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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.01「ムーンランナー」
8/11

ドッグファイトの決着

知ってるか? ムーンランナーには三種類の人間がいる。


一つ、走りの速い奴。


一つ、バトルの強い奴。


そして……その両方で突き抜けた奴。


お前は、そしてあいつは――奴らは?


その答えは、くそったれな鳥かごドームを飛び出した先。


真空の星空の下にしかないのサ。

 激しい加速の中、フロントガラスを小さな宇宙のチリが叩く。真空といっても、全てが無の世界ではない。激しい紫外線や放射線が降り注ぎ、ミクロン単位のチリが舞う過酷な環境だ。

 人類は、ドーム都市であるリージョンの中でしか生きていけない。

 それも必死で、毎日を勤勉に働かねば生き残れないのだ。

 そういう環境が自然と、国家間の戦争を忘れさせたのだった。


「カケル、見えてきた! 今、メーター読みで240km出てるから」

「決着は走りでつける……アル、もっといけるかな?」

『肯定。アルク、タキオン粒子のブースト圧をもう少し上げてください』


 漆黒の闇を切り裂き、純白のモビル・モービルが駆け抜ける。

 かつて人は、こうした特殊なハイチューンドを『地上の戦闘機』と称した。そして実際、モビル・モービルは生まれながらの戦闘機、兵器である。

 カケルの目視でも、先を走るモビル・モービルが見えてきた。

 ミサキと同じストライートだが、灰色に塗られた次世代モデルのGV-R34である。

 現時点で、日本エリアでは最速にして最強のマシーンの一台だった。

 無言でカケルはパッシングと同時にアクセルを踏み込む。


「変形して狙撃すれば、カケルッ!」

「駄目だよアルク。もうリージョン大江戸が目の前だ。それに……こいつの武器は強力過ぎる。――ッ、くっ!」


 じりじりと眼前に迫るストライートのリアで、丸いブレーキランプが点灯する。それと同時に相手は変形、振り向きざまにショットガンを放ってきた。

 そしてそのまま再変形、モービルモードで加速してゆく。

 とっさのレーンチェンジを強いられつつも、律儀にウィンカーを出しながらカケルは愛車をギリギリまで路肩に寄せた。散弾のごくごく一部が、車体を構成する流体金属装甲に細かな銃創を無数に刻む。


『――ん、ぁ……っく! マスター、前方にエアゲート。リージョン大江戸です』

「あ、ああ! アル、大丈夫か。今の、もしかして」

『無問題。マスターは運転に集中してください。もうすぐ路面が1Gに戻ります』

「……さっきのトリックムーブ、かなりの腕だ。瞬間的な変形と後方への射撃、その反動で再変形からのターンして加速。アルクッ!」


 無言でアルクが、懐からスティック状のメモリ媒体を取り出す。それをノートパソコンに差し込むと同時に、疾駆するオリュオーン911-TEは分厚い空気の幕へと突っ込んだ。

 真空とリージョン内を隔てる強烈な気圧の壁、エアゲートである。

 リージョン内で排出された二酸化炭素を用いて、ドーム都市は空気を循環させている。こうしてエアゲートで使われた気圧が地下のフィルターで浄化され、酸素となってガラスの空に大気を形成しているのだった。


「くっ、気流に負ける……離される!?」

「あっちの34、あの下品なリアウィングは伊達じゃないって感じ。エアロパーツもいい仕事してる」

「アルク、このバトルが終わったら」

「うん、パパに相談しとく。カケルになら二割引きでいいよ! 工賃もサービスで!」

「や、それは駄目でしょ。プロの職人として、さあ!」


 真っ白な世界を飛び抜けると、その先にはリージョン横浜とは全く違う光景が広がっていた。夜の空に煌々(こうこう)と灯る大都会のネオンサイン。

 その足元に広がる下町は、全てが瓦屋根(かわらやね)の木造家屋だ。

 リージョン大江戸は、月でも有名な文化保護特区である。ここには、旧世紀の東京と、それ以前の江戸の全てが詰め込まれているのである。

 摩天楼(まてんろう)のごとき高層ビルの谷間を、ハイウェイは次のリージョンに向かって続く。

 やや離されたが、しっかりカケルはハンドルを握って各メーターをチェックした。


「いくよアルク。アルもいい?」

「いつでもオッケー! ……あれ、使うんだよね。どこで仕掛けるのかな」

『わたしは問題ありません。粒子残量確認、フルブースト』


 爆発的な加速と同時に、激しいGがカケルを襲った。

 息も詰まるほどの圧力が肉体をシートに押し付けてくる。

 そんな中でも、カケルは迫りくる相手のリアウィングを睨んで集中する。限界まで洗練された緊張感が、彼の一秒を永遠にも等しい長さへと引き延ばしていた。

 そして、横に並ぶ。

 確か、以前にミサキから聞いているが……ストライートのスポーツモデル、GV-Rシリーズには特殊なシステムが搭載されている。コーナーでのトラクションをAIが制御し、二輪駆動から四輪駆動へとシフトするのだ。ただ馬力があって直線が速い、そういう次元の車ではないのである。

 対して、カケルのオリュオーンはまだ車としては未知数だ。

 相変わらずハンドリングはふわふわと不安で、真っすぐ走ることさえ神経をすり減らす。そんなカケルを横目に見て、相手が通信を投げつけてきた。


『うちの若いのを倒すたあ、やるじゃねえか。……そうか、思い出したぜ! トライスター社! 300年前に存在した、伝説の七大ファクトリーの一つ!』

「そうなの、かな? けど、関係ない……今、こいつは僕のマシーンだ。生まれなんて!」

『マジモンのオリジナル世代車かよ! へっ、燃えるぜ……ついてこれるかっ!』


 まるでサーキットのような高速コーナーが続く。その緩やかな曲線を、灰色のストライートが滑るように馳せる。ブレーキ痕が吐き出されたタキオンの排輝に浮かび上がった。光の帯を引くブレーキランプを、カケルも必死で追いかける。

