第8話 改革の火
次の日の応援練習も、地獄だった。
炎天下。
汗。
唇の痛み。
単調なフレーズ。
昨日の胸の痛み。
全部が混ざって、オレの音はさらに荒れていった。
「奏多、今日マジでやばいぞ。音が死んでる」
「……わかってるよ」
ユウキの言葉に返す気力もなかった。
練習が終わったあと、部室に戻ると顧問がホワイトボードの前に立っていた。
「明日も強化練習だ。発表会の曲は——」
その瞬間、オレの中で何かが切れた。
「先生」
気づいたら声が出ていた。
部室が一瞬で静かになった。
全員がオレを見た。
顧問も、驚いた顔でオレを見た。
「……どうした、藤倉」
喉が乾いて、声が震えた。
でも、言わなきゃいけない気がした。
「発表会の練習……増やしてください」
部室の空気が止まった。
「……は?」
「このままじゃ、間に合いません。
応援ばっかで、発表会の曲、全然触れてないです」
顧問の眉がピクリと動いた。
「藤倉。うちは伝統的に——」
「その“伝統”で、先輩……辞めましたよ」
言った瞬間、部室の空気がさらに重くなった。
顧問の表情が変わった。
怒りとも、驚きともつかない顔。
「藤倉。お前……何が言いたい」
「応援ばっかじゃ……音楽できません」
声が震えた。
でも、止まらなかった。
「オレ……音楽やりたくて入ったんです。
応援だけじゃ、意味ないです」
顧問はしばらく黙っていた。
部室の全員が息を飲んでいた。
その沈黙が、怖かった。
「……藤倉」
顧問がゆっくり口を開いた。
「お前の気持ちはわかった。
だが、甲子園応援は学校の伝統だ。
簡単には変えられん」
「わかってます。
でも……少しでいいんです。
発表会の練習、時間ください」
顧問は腕を組んで、オレをじっと見た。
その視線が痛かった。
でも、逃げなかった。
「……わかった」
顧問が小さく息を吐いた。
「明日の練習、前半だけ発表会の曲にする。
後半は応援だ」
部室がざわついた。
「マジかよ……」
「発表会の練習できるのか……?」
上級生も一年も、みんな驚いていた。
顧問は続けた。
「ただし、藤倉。
お前が言い出したんだ。
発表会の出来が悪かったら……責任は取れよ」
「……はい」
責任ってなんだよ。
でも、言うしかなかった。
練習が終わって部室を出ると、ユウキが肩を叩いてきた。
「奏多……お前、今日すげぇよ」
「……別に」
「いや、すげぇって。
あの顧問に言える一年、見たことねぇよ」
「……言わなきゃ、何も変わんねぇし」
自分で言って、自分で驚いた。
こんなこと言えるやつじゃなかったのに。
そのとき、背後から声がした。
「奏多くん!」
振り返ると、チアの子が走ってきた。
「今日、なんか……かっこよかったよ」
「……は?」
「部室の前、ちょっと聞こえてた。
奏多くん、先生に言ってたでしょ?」
「聞いてたのかよ……」
「うん。
なんか……すごいなって思った」
心臓が跳ねた。
跳ねすぎて痛いくらい。
「……別に、すごくねぇよ」
「すごいよ。
奏多くんの音、ちゃんと守ろうとしてるんだもん」
その言葉が、胸に刺さった。
でも、痛くなかった。
むしろ、少し温かかった。
「じゃあ、また明日ね!」
彼女は笑って手を振って走っていった。
その背中を見ながら、オレは思った。
——オレ、今日初めて“自分のために”動いた。
怖かったけど。
震えたけど。
でも、言えた。
小さな火が、胸の中で灯った気がした。
これが、オレの“改革の火”だった。




