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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.01「ムーンランナー」
7/11

バトル・エンゲージ!

――その駆動体は今、300年の眠りから目覚めた。


純白に輝く流麗なボディラインは、流体金属装甲で編まれた鉄壁のドレス。


オリジナル世代、大地球戦争時代の本物の可変装脚車両……オリュオーン911-TS


さあ、踏んでみろ……アクセルを開けてみろ。


その瞬間、太古のモンスターが覚醒する……向かう先は地獄、真空の戦場!

 再びカケルは走り始めた。

 新たな相棒となったオリュオーン911-TSは、純白のボディで闇夜を切り裂く。都心部を貫くハイウェイの、そのなだらかな高速コーナーを縦横無尽に駆け抜けた。

 100kmオーバーのレーンチェンジにも問題はない。

 力強い加速は、まるで地面を直接カケルが蹴り上げているかのような感覚である。

 そして、強い違和感をももたらすのだった。


「……気付いた、よね? カケル。アタシも運転してて思ったもん」

「こいつ、そうか……アルが、エンジンがリアにあるからだ」

「そう、モビル・モービルで一番重い部品、エンジン。それが後輪の後ろにあるの」

「それが、このハンドリングに」


 前輪の接地感が薄い。

 加速するほどにあやふやな手ごたえになって、ともすればリフトするような浮揚感をもたらすのだ。それは、1Gの人工重力を維持するリージョン横浜が、まるで車体前方だけ無重力に押し出されてるように感じる。

 まだ足回りのセッティングを出してないとはいえ、異様な不安感がアクセルを躊躇させる。


「……駄目だ、これ以上は踏めない」

「でも、これはこの子の根本的な特性なの。サスやスタビの調整でどうこういう話じゃないわ。……どうする? ちょっとエンジンのブースト落とそうか?」


 タンタン、アルクがキーボードを叩く。

 だが、カケルは直接二人の間に浮かぶ小さな立体映像に語り掛けた。


「いや、このまま……アル、フルパワーでいけるかな? 僕は、乗りこなしてみせる」

『了解。もっとアクセルを開けてください、マスター。わたしも、この感覚は久々です』

「300年だもんな、地球の周りを漂って。でも、今は違う。――ここは月でも、地面がある! いつかは地球の大地だって!」


 アクセルを踏み込み、シフトアップ。

 息が苦しくなるほどの加速が、カケルとアルクをシートに押し付けてきた。車体は強力な過重でリアタイヤがトラクションを爆発させる。その反動でどんどんフロントタイヤの感触が薄れていった。

 より高い速度域では、オリュオーンは全く別の顔を見せ始めた。

 一般車を避けようにも、スピードの維持が難しい。かといって、減速すれば急激な過重移動で今度は後輪の力が抜けきってしまう。

 悪戦苦闘するカケルだったが、悪い気はしない。

 難物を前に高揚する、純粋な速さへの探求心が燃え上がった。


「……うん、だいたいわかった。足回りはあとでセッティングを出すとして」

「踏める? もうすぐリージョン横浜のエアゲートがあるけど、今なら引き返せるよ?」

「僕は大丈夫さ。アルクは怖くない?」

「全然? もうちょっとアルの設定をいじってみる。いいよね、アル?」

『データを入力してください。リアルタイム演算で車体を更新します』


 今、カケルの走りには二つの命がかかっている。アルも入れれば三人だ。そして、どうにもアンバランスな新しい愛車は、より危険な領域に突入しようとしている。

 そして、ここは公道……ひとたび走り出せば、そこに逃げ道など存在しないのだ。

 バックミラーに光が反射して、激しいパッシングとクラクションが空気を震わせる。何台かのモビル・モービルが、ピタリと左右から(あっ)してくる。どこのチームの人間かはわからないが、視線が合っただけでカケルは全てを理解した。