 まだ、ここじゃない。

 仕掛けるのは、こういう場所ではない。

 リージョン大江戸も何度か走ってきたが、この先……日本エリアの行政府へ向かうキツめの左コーナーがある。Rが厳しい上に勾配もあって、流石の相手も減速を強いられる。

 そんな瞬間が訪れた、その時にカケルはインへと愛車の鼻先を捻じ込んだ。


『なっ……馬鹿野郎っ! 心中なんて御免だぜ! そんな速度で曲がれる訳がねえ!』


 だが、相手の悲鳴は絶句に変わった。

 それは、ッターン! とアルクが光学キーボードを奏でたのと同時だった。

 まるで見えないレールがあるかのように、カケルのオリュオーンがインベタをすり抜ける。全く減速することなく、かすかに後輪を横滑りさせながら相手を追い抜いた。

 一瞬の逆転劇で、再加速を二台が同時に踏む。

 しかし、すでに前に出ていたカケルのバックミラーから、あっという間にストライートの灰色が消えた。コーナーからの立ち上がりで、リアにエンジンを搭載したオリオンの爆発力は圧倒的だった。


『……手前ぇ、名乗れよ! 畜生っ、嘘だろ……こっちは600馬力の34だぜ?』

「僕は、カケル。いつか、地球の大地を走る男だ」

『地球だって!? あんな禁地になにがあんだよ! 忘れんなよ、お前はそのオリジナル世代のモビモビに乗せられてるだけ、車の差で勝っただけだってなあ!』

「いつか乗りこなしますよ。じゃ」


 クンクン! とシフトレバーを操作し、さらにオリュオーンは加速してゆく。

 すでに勝負は決した。

 相手は負けを認めて減速したし、隣のアルクが四点シートベルトを外す。

 クールタイムを兼ねてカケルもアクセルを緩め、次のサービスエリアでハイウェイを降りようとした。

 その時、中央分離帯の向こうを光が突き抜ける。

 そう、光としか言いようのない疾風(かぜ)がもみ合うように走り去った。

 すれ違う瞬間、ビリビリと空気が震える。


「今のは……ミサキの姐御と、タイジさん?」

『高速でリージョン横浜へと向かっています。アベレージ280kmオーバー、今エアゲートの外へ消えました』

「わわっ、ガチバトルだ。……相変わらずいい音させてんね、タイジさんのサイファー」


 アルクはモビル・モービルにはやたらと詳しい。そして、彼女が言う通り結ばれ絡み合うようなエキゾーストの片方は、普通のタキオン粒子エンジンとは違ったトーンを奏でていた。


「確か、ロータリーエンジンだっけか」

「そそ。タキオン粒子でピストンを上下左右に動かすんじゃなく、エンジンの中でぐるぐる回すんだよ。利点はそもそも――」


 またアルクのうんちく講義が始まった。

 そういえばと、カケルは立体映像の小さなアルに話しかける。

 その間もずっと、BGMのようにアルクの声は止まらなかった。


「この車の……オリュオーン911-TEのエンジンって、アルクなんだよね?」

『肯定。水平対向六輝筒エンジンですが、なにか? マスター』

「そこ、狭くない?」

『走行時は姿が変わりますので、エンジンルームには慣れています。問題ありません。ただ』

「ただ?」


 立体映像のアルが、ふと考え込むように腕組みしてフムと唸った。

 そして、普段と全く変わらぬ無表情で平坦な声を響かせる。


『マウント位置の変更等は、マスターの命令にお任せします。現状、復旧率も80%まで回復しました。もうすぐフルスペックで働けます』

「命令ってのはないけど、これからこまごまと調整するかもね。な、アルク?」


 歌うようにロータリーエンジンのなんたるかを語っていたアルクが、ふと気付いて「うんっ!」とはにかんだ。

 そうしてカケルたちを乗せたマシーンは、まるで自家用車のような穏やかさでハイウェイを一度降りる。時刻は丁度、真夜中の二時を回ったところだ。今から普通に帰れば、リョウヤの待ってるファミレスまで一時間ちょっとだろう。


「ふーっ、喉乾いた! カケル、なに飲む?」

「いいよ、僕が行ってくる。おごるよ……今日の勝利はアルクのおかげだからね」

「やたっ、ラッキー! カケル、アタシ烏龍茶(ウーロン)!」

「はいはい」


 様々なモビル・モービルがひしめくサービスエリアへと、静かに侵入して自動販売機前の空きスペースに駐車する。低速度域では、まるで手足に直結しているような素直さだ。この操作性が、ハイウェイでアクセルを開けた瞬間に激変する。

 太古の昔から蘇ったオーパーツは、暴れ馬のように主を裏切ろうとするのだ。


「さて、と。小銭あったかな。っと? え、あれ? これって」


 不意に目の前で、自動販売機のランプが全て灯った。

 それで隣を見ると、そこには……真っ赤なライダースーツにフルフェイスのヘルメットをかぶった、長身の女性が立っているのだった。

- TIPS -


・リージョン

月面に移民した人類は依然として、300年前の枠組みを維持していた。

国家や民族、宗教……そしてなにより企業の経済力によってエリア分けされたドーム都市。

複数のドームの集合体は、その一つ一つにリージョンという名称がつけられている。

そこに人間は、人類史の全てを持ち込んだ……捨てられなかった歴史と栄華、その残滓。

どこのリージョンも人工重力で1Gに保たれ、水も空気も循環して再利用される。

ここにはもう、戦争はない……戦争していられるほど余裕のない過酷な環境、それが月。

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