよ」
「えっと、大体今まで異世界に行きたいといいながら、向こうの召喚を待つだけの“受け身”がよくなかったのかもよ? こちらから自在に行けるような方法も探したらどうだろう」
「なるほど、だからまずは痕跡がないか調べるんだな。天ちゃんさすが!」
「えっへん。向こうの手違いなのに偽者だ―とか言われて、可哀想な一般人は牢屋に入れられてるかもしれないしね」
「牢屋!?」
「そうだよ冤罪だよ、可哀想な人助けないと」
おっと、ちょっとデタラメを言い過ぎたかな。でもまあ何とか丸め込めそうだ。
仮定の冤罪事件をほぼ確定事項にして僕は話を都合良く進める。
ごめんね可哀想な人、いないと思うけど。
「よし、じゃあ予定通り明日行ってみよう。天ちゃんも」
「行かないよ、ほら、また間違って僕が喚ばれたらややこしいし」
でも、この一点だけは丸め込めなかった。
「男主人公には女の幼なじみが必須!」
それがフラグ発生誘引の一つだそうだ。
まあ話を聞かず返事した僕も悪いんだし、と諦めた。明日の待ち合わせ時間を決めて電話を切る。
せっかくだし、お弁当作って行こう。
冷蔵庫の残り物アレンジをあれこれ考えながら、僕はベッドの中に入った。
次話から漸く動きます。腰の重い人達ですみません。
あ、因みにお兄さんは在宅ワークです。
その辺のことはまた追々……。




