第2話 僕と私の習慣
思っていたよりも『起承』部分が長くなりそう。
1話目の改行部分を修正しています。見やすくなったでしょうか?
未だ熱弁振るうタカの声をBGM代わりにして、黙々と坂を下っていく。
季節は春だが外の空気はまだ冷たく、時折強い風で紺のセ―ラ―カラ―とスカートが翻り髪もくしゃくしゃになる。
坂を下り終わる頃にタカはやっと話題を変えた。
「ああ、異世界行くか、超能力身に付けたい」
またそれか。ふと、このお金でも降ってこないかな位の感覚で話し始めた頃を思い出した。
タカは中学の時からずっと、漫画や小説によくある『異世界に行って勇者として大活躍』か『この世界で超能力使うヒーロー』というものを体験してみたいと夢見ていた。 見ていただけならいいんだが、そういった物語には大抵そういうことに巻き込まれるキッカケ、所謂フラグが存在することに気付いた彼は、そのフラグ探しを始める。
あれは三年前の今頃だっただろうか、タカが異世界トリップフラグに関する名案を思いついた、というので話を聞いてみると。
「フラグが無ければ創ればいいじゃない」
と、どこぞの王女にインスパイアされた台詞を吐いて、定番の曲がり角でワザとぶつかるものからワザと危険な目に遭う等、物語の導入部分として使い古された一通りのことを実行に移し始めた。
当たり前だが、一向にフラグは立たない。
いい加減諦めるかと思っていたら、今度はペアルックというだけで躊躇いなく女装するその徹底振りと方向音痴思考が暴走した。
フラグの為になると言っては何故か学年トップになるまで勉学に励み、かと思えば、
「ただのガリ勉ではフラグは立たぬ!」
といって合気道やら剣道を始め、当時軒並み弱小だった体育系の部を全国大会決勝常連校にまで出世させた。
余談だが、僕はその全ての行動に巻き込まれている。
僕から見れば、その結果だけで充分勇者で英雄だし巻き込まれたくないんだけど、タカ的には異世界か異能に関わらないと意味がない普通のことらしい。
苦節四年目、最近ではそろそろ指先に火の一つでも出せるようになりたいと彼はぼやいているが、僕としてはそろそろ現実をみて欲しい。
「ねえ、本当にあると思ってるの?」
「あると思うからこそ、日々こうしてフラグ発生に気ぃ遣ってる」
とても気遣いをみせているとは思えない態度。
僕がもし異世界の召喚するなら、絶対にタカは喚ばないな。かえって騒動の種になりそうだ。
タカがキョロキョロと何かを探すように辺りを見回す。
「ちゃんと前見ないと危ないよ」
「いや、どこかに時空の歪みでもないかと思って」
「ないでしょ普通」
そう言いながら僕もあっちこっちに視線を移してしまう。
今まで散々巻き込まれてきた弊害なのかフラグ探しが半ば義務化してしまっているのと、万が一にも異世界トリップされた場合、最近では関係のない人間が間違って行く話も聞くのでいつでも回避できるようにだ。
一際強い風が吹き、髪が口元にかかる。
手で払おうとして、道脇に妙な空間があることに気付いて立ち止まった。
「どうしたの?」
「いや、あそこ。ほら」
僕が指差した先、ガ―ドレ―ルの向こう側。生い茂った背の高い草や樹木で分かりにくいが、細い道筋が奥へと続いている。
「お、おおおうっ!」
途端にタカは目をキラキラ輝かせて走り寄り、ガ―ドレ―ルに足をかけて向こう側へ行こうとするのを慌てて袖を掴んで止めた。
リ―ドを外された犬かこいつは。
「危ない落ち着け罠だパンツ見えてるから」
「フハハハッ罠にかかったのはお前だ、これは短パンだ!」
「何?! しかし僕はその事実を知っているからダメージはない! ってあ―もうっ取りあえず落ち着いてってば」
こんなこともあろうかとポケットに忍ばせておいたコケシ(名は花子さん。特技はツッコミ)でタカの頭を殴りつける。
「いだっ! ぐ……な、なんでコケシ?」
「今日の図画工作の作品」
「嘘だ! 高校でそんな授業あるわけないだろっ」
バレた。いや別にだからどうということもないが。
涙目で睨んできたタカにとにかく冷静になるようにと諭す。
「何でだよ―ワクワクしてんだよ―邪魔するなよ―夢見た異世界への扉あるかもしんないのに―」
「邪魔はしない、だけど落ち着け。今のキミは準備万端なの?」
「あ……う―む」
タカは短い丈のスカートを摘んで考え込む。
「その格好だって、決して動き易いものとはいえない」
「だけど天ちゃん、制服で異世界へ召喚されるのは結構王道だぞ?」
「向こうでクリーニングに代わる魔法があればいいけど、なかったら? ウチの制服割と細かい刺繍あるよ。洗える?」
「う、そっそうか……」
しめしめ、今日は観たい番組があるんだ。
タカには悪いけど、いつもみたいに異世界探検隊に付き合っていたら確実に夜遅くなって観逃してしまう。
僕はしょんぼりとした肩をポンポンと軽く叩いてやる。
「タカを召喚したいなら、滅多なことでは向こうへの入口が消えるはずないよ。また今度改めればいいじゃない。ね?」
「ぐす……そうだね。ぐすん……」
そ、そんなんで泣くな――――!
顔がひきつるのを感じながらも、タカの手を引いて再び歩き出す。
ぐすぐすと鼻を啜り、タカが何やら呟いている。
声小さいし大半がぐずぐず音にかき消されて何言ってるのか分からなかったが、僕の名前だけ辛うじて聞き取れた。
多分こっちに話しかけてるんだろう。
そう勝手に判断して、適当に相づちを打っておく。 暫くするとタカはいつもの明るい表情になり、「天ちゃんサンキュ!」などとお礼まで言われた。
話は分からなかったけど、まあ元気になったのならよかった。
ちょっと変だけど、大切な幼なじみであることは変わりないのだ。
例え下らないことでも悲しんでる姿はあまり見たくない。
のんびりとそんなことを考えながら道を曲がり、似たような建売住宅が並ぶ路地に入る。
僕が自宅の門前で止まると、タカは斜め前の家に小走りで駆け寄って止まった。お互い手を振り、家の中へ入っていく。
この時点で僕はもう忘れかけていたんだけど、後で彼の話をもっとしっかり聞いておくんだったと少しばかり後悔することになる。




