第3話 僕らの事情
漸く3話目アップです。
サブタイトルに話数がなくて分かりにくいことに今更気づいて修正しています。
それではどうぞ。
「ただいま―」
声をかけると、ダダダッと奥から足音がする。弟の由貴だ。
「ね―ちゃ、おかえり!」
「よ―しき―っ」
二歳になったばかりの由貴は、小さい体を目一杯動かして飛び込んでくる。
僕は膝をつき両手を広げて満面の笑みでしっかりと抱き締め――。
「うっ」
――ようとして、勢いが過ぎてちょっとフラつく。
日に日に駆けてくるスピードが速くなっているみたいだ。無邪気にしがみついてくる小さい手も最近は痛く感じるほど。
いつまでも小さいと思っていたけど、成長しているんだよなあ……。
「ね―ちゃ、ね―ちゃ。ダオガイガ―!」
「うん好きだよね―由貴は」
よっこらしょ、と凡そ女子高生らしくないかけ声で由貴を抱いたまま立ち上がり、奥に向かう。
夕食が並んでいるテ―ブルに着こうとしたら、由貴がしきりに居間の方向を指差してぐずりだした。テレビの前に座りたいようだ。
「ダメ、ご飯の間はテレビ付けないお約束でしょう」
「や―っダオガイガ―!」
「ダオガイガ―はビデオだから後でも観れるよ」
「いや――――っっ」
よしき は だだ を こねだした 。
きさ は うろたえている!
(こ、これが噂に聞く『魔の二歳児』なのか?)
僕はいつだったか読んだ育児書を思い出す。
ついこの間までは、多少は腕白な面があるものの、大人の言うことをよく聞き、子供の扱いが不慣れな僕にも躊躇なく全力で甘えて懐いて逆に安心させてくれる、『手のかからない子』だった由貴。
ところが二歳の誕生日前から、急に何でもかんでも反抗するようになってきた。
反抗期なんて二次性徴期辺りまでないと思っていたけど、自我が芽生える時期に訪れる最初の反抗期なんてものがあるらしく、由貴も例外なくその時期に突入したようだ。
すくすくと成長している証拠で、喜ばしいことだとは思う。
「うわあぁ―っ!」
……お、思……。
「ダオガイガ―っっや――っ!」
…………。
え―ちなみに。ダオガイガ―というのは、百人で構成された戦隊の名前。
弱きを助け強きを挫く正義の味方が悪事を思いつくだけで何もしない悪の組織を爽快にやっつける、微善懲悪の子供向け特撮番組である。
「――ぃ。おい貴善、貴善ってば」
最近では子供と一緒に観ている親も出演しているイケメン俳優に惹かれてのめり込み、それに目をつけた制作会社が各キャラの大規模なグッズを展開。月間売上が一番多かった俳優を翌月の主役キャラとして話を進めるということを始め、全国各地の玩具売り場で主婦がバ―ゲンセ-ル並みに群がる社会現象を巻き起こしている。
「貴善ちゃ―ん」
イケメン俳優に興味のない人達も悪者の切ない事情や現代社会を風刺した内容に共感したり、本来の対象である子供も毎回の派手で格好良いアクションでちゃんと楽しめる内容になっている。
「本日の夕食は特製ナポリタン玉ねぎ多め、海鮮サラダ温泉卵付でございますがお下げしてよろしいですか?」
「食べる」
現実逃避を止めて振り向くと、苦笑している僕の兄――名は清孝――が立っていた。
ごしごしと手にしていたタオルで涙でぐちゃぐちゃになった由貴の顔を拭くと、あっという間に僕の手から食卓の席に移す。
由貴本人も一瞬の出来事に吃驚して、食卓で目をぱちくりさせている。
「さ、食うか」
促されて僕も席に着く。
暫く戸惑っていた由貴だけど、素知らぬ顔で手を合わせ食事を始める僕達をみて、同じように手を合わせて一緒に食べ始めた。
こっそり兄と目を合わせて笑い合う。
「育児が何もかもマニュアル通りにいかないとは分かってるんだけど、どうにも小さい子の癇癪には慣れないね」
「お前の歳で育児の何たるかを達観される方が心配になるわ」「でも」
「俺が普段こいつを叱って怖い存在になってる分、お前は甘やかす姉でいろ。バランス取れて良いだろ?」
「母親代わりじゃなく?」
「そ」
くるくるとフォークにスパゲティを巻きつけながら由貴を見る。
弟には母と呼べる人がいない。
というか、僕達三人に両親がいない。
順調な出産だったけれど基準より体重が少なかった弟は念の為保育器に入れられ、体調が回復した母は病院が自転車で通える距離ということもあって、先に退院することになった。
退院当日、父が車で迎えに行って母を乗せた帰り、事故は起きた。
その日は風がとても強かったらしいが、よく覚えていない。
それほどキツくもないカーブで大型トラックが横転、そのまま両親の車を巻き込んで壁に激突。
何か燃えやすいものが積み荷にあったのか、すぐに炎上してしまってどうにもならなかったそうだ。
既に社会人だった兄が葬式手配から保険のことまで全て処理してくれていて、悲しかったけど兄が居てくれれば何とかなると安心しかけて。
僕は、兄妹揃って重大な問題を忘れていた事に気付く。
弟の事を、すっかり忘れていた。
慌てて兄に話し、病院に連絡して退院可能になる日にちを聞き出して双方の祖父母に相談した。
独身の兄が、まだ義務教育中の妹と乳飲み子の保護者となる提案に最初は反対されたものの、老い先短い自分達ではすぐにまた同じ状況になるだろうからと最終的には認めてくれ、この家に弟を迎えて現在に至る。
「俺らは兄弟なんだから、兄姉として小さい弟の面倒みればいいの」
「うん、ねえお兄ちゃん」
兄の作った料理を味わいながら由貴を見ると、顔中にケチャップソ―スをつけて一生懸命食べている。
「由貴によだれ掛け、つけたっけ?」
「んあ、うぉおっ!?」
追い討ちをかけるように、兄もシャツに温泉卵の一部を落とした。
明日は晴れるといいな。洗濯日和的な意味で。
今回は僕っ娘、貴善の家庭事情を暴露。
次話位から、せっせとフラグ探しにいくところまで書けたら良いのですが……。
感想、お待ちしております。




