真紅の閃光
よお、マギー! 知ってるかい?
最近夜な夜な、魔女が出るってよ……この横浜リージョンに。
そいつのおかげで若い連中、盛り上がっちまってサ。
――赤い魔女だ、真紅のバイクフレームを駆る……あれは魔女だヨ。
で? 誰が仕留めるかって? そういう奴なら、もう飛び出してるんだなあ――
静かな夜に光が走る。
ハイウェイの左右を、ネオンサインの輝きが尾を引き去ってゆく。
今、一般車の流れに乗って、カケルはミサキの助手席に座っていた。外の夜景はリージョン横浜、ドーム状の星空には定期便の船がいくつも行き来している。
ミサキの愛車、ストライートGV-R32は丁寧に法定速度を維持して夜風を切り裂いていた。
「姐御って、いつも安全運転だよね。バトル以外は」
「そらそーよ、イケメンちゃん乗せてるし? ついでに弟も乗ってるしさ」
「俺はオマケかよ、姉貴ぃ!」
リアシートでリョウヤが唇を尖らせる。
それでも彼が背後を振り返ると、ミサキもバックミラーをちらりと見た。
「しっかりついてくるわね、アルクちゃん。なんか、不思議な音の車」
「300年前の骨董品ですからね。よく一昼夜で走れるレベルまで」
「優秀なメカニックってことと、あとは……愛の力かにゃー? うしし」
すぐ背後を、十分な車間距離を取って例のモビル・モービルが走っていた。拾いもののオリジナル世代型、オリュオーン911-TSだ。生きたタキオン粒子エンジンを乗せた、本物の汎用兵器として造られた車体である。
そう、二台は同じチューンドマシン。
いわば羊の群れに紛れた狼だ。
ミサキのこのR32も、500馬力を誇るモンスターである。今ではやや旧式化した第三世代型だが、数々のバトルを勝ち抜いてきた歴戦の勇士なのだ。
「それにしても、例の話……今頃タイジたちは走ってるかもね? なんか、かわいそ」
「かわいそう? 姐御、なにが」
「例の紅い二輪、バイクフレームのモビル・モービルよ。このハマじゃ、出る杭は打たれるってさ。あーしだって、その走りを見たら一気に熱くなるかもしんないし?」
「タイジさん、速いですよね。チームのみんなも」
タイジが率いる走り屋チーム『ヴァルハラ』は、あちこちのリージョンで対抗戦を勝ち続けている。最近はリージョン横浜でより、他の町でのバトルを好んで行っていた。
どこも地元の猛者が走りで勝負するが、全く相手にならないらしい。
そんな中で突然、タイジの地元に幽霊が現れた。
そう、まるで亡霊……オリジナル世代の紅いモビル・モービルだ。
「バイクフレームって、でもどうなんです?」
「変形すると、狭い! てか、一種のパワードスーツみたいな感じ。あーしも何度か乗ったけどサ。あとは……あれでライダースーツ着て宇宙を走るの、結構度胸いるよ」
宇宙服も兼ねたスーツにヘルメット、そんな操者が丸出しなのがバイクフレームだ。それだけに、マシーンとの一体感はすさまじい。同時に、走りでも戦いでも、一般的な四輪、クーペフレームやセダンフレームより危険なモビル・モービルだった。
闇を切り裂く真紅の閃光、その危うい走りがタイジたちに火をつけたらしい。
カケルも少し気になったが、不思議と妙な胸騒ぎに落ち着かない。
リョウヤが叫んだのは、そんな時だった。
「お、おいっ、姉貴! 後ろから高速で近付くモビル・モービル! 今、アルクに並んだ」
「アルクちゃんは……ん、道譲るか。まあ、今夜はバトルって気分じゃないしね」
カケルもはっきりと見た。そっと左に寄るオリュオーンの横に、真っ赤なモビル・モービルが並走している。バイクフレームにしては大型で、同じ色のスーツのライダーが乗っている。ヘルメットの奥は見えず、その表情はうかがえない。
だが、突き刺すような視線がオリュオーンを睨んで小さく笑った。
そう、笑ったように感じた直後、カケルたちの横をすり抜けるように紅が加速する。
あっという間にそのテールランプは、リージョン横浜の出口へと駆け抜けていった。
「あれが、例の?」
「間違いないんじゃね? カケルんさ、見た? あの加速……並みのエンジンじゃない」
「それに、ライダーは女だったな! 美人だといいよなあ。な、カケルッ!」
カケルは驚いたし、ミサキは苦笑に顔を手で覆った。
わずか一瞬、一秒にも見たぬ接触だった。突き抜けるようなその衝撃に、カケルなどはなにも見えなかったのだ。ただただ、鮮やかな紅が甲高いエキゾーストを残して去っていった。その搭乗者をリョウヤは、一瞬で女性だと見抜いたそうである。
「カケルん、さあ。あんまうちの弟に似ないでよね? こいつ、変なとこばっか鋭いただのスケベだからさ」
「なにいってんだよ、姉貴! 姉貴だってドスケベじゃないかよー」
「あーしはいいの、ギャルなんだからエロカワ最優先♪」
「ギャルって歳かよ。今年でにじゅうさ――」
不意に無数のモビル・モービルが追い越していった。一般車の間を、スラロームで次々と前へ消えてゆく。間違いない、タイジたちのチーム『ヴァルハラ』だ。
やはり、例の紅いバイクフレームを追っているらしい。
そんな時、少しばかり懐かしいユーロビートが途切れて、車内に通信が入る。
『ミサキか? 今、例の奴を追ってる』
「だから、あーしは今夜は」
『見に来いよ、俺の走りを……その戦いをな』