 もうバトルは始まっているのだ。


「エアゲートまであと15km! カケルッ、ブッ飛ばしちゃえっ!」

『フライホイール調整完了。マスター、全開運転が可能です』


 弾んだアルクの声と、あくまで機械的なアルの声と。

 そして、周囲を囲んで追い越そうとするモビル・モービルからも通信が行きかった。


『おいおい、女の子乗せてやがるぜ! 小僧の癖に生意気だよなあ!』

『ちょっと待て。このモビモビ……初めて見るタイプだな。どこの車だ?』

『AIの検索結果は、トライスター社だとよ。聞いたことねぇメーカーだぜ』


 あっという間にカケルは、もみ合うように団子になって真空の宇宙へ飛び出した。エアゲートの圧搾空気(あっさくくうき)による見えない隔壁を突き抜け、不意に車体が軽くなる。

 そこは月面、死の大地。

 灰色の荒野に道は続いているが、次のリージョンまではかなりの距離がある。

 そして、月の大地は文字通りのバトルが行われる無法地帯だ。


「右に二台、高架を降りた! 変形してるよ、アルク! 左のはそのまま抜いてく!」


 ちらりと見たが、相手のモビル・モービルは三台。どれもハイチューンドのタキオン粒子を排輝しながら飛び出してゆく。その中の二台が、ハイウェイを飛び出て変形しつつ荒れ地に立つ。

