第10話 それでも、吹く
発表会の翌日。
オレはいつもより少し早く学校に着いた。
昨日のソロの余韻が、まだ胸の奥に残っていた。
あの一瞬だけは、確かに“オレの音”があった。
でも——
校門をくぐった瞬間、その余韻は現実に飲まれた。
「吹奏楽部、今日からまた応援練習だってよ!」
誰かの声が聞こえた。
……だよな。
甲子園は待ってくれない。
発表会が終わったからって、何かが変わるわけじゃない。
部室に入ると、顧問がホワイトボードの前に立っていた。
「昨日の発表会、お疲れ。
今日から応援練習に戻るぞ」
その言葉に、部室の空気が少しだけ沈んだ。
でも、昨日までとは違った。
沈んでるけど、どこかに“やり切った感”があった。
「奏多」
ユウキが小声で言った。
「今日、どうする? また死ぬほど吹く?」
「……吹くしかねぇだろ」
「だよな」
ユウキは笑った。
その笑顔に、昨日より少しだけ余裕があった。
練習が始まる。
炎天下。
単調なフレーズ。
照り返し。
汗。
唇の痛み。
全部、昨日までと同じ。
でも——
オレの中だけは、少し違った。
応援曲を吹きながら、オレは思った。
——昨日の音は、確かにあった。
誰かに届いた。
ユウキにも、先輩にも、顧問にも。
もしかしたら客席の誰かにも。
その事実が、今日のオレを支えていた。
「奏多、今日音いいじゃん」
「……マジで?」
「うん。昨日のソロのせいか?」
「知らねぇよ」
でも、ちょっと嬉しかった。
練習が終わる頃、背後から声がした。
「奏多くん!」
振り返ると、チアの子が走ってきた。
——でも、今日は違った。
彼女はいつもの笑顔じゃなかった。
少しだけ、真剣な顔だった。
「昨日のソロ……すごかったよ」
「……聞いてたのかよ」
「うん。
なんか……鳥肌立った」
心臓が跳ねた。
でも、昨日までみたいに痛くはなかった。
「奏多くんってさ、応援のときも真面目だけど……
音楽のときは、もっと真面目なんだね」
「……まあな」
「なんか……いいなって思った」
その言葉は、昨日の拍手よりも胸に響いた。
「じゃあ、また明日ね!」
彼女は手を振って走っていった。
その背中を見ながら、オレは思った。
——オレの音は、ちゃんと存在してる。
応援の中でも、
雑音の中でも、
誰にも聞かれなくても。
昨日の一瞬が証明してくれた。
だから——
オレはまた吹ける。
報われなくても。
届かなくても。
名前負けしたくないから。
藤倉奏多の“音”は、まだ小さい。
でも、確かにここにある。
オレはトランペットを握りしめた。
「……よし。明日も吹くか」
小さくつぶやいて、部室へ戻った。




