第7話 オレの音はどこにある
甲子園応援の強化練習が始まって三日目。
オレはもう、限界に近かった。
炎天下。
照り返し。
汗。
金管の熱。
唇の痛み。
単調な応援曲。
全部が、オレの音を削っていく。
「奏多、テンポ落ちてるぞ!」
「……すみません」
何回目だよ、この注意。
でも、身体がついてこない。
心もついてこない。
昨日見た光景が、ずっと頭に残ってる。
——チアの子が、エースにタオルを渡していた。
笑ってた。
距離が近かった。
オレの知らない世界だった。
そのせいで、今日の音は最悪だった。
「奏多、音荒れてるって!」
「……わかってるよ」
ユウキが心配そうに見てくる。
でも、どうしようもない。
練習が終わったあと、オレは部室の隅でトランペットを見つめた。
金色のベルに、汗が落ちる。
その跡が、なんか情けなかった。
「奏多、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃねぇよ」
ユウキに言い返す気力もなかった。
「なんかあった?」
「別に」
「またそれかよ」
「……言っても変わんねぇし」
ユウキはため息をついた。
「奏多、お前さ……音にこだわりすぎなんだよ」
「は?」
「いや、悪い意味じゃなくて。
応援なんてさ、適当に吹いても誰も気にしねぇよ。
でも奏多は、ちゃんと吹こうとするじゃん」
「……それの何が悪いんだよ」
「悪くねぇよ。
でも、それで苦しくなってんなら……ちょっと肩の力抜けよ」
そんな簡単に言うなよ。
抜けるなら抜いてるよ。
「……オレ、応援向いてねぇわ」
「知ってる」
「おい」
「いや、いい意味でだよ。
奏多は“音楽”やりたいんだろ?
応援じゃなくてさ」
その言葉が、胸に刺さった。
——音楽やりたい。
そうだよ。
オレは音楽がやりたいんだよ。
でも、現実は応援ばっか。
発表会の曲は触れない。
先輩は辞めた。
オレの音は誰にも届かない。
どこにも、オレの居場所がない。
「……オレの音って、なんなんだよ」
気づいたら口に出ていた。
ユウキは少し黙ってから言った。
「奏多の音は……奏多の音だろ」
「そんな答えあるかよ」
「あるよ。
オレは好きだけどな、奏多の音」
「……は?」
「いや、変な意味じゃなくて!
奏多の音ってさ、なんか真っ直ぐなんだよ。
応援でも、ちゃんと“奏多の音”してる」
そんなこと言われたの、初めてだった。
でも、今のオレには響かなかった。
「……でも、誰にも届いてねぇよ」
「届いてるって」
「届いてねぇよ」
声が震えた。
「チアの子にも、先輩にも、顧問にも……
誰にも届いてねぇよ」
言った瞬間、胸がズキッと痛んだ。
ユウキは何も言わなかった。
ただ、横に座ってくれた。
その沈黙が、逆にありがたかった。
帰り道、校舎の窓に映る自分の顔を見た。
疲れてて、情けなくて、弱くて。
——オレ、何やってんだろ。
音楽やりたいのに、応援ばっか。
好きな子には普通の返事しかできない。
名前負けしたくないって言いながら、何もできてない。
オレの音は、どこにあるんだよ。
そんなことを考えながら、家までの道を歩いた。
夜、ベッドに横になっても、胸のざわつきは消えなかった。
——オレの音はどこにある。
その問いだけが、ずっと頭の中で響いていた。




