魔女の眼は見ていた
「ハーイ、視聴者の皆さん! 全月のムーンランナー諸君! こんばんは」
「土曜の夜は、ルナティックGoGo! の時間です。放送は私、アシスタントのリンナと」
「モビル・モービル評論家のわたくし、ミスターモビモビことトウヤでお送りします!」
「リンナちゃん、例の魔女の噂は聞いてるかな?」
「あっ、はい先生! なんか、紅蓮の魔女って呼ばれてる赤いバイクフレームですよね」
「そう、推定馬力300psの暴れ馬、炎のように真っ赤な真紅のオリジナル世代」
「オリジナル世代のモビル・モービルって、そんなに凄いんですか?」
「んー、そうだねえ。車の質としては、今の最新の第四世代型と同程度かな? ただ」
「ただ?」
「あっちはガチの汎用兵器、戦うためのバトルマシーンだからね! まいっちゃうよ!」
「そんな訳で、次回はバイクフレーム特集! 一体感の魅力、語っちゃいますよぉ!」
「わあ、私ちょっと怖いかも……生身丸出しで、スーツがあるとはいえ月面になんて」
「……それでも走れる、戦えるから魔女なのサ。さて、それではまた来週!」
「ルナティーック! Go! Go!」
カケルは硬直の中でまばたきを繰り返した。
今、目の前に無貌のグラマラスな長身が立っている。紅いライダースーツは宇宙服も兼ねていて、身体の起伏をピッチリと浮き上がらせている。ヘルメットのバイザーで顔は見えないが、見上げる所作は自然と貞淑さと過激さの両方を感じさせた。
そう、タイジたちが追っていた謎の紅いバイクフレームのライダーだ。
「おごらせてもらうわ。キミ、意外と面白い走りをするのね」
「ど、ども。えっと、じゃあ」
「アルク……じゃない、あの子は烏龍茶でいいのよね。キミは?」
「えーと、じゃあ同じものを」
ガタン! ゴトン! と烏龍茶の瓶が自動販売機から吐き出される。
月のドーム都市では、基本的に飲料の器は瓶である。洗浄して繰り返し使えるし、モビル・モービルの窓にも使われる硬質ベークライト製なので割れる心配もない。
ここでは、限られた資源をリサイクルすることでしか生きていけないのだ。
瓶も、水も、空気さえも。
「あの、じゃあ逆に僕からも一本おごらせてください」
カケルがすかさず小銭を出したが、その手をやんわりと紅いライダーは止めた。
表情は見えないが、かすかに微笑むような息遣いが伝わってくる。
「……素顔、見たくて? 正体が知りたいのね」
「ヘルメットを脱がせるためではないですよ。見知らぬ人におごられっぱなしは、僕の流儀に反しますから」
「見知らぬ人、か。ふふ、そうね……じゃあ、お言葉に甘えて」
カケルがコインを入れると、少し値踏みするように腕組み、彼女は抹茶ラズベリーヨーグルトなる趣味の悪いドリンクを購入した。いったいどんな味がするのか、想像もつかない。その瓶を手に、真紅の少女は問いかけてきた。
そう、体躯こそモデル体型のボリューミーなシルエットだが、同年代の女の子の声だ。
「で、教えてくれるかしら? さっきのコーナーリング……ありえないインベタのグリップ力。オリジナル世代のモビル・モービルって、そういう魔法も使えるのかしら」
「ああ、あれはアルクが」
その時、ぐいと謎の美少女が身を寄せてきた。前かがみになってようやく、目線の高さがカケルに並ぶ。顔は見えないのに、視線に射貫かれ釘付けになった。
やはり、どこかで会ったような気がする。
そう思っていると、得意げに謎のライダーは語り出した。
「リージョンの重力制御システムに干渉した。どうかしら?」
「そ、そうです」
「それくらいお見通しでしてよ。まあ、そんな芸当ができるのはあの子のハッキング能力があるからでしょうけど」
彼女の言う通りだ。
