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吹奏楽狂想曲  作者: 双鶴


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第6話 甲子園の影

 甲子園出場が決まったのは、金曜日の昼休みだった。


「おい奏多! 野球部、勝ったってよ! 甲子園だって!」


 ユウキが弁当持ったまま走ってきた。

 テンション高すぎだろ。


「マジかよ……」


「いや、嬉しくね? うちの学校だぞ?」


「……まあ、すげぇとは思うけどさ」


 でも、胸の奥がざわついた。

 甲子園ってことは——


「応援、増えるな」


「……だよな」


 ユウキも苦笑いした。


 午後の授業なんて頭に入らなかった。

 チャイムが鳴ると同時に、顧問の声が廊下に響いた。


「吹奏楽部、集合ー!」


 部室に入ると、顧問がホワイトボードの前で腕を組んでいた。


「明日から甲子園応援の強化練習に入る。

 発表会の練習は一旦ストップだ」


 またかよ。


 いや、“また”どころじゃない。

 甲子園なんて、応援の量が桁違いだ。


「発表会、どうすんだよ……」


 誰かが小さくつぶやいた。

 でも顧問は聞こえないふりをした。


「うちは伝統的に、甲子園応援が最優先だ。

 全員、覚悟しておけ」


 覚悟ってなんだよ。

 オレたち、何と戦ってんだよ。


 練習が始まる。

 炎天下のグラウンド横。

 照り返しでトランペットが熱い。

 唇がすぐに痛くなる。


「奏多、テンポ落ちてるぞ!」


「……すみません」


 汗が目に入る。

 息が苦しい。

 でも吹くしかない。


 そのときだった。


「エースくん、タオルどうぞ!」


 チアの列から声がした。


 見るつもりはなかった。

 でも、視界に入ってしまった。


 ——あの子が、野球部のエースにタオルを渡していた。


 笑ってた。

 エースも笑ってた。

 距離が近かった。


 胸がズキッと痛んだ。


 なんだよ、それ。

 なんでそんな自然に笑えるんだよ。


 オレの音なんて、誰も聞いてないのに。


 その瞬間、音が乱れた。


「奏多! 音外れてる!」


「……すみません」


 唇が震えて、音が安定しない。

 息が乱れて、指がもつれる。


 なんでだよ。

 なんでこんなことで乱れてんだよ。


 でも、止められなかった。


 胸の奥が、ずっと痛かった。


 練習が終わる頃には、オレはほとんど喋れなかった。

 唇は切れて、息は上がって、心はぐちゃぐちゃだった。


 部室に戻る途中、背後から声がした。


「奏多くん!」


 振り返ると、チアの子が走ってきた。


「今日、すっごい暑かったね!

 大丈夫? 顔真っ赤だよ?」


「あ、うん……」


 声が弱かった。

 自分でもわかる。


「明日も応援一緒だね!

 頑張ろうね!」


「……うん」


 それしか言えなかった。


「奏多くん、なんか元気ない?」


「いや……別に」


「また“別に”だ。ほんとに?」


「……ほんとに」


 嘘だった。

 でも、言えなかった。


 彼女は少し心配そうに眉を寄せた。


「無理しないでね。

 奏多くんの音、ちゃんと届いてるよ」


 その言葉が、逆に刺さった。


 届いてねぇよ。

 オレの音なんて、誰も聞いてない。

 あんたも、聞いてない。


「……ありがとな」


 それだけ言って、オレは部室に向かった。


 扉を閉めた瞬間、膝が少し震えた。


 ——オレ、何やってんだろ。


 音楽やりたいのに、応援ばっか。

 好きな子には普通の返事しかできない。

 名前負けしたくないって言いながら、何もできてない。


 甲子園の影は、オレの心まで覆っていた。


 でも、吹くしかない。

 吹くしかないんだよ。


 明日も、明後日も、その先も。


 オレはトランペットを握りしめた。


 ……それでも、オレは音を出す。


 誰に届かなくても。

 届かないってわかってても。


 それが、藤倉奏多の“意地”だった。


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