第5話 小さな反抗
次の日の朝、教室に入っても、オレの胸の中はまだ重かった。
佐伯先輩の「自分の音、捨てんなよ」がずっと残ってる。
あの人が辞めた部室の静けさも、まだ耳に残ってる。
「奏多、今日テンション低すぎじゃね?」
ユウキが机に突っ伏してるオレをつついてきた。
「……別に」
「いや、別にじゃねぇだろ。顔死んでるぞ」
「うるせぇよ」
でも、図星だった。
昨日からずっと、胸の奥がざわざわしてる。
授業が終わり、部室へ向かう。
今日は応援練習じゃなくて、普通の部活……のはず。
でも、部室に入った瞬間、顧問が言った。
「明日からまた応援練習を増やす。発表会の曲は後回しだ」
またかよ。
心の中で舌打ちした。
いや、心の中どころか、顔に出てたかもしれない。
「奏多、顔やべぇぞ」
「うるせぇ」
ユウキが小声で笑ったけど、オレは笑えなかった。
発表会まであと二週間。
なのに、また応援。
また同じ曲。
また同じフレーズ。
……もう嫌だ。
練習が始まったけど、オレの音は荒れていた。
気持ちが乗らない。
乗るわけがない。
「奏多、今日どうした? 音バラバラだぞ」
「……すみません」
先輩に言われて、オレは深呼吸した。
でも、胸のざわつきは消えなかった。
練習が終わったあと、オレはトランペットをケースにしまわず、そのまま持って部室を出た。
「おい奏多、どこ行くんだよ」
「ちょっと……外」
ユウキの声を背中で聞きながら、オレは校舎裏に向かった。
誰もいない場所で、トランペットを構える。
発表会の曲。
ずっと吹きたかったやつ。
息を吸って、音を出す。
応援曲とは違う。
単調じゃない。
ちゃんと“音楽”だ。
吹いてるうちに、胸のざわつきが少しずつ消えていく。
音が、オレの中の何かを整えてくれる。
でも——
「……これ、いつ練習すんだよ」
思わず口に出た。
発表会の曲、全然触れてない。
このままじゃ、絶対間に合わない。
そのとき、背後から声がした。
「奏多くん?」
「うわっ……!」
振り返ると、チアの子がいた。
なんで今日に限って来るんだよ。
「ごめん、びっくりさせた?
なんか、音聞こえてきて……」
「あ、いや……」
言葉が詰まる。
なんでオレ、こいつの前だと毎回こうなんだ。
「それ、発表会の曲?」
「……うん」
「すごいね。応援のときと全然違う」
「そりゃ……応援は、音楽じゃねぇから」
言ってから、しまったと思った。
チアの子は少し目を丸くした。
「……奏多くん、なんかあった?」
「別に」
「また“別に”だ。絶対別にじゃないでしょ」
そう言って笑う。
その笑顔が、なんか刺さる。
「……先輩が辞めたんだよ」
「え?」
「昨日。
応援ばっかで、音楽できないって。
それで……辞めた」
言葉にした瞬間、胸の奥がまた痛くなった。
チアの子は真剣な顔になった。
「……そっか。
奏多くん、つらいね」
その一言で、喉の奥が熱くなった。
なんでだよ。
なんでそんな優しい言い方すんだよ。
「でも……奏多くんの音、すごく綺麗だったよ。
さっきの曲」
「……マジで?」
「うん。
応援のときより、ずっと“奏多くんの音”って感じがした」
心臓が跳ねた。
跳ねすぎて痛いくらい。
「……ありがとな」
それしか言えなかった。
「じゃあ、また明日ね!」
彼女は手を振って走っていった。
その背中を見ながら、オレは思った。
——オレ、やっぱり音楽やりたい。
応援じゃなくて。
誰かのためじゃなくて。
“オレの音”をちゃんと吹きたい。
そのために、何かしなきゃいけない。
オレはトランペットを握りしめた。
「……やるしかねぇだろ」
小さな声で、そう言った。
これが、オレの“最初の反抗”だった。