先ほど、Rのキツいコーナーをインベタで駆け抜けた。タイヤの限界を超えてるはずなのに、グリップ力は全く衰えずに車体は傾きもしなかった。もちろん、スピンなんてしない。
なぜなら、あの時のオリュオーンは重力の強弱を調節されていたから。
ドーム都市である各リージョンは、地球と同じ1Gが保たれている。そのため、地下には巨大な重力制御装置があるのだ。そこにアクセスすれば、一次的に指定された場所のみの重力を変えることができる。
「イン側の重力を強くすれば、当然過重が発生して地面に張り付く。そうね、フロントに+4G、リアに+2Gくらいじゃなくて?」
「そこまで……見てたんですか?」
「ええ。今夜のバトルはもう終わりだし、夜更かしは美容の大敵ですもの。でも、戻ろうとしたらさっきのカウンターアタックを見ちゃったの」
確かにあの時、あの瞬間をカケルは狙っていた。
アルクとの連携は息ピッタリだった。
相手が慣性ドリフト気味に流した、そのアンダーステアが生み出した隙間に愛車を捻じ込んだ。意図的に強化されたイン側の重力が、がっちりとオリュオーンを地面に押し付けてくれたのだ。
「さながら、ミゾオトシ。グラビティ・ターンってとこからし」
「なんです? その、ミゾナントカって」
「あら、知らなくて? 古い古い文献にある伝説の必殺技ですわ」
「はあ」
そうこうしていると、謎の少女は瓶を片手に行ってしまった。その歩く先に、大型のバイクフレームが停車している。これもまたモビルモードに変形するのだが、どうしてもクーペフレームやセダンフレームに比べると小型になる。
どちらかというと、パワードスーツといったニュアンスだ。
それでも、デカい彼女の姿が小さく見えるくらい、バイクフレームとしては破格の大きさだった。
彼女は愛馬にまたがると、ライダースーツの胸元をはだけて谷間にドリンクを挟む。そうして、睨むようなまなざしでカケルを貫いた。
「私はこれからリージョン横浜にもどるけど……追ってくるなら容赦はしないわ。よくて?」
そして、さらなる衝撃にカケルは絶句する。
バイクフレームのハンドル上に、タキオンの光と共に立体映像が浮かび上がった。小さなそれはまるで妖精……運転席のアルと全く同じような雰囲気だった。
白銀に輝く裸体は、カケルを見詰めるなりくすりと笑った。
「ふうん、貴様が妹の新しいマスターか。……まあ、悪くない」
「さ、行くわよセレーネ。粒子残量も少ないし、今夜はここまでね」
「了解した、マスター。ではまた会おう、我が愚妹の主よ」
ふっ、と小さな少女は消えた。
間違いない、アルと同じタキオン生命体のエンジンだ。
真紅のバイクフレームもまた、カケルのオリオンと同じオリジナル世代のモビル・モービルなのだった。
もっと話したかったが、問答無用のエグゾーストが甲高く唸りをあげる。
吹かされたエンジンの排輝に言葉を奪われつつ、カケルは叫んだ。
「あの! そのモビモビ! もしかして――」
「……夜遊びもほどほどにね、少年。じゃ、アデューですわ」
その場でターンを決めると、真紅の駆動体は走り去った。まさに人馬一体、女だてらにあの巨体を完璧に制御している。
紅い影はテールランプの光を尾と引きながら、あっという間に見えなくなった。
そして、緊張感から解放されてどっとカケルは脱力する。
とぼとぼと車に戻れば、アルクが助手席でぶーたれていた。
「遅いー! 喉乾いた! ……あと、今の人だれ? さっきの紅いバイクフレームだよね」
「うん。どうやら、タイジさんもミサキの姐御も振り切られたらしい」
「へー、すごっ! ほら、バイクフレームってタイヤの数が半分だしさ。転倒の危険もある上に生身の人間丸出しだから。ちょっと馬力上げただけで、ずるっといって……どかーん!」
「だよね。……でも、攻めてる走りだったと思うよ。ぞっとするくらいにね」
