第3話 届かない距離
次の日の昼休み、オレは購買のパンを片手に中庭のベンチに座っていた。
ユウキは「焼きそばパン争奪戦に参戦する」とか言って消えた。
あいつ、あれで結構強いから困る。
パンをかじりながら、ぼーっとグラウンドの方を見る。
野球部がノックしてて、その横でチアが合わせてる。
……いた。
あの子。
昨日も今日も、なんでそんなに眩しいんだよ。
見てるつもりはないんだけど、気づいたら目で追ってる。
いや、ほんと無意識。たぶん。
「奏多、また見てんの?」
背後から声がして、オレはパンを落としそうになった。
「うわっ……誰だよ」
「オレだよ。ユウキ」
「戻ってくんなよ、びびるだろ」
「いや、戻ってくるだろ普通。てか、見てたよな?」
「見てねぇし」
「はいはい」
ユウキはニヤニヤしながら隣に座った。
ほんと、こいつは人の心を読んでくる。
「でもさ、奏多。あの子、野球部のエースと仲良くね?」
「……別に。仲良いとかじゃねぇだろ」
「いや、昨日も話してたし。今日も笑ってたし」
「……見てんじゃねぇかよ」
「見えるだろ、あんだけ目立ってたら」
それはそうだ。
チアは華やかだし、野球部はスターだし。
オレたち吹奏楽部は、後ろで汗だくになってるだけ。
距離が違う。
世界が違う。
「奏多、話しかければ?」
「無理だろ。何話すんだよ」
「『今日暑いね』とか」
「小学生かよ」
「じゃあ『応援おつかれ』とか」
「それ昨日言われたわ」
「じゃあ逆に言えば?」
「……いや、無理」
ユウキは笑った。
「奏多ってさ、意外とビビりだよな」
「ビビりじゃねぇし」
「じゃあ話しかけろよ」
「……ビビりでいいわ」
自分でもわかってる。
話しかけたいくせに、話しかけられない。
高校生男子なんてそんなもんだろ。
午後の授業が終わると、また応援練習だった。
発表会の曲は今日も触れない。
「はい、次! テンポ落とすなよ!」
顧問の声が飛ぶ。
オレはトランペットを構えながら、心の中でため息をついた。
……また同じ曲かよ。
吹きながら、ふと視界の端にチアの子が入る。
彼女は笑って、野球部の方を見ていた。
その笑顔が、なんか胸に刺さる。
オレの音は、彼女には届かない。
いや、そもそも聞かれてすらいない。
でも、吹くしかない。
名前負けしたくないから。
練習が終わる頃には、唇がまた痛くなっていた。
ケースにしまおうとしたとき、後ろから声がした。
「奏多くん!」
振り返ると、チアの子が走ってきた。
「今日もありがとう! 明日もよろしくね!」
「あ、うん。まあ……頑張るわ」
また普通の返事しかできなかった。
なんでだよオレ。
「じゃあね!」
彼女は手を振って、仲間のところへ戻っていった。
その背中を見ながら、オレは思った。
……距離、遠すぎだろ。
音も、気持ちも、全部。
でも、吹くしかない。
オレはトランペットを選んだんだから。
名前負けしたくないから。
そんなことを考えながら、オレは部室へ向かった。