「……ふーん、かっこいいじゃん。まだあーしに気があるんだ?」
『そうじゃないなら粉かけねえよ。じゃ、先で待ってるぜ』
そして、一際存在感のある黄色いモビル・モービルが追い越していった。タイジのRDX-7サイファーである。タキオンが爆ぜ散る音を奏でながら、その車体はあっという間に走り去った。
一瞬、ミサキにタイジが視線を送ったように感じた。
同時に、ミサキは一度ハイウェイを降りる。下道で減速して、一軒のファミリーレストラン前に車を止めた。
「あとで拾いにくっからさ、カケルん。あとからくるアルクちゃんと三人で待ってなー? リョウヤ、ほい! これ、財布! 夜のおやつでも食べてなって」
それだけ言うと、すぐにミサキは行ってしまった。
ゴォウ! と吹かしたエンジンの咆哮が、再び街の光に飛び出してゆく。黒い車体と入れ違いに、アルクの運転でオリュオーンが追いついてきた。
早速カケルは、白く輝く流線形に駆け寄る。
「アルク、調子どう? 走れるかな、今夜。こいつで」
「って、御主人が言ってるけどー? どう、アル」
ボン! と後部のハッチが跳ね上がってアルが這い出てきた。ほのかに上気した顔で彼女は、ずるずるとジャンパーを引きずりながら立ち上がる。
「現状60%の性能は保証します。交換された新パーツも馴染んできました」
「よし。じゃあ、アルク。操縦代わって。リョウヤと甘いものでも食べててよ」
アルクが意外にも素直に降りたので、代わってシートにカケルは収まる。四点式のベルトを装着すれば、じんわりとアルクの体温が伝わってくるような気がした。
素早く計器をチェックし、サイドミラーの中でアルがエンジンに戻るのを確認。
そうして最後に、リョウヤに声をかけようと窓を開けた、その時だった。
「アタシも行くっ! まだCPU周りのセッティングも出せてないし」
「ア、アルク? 僕はもう、バトルの時は隣には」
「いいじゃんか、乗せてやれよカケル。今日も生きて帰ってくるんだからさ。そう思えるなら60キロちょっとのウェイトハンデも悪くないだろ?」
リョウヤの言葉にすぐにアルクが猛反発する。
「誰が60キロですって! アタシ、そんなにデカくて重くないもん! お姉ちゃんじゃあるまいし」
「はは、そりゃそうだ。そういう訳だ、カケル。二人で行って来いよ。行って、帰ってこい。俺はやけ食いでもして待ってるからよ。それと……姉貴のこと、頼むな」
リョウヤは姉の財布を手に遊ばせ、不意に表情を引き締めた。
その真剣なまなざしに、カケルも無言で頷く。
「かならず生きて帰るよ、ミサキさんと迎えに来る」
「多分、ハマを抜けて月面バトル、ゴールはリージョン大江戸のあたりだろうさ」
「わかった。隣に優秀なナビ兼メカニックもいるし、大丈夫」
「おう! 待ってるからな! 絶対、二人で帰ってこいよ」
リョウヤの声に応えるように、エンジンがブロゥ! と唸る。
すぐに運転席中央のモニターにアルの姿が浮かび上がった。
『先ほどの紅いバイクフレームを追えば良いのですね?』
「ああ。アル、車種はわかるかい? 同じオリジナル世代、300年前のものだと思うけど」
『車種検索、該当あり……トライスター社製シュペリオンGX-Zと推測』
「君みたいなエンジンが乗ってるってことでいい?」
『肯定』
かくして、狩りの時間が始まる。
ゆっくりとファミリーレストランの駐車場を出る、そのタイヤの感触一つ一つをカケルは確かめるようにアクセルを踏み込んだ。
300年の眠りから目覚めたモビル・モービルが、高らかに歌う。
隣ではノート型の端末を開きながら、アルクが無数の光学ウィンドウを広げていた。
「まだチューンらしいチューンはしてないけど、同じ300年前の仕様なら」
「もう完全に、戦闘マシーンのスペックだってことだよね」
「そ、どの部品もミルスペックの精度……走る殺戮細工って感じね」
「……よし、行こう」
――少年は再び走り出す。
その逸る気持ちに、応えてくれるだけのマシーンを手に入れて。
今は手に余るじゃじゃ馬だとしても、戦争を忘れた月の人類に思い出させるのだ。その荒々しくも力強い加速、しなやかなボディを駆け巡る過重移動……その全てが、闘争本能に直接触れてくる。
カケルはすぐにハイウェイへと向かった。
12時の鐘が鳴って、日付をまたいだ夜が続く先へ。
その彼方の朝日を浴びるためにも、ミスは許されない。
なにより、大事な幼馴染みを隣に乗せているのだから。
「いいよ、カケルッ! バンバン踏んでって! こっちで逐一補正するから」
「ああ。……こいつ、凄いパワーだ。でも、なんだ?」
高揚感の中にかすかな不安がある。加速するほどにその暗い影が胸に広がっていった。だが、それを風に拭わせるようにして、カケルはハイウェイに合流すると同時にギアを上げるのだった。
- TIPS -
・タイジ=ゼーヴェン
リージョン横浜最大のチーム『ヴァルハラ』を率いるムーンランナー。
正体不明で私生活や素性は不明だが、絶対的な人気を誇ろ最速の男。
ミサキと同じく、やや旧式となった第三世代型のモビル・モービルを駆る。
二十代前半かと思われるが、ひどく落ち着いてクールな上に伊達男。
最近は別のエリアに遠征してのバトル等に力を入れている横浜の看板走り屋。