窓越しに烏龍茶を渡して、カケルも同じものの瓶を開封する。
信じられないことに、手が震えていた。
新たな愛車と勝利、そして……新たな目標。恐らく今夜の走りは、紅い魔女の伝説として各リージョンを駆け巡るだろう。日本エリアはもちろん、海外のリージョンからも走り屋たちが集まってくるかもしれない。
同じオリジナル世代のモビル・モービルを駆る者として、恐怖と興奮を禁じ得ないカケルだった。
「さて、リョウヤを拾って帰ろうよ」
「あ! 忘れてた……ファミレスに置いてきたんだっけ」
「大丈夫だよ、カケル。あいつ、コーヒーを一杯で朝まで粘るタイプだから」
「ま、夜食でもおごってやるさ。よし、戻ろう」
再び運転席に戻り、エンジンをかける。
すぐに小さなアルの立体映像が浮かび上がった。
そっとランプを出て、戻りの道に合流して加速する。ゆっくりと周囲の車に交じって流れに身を任せれば、愛車がとてもモンスターマシーンとは思えぬ穏やかさで素直に走った。
カケルはドリンクで喉の渇きを潤してから、アルに問う。
「アル、君の姉を名乗る子に……ってか、エンジンに? 会ったけど」
『詳細不明、データ欠損により姉妹の存在が認識できません。もっと話を、マスター』
「セレーネ、って言ったかな。なんか、アルより偉そうだったよ。あれもきっと、大昔のトライスター社が造ったタキオン生命体エンジン」
『オリジナル世代のモビル・モービルであれば、その可能性は否定できません』
全く表情を変えずに、小さなアルが俯いた。
そんな彼女の動揺を伝えてくるかのように、わずかにエンジンがむずがるような音を奏でる。だが、カケルはしっかりと安全運転で100kmクルーズをキープして走った。
周囲には、夜の大都会を流通の大動脈たるトレーラーが無数に走っている。
「ま、いいさ。ただ、あのライダー……どこかで会ったような。ああ、それよりアルク」
「ん? なーに?」
「ちょっと調べてほしいことがあるのと、こいつの……こいつのカスタマイズ、引き続き頼めるかな」
「もっちろん!」
「お金はちゃんと払うから、パーツ代と工賃の見積もりはちょうだいね」
「律儀だなぁ。お互い財布の中身なんて知れたようなもんなのに」
「もう、友達同士の走り屋ごっこじゃすまない。アルクが責任をもって仕上げた仕事に頼りたいんだ。頼むよ、アルク」
アルクは隣でなぜか、ボンッ! と真っ赤になった。
だが、噛み噛みで「ま、まかふぇろってー!」とはにかむ。
「で? 調べてほしいことってのは?」
「300年前のモビル・モービルメーカー、トライスター社。できれば当時の他のメーカーの詳細も」
「あのさあ、カケル……大地球戦争時代の情報は封印されてて、アクセス権限が」
「その権限を造れるだろ? アルクならある程度のレベルの情報開示ができると思う。できるとこまででいいし、危ない橋は渡らなくてもいいから」
それでも、人類が忘却すると決めた時代の資料は膨大な数にのぼる。それに触れること自体が危険でもあるが、アルクは整備士としてもハッカーとしても凄腕なのでついつい頼ってしまう。
そして、それがアルクには嬉しいのだと、カケルはまだまだ気付けないのだった。
ー TIPS ー
・シュペリオンGX-Z
のちに紅蓮の魔女と呼ばれる、謎のライダーが駆るオリジナル世代のバイクフレーム。
オリュオーンと同じトライスター社製で、今は失われたロストテクノロジーの塊である。
バイクフレームは宇宙服を兼ねたライダースーツにヘルメットを装着、生身をさらす。
ボディに守られた四輪タイプと違い、文字通り命を乗せて走るリスキーなマシンでだ。
モビルモードに変形時は、狭く小型でパワードスーツに近い軽量級で運動性に優れる、が……?