 そこには、300年前に人類を最後の戦争に駆り立てた巨神の姿があった。

 全高8mほどの人型機動兵器……可変装脚車両、モビル・モービル。その手に構えられた銃火器が、全てを語っていた。


『悪いなボウズ! 変なとこに喰らうんじゃねえぞ!』

『スーツ着てなきゃ、真空に放り出されて窒息死だぜ!』


 発砲音は聴こえない。

 真空の宇宙では、空気の振動が伝わらないからだ。

 だが、激しいマズルフラッシュと同時に弾丸は向かってくる。サブマシンガンの乱射にグレネードが続いて、カケルは即座にヒール&トゥで車体を横滑りさせた。

 スピン寸前のドリフト状態の、そのブレーキ痕が炎に飲み込まれてゆく。

 ハイウェイ自体への被害はないが、直撃すればオリジナル世代のオーパーツとてただでは済まない。

 即座に変形レバーを握り、カケルはセフティの解除と同時に立ち上がる。

 そう、新たな愛車の流体金属装甲がモーフィングして、ゆっくりと細身の姿が立ち上がった。そのままハイウェイを飛び降りつつ、車体から飛び出してきたライフルを握る。

 ヒロイックな頭部に輝くツインアイが、闇夜に光を走らせた。


「これは戦争なんかじゃない……でもっ! 走るなら覚悟はあるはずだっ!」


 雄々しく月面に舞い降りたオリュオーン911-TSが右腕でライフルを構える。

 ハンドルのトリガーを引き絞った瞬間、カケルの視界が真っ白に染まった。


「ちょっとカケル! 眩しい!」

「な、なんだこれ。いったいなにが」


 真っ白な闇が拭われた先に、先ほどのモビル・モービルコンビが、その片方が倒れている。どうやらカケルの照準通り、コクピットを避けて脚部に命中したようだ。

 そのモビル・モービルは、完全に右足が消滅していた。

 真っ赤に焼けた流体金属が、まるでマグマのように溶けて流れ出る。


『マスター、オプティカル・ライフルの次弾チャージ完了。トドメを』

「トドメはいいよ、アル。これはそういう戦いじゃないんだ。けど、オプティカル・ライフル?」

『標準的なオリジナル世代のビーム兵装、光学兵器です。それよりマスター、反撃が来ます。オートで回避しますか?』


 アルがいやに落ち着いてて、逆に隣のアルクは言葉を失っていた。

 そこに、生き残ったもう一台のモビル・モービルがミサイルを放ってきた。慌ててカケルはフレアを放とうとしたが、AI制御の自律型ミサイルだったらもうアウトだ。

 だが、アルは勝手に機体を動かし、左手を前にかざす。

 またしても光が広がり、その中にミサイルは次々と吸い込まれて消えた。

 爆炎の中から一歩踏み出し、唖然としつつもカケルは走り出す。ギアを一つ下げて、一気に高トルクを爆発させる。二本の脚でオリュオーン911-TSは月面を馳せた。


『オプティカル・シールド、アクティブ。次の反撃に備えます』

「そんなものまで……こいつ、本当に300年前の超兵器なんだな」

『肯定。……これがレースであれば、もう一台を無力化して最後の一台を追いましょう』

「くっ、でもライフルは強力過ぎる。なにか、もっと取り回しのいい武器は!」


 その時、隣のアルクが激しくキーボードを奏で始めた。同時に、デジタルのタコメーターの横にランプが灯る。どうやら、もう一つ格闘戦用の武器があるらしい。


『オプティカル・セイバー、アクティブ。出力を調整、スタンモードに移行します』

「やっちゃえ、カケルッ!」

「自走で帰れる程度には! ゴメン!」


 白亜の騎士のごとく、光の剣でカケルが払い抜ける。強烈な荷電による負荷で、相手のモビル・モービルは損傷らしい損傷を見せずにその場に崩れ落ちた。

 スタンモードの名の通り、どうやら相手を無傷で無力化することも可能なようだ。

 そして再び、カケルは上を見上げて愛車をジャンプさせる。

 今日も蒼と翠の星が、優しいアースライトの輝きで浮かんでいた。


「いつか地球で走りたいな……さて、さっきの奴を追うっ! モービルモードへ!」

『損傷確認……ダメージ、なし。変形を開始します』

「あいつ、リージョン大江戸方面に行った! かなり離されて、っ!」


 隣のアルクが苦し気にうめいた。

 再び太古のスーパーカーへと戻ったオリュオーン911-TEは、激しいホイルスピンで尻を振りながら加速を始めた。バックミラーの中に、先ほどの二台がどんどん小さくなって消える。単純に性能が、というかモビル・モービルとしての格が違っていた。

 戦後生まれの機動警察が使っている車両とも根本的に違う。

 アルという生きたエンジンのタキオン粒子は、戦艦レベルのビーム兵器を軽々と扱うのだ。


「このまま飛ばす! しっかり掴まってろよ、アルク!」

「わ、わたしは大丈夫、だから! あと、さっきの戦闘ログをアルに!」

『ログ解析、アップデート完了。タキオン粒子残量、残り40%』


 タキオン粒子エンジンは、密閉されたドーム都市で生きる人類に革新をもたらした。排気ガスの代わりに排輝粒子をきらめかせ、ハイトーンのエグゾーストで走るモビル・モービル。作業や戦闘の時はモビルモードに変形する、一家に一台レベルで普及した市民の足だ。

 武装していても、この辺じゃ機動警察に掴まるマヌケはいない。

 リージョン内では変形が禁止されていたし、あくまで車でしかないのだ……リージョンの公道を走るときだけは。

 真空の宇宙に飛び出せば、そこから先は戦場にも等しい世界だが。

 カケルはアクセルを全開に開き、シフトアップで加速する。リアルタイムで隣のアルクがエンジンのセッティングをいじり、いよいよアルは蘇った自分自身をフル駆動させるのだった。

- TIPS -


・オリュオーン911-TS

300年前に建造され、今は失われた技術の結晶であるオリジナル世代のモビル・モービル。

アル(自称)と呼ばれるタキオン粒子生命体をエンジンとして搭載した本物の汎用兵器。

かつて存在したトライスター社の量産モデルの中でも、カスタム化されたターボ仕様である。

特徴的なのはエンジンのマウントレイアウトであり、なんと後輪より後方に配置されている。

いわゆるRR(リアエンジン・リア駆動)で、それゆえに危ういハンドリングは綱渡り――

果たしてカケルは、この古代の遺物を完全に乗りこなすことができるのだろうか?

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