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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.01「ムーンランナー」
5/11

祭の灯に集う者たち

眠らない街に昇る月はない。


その月へ、ドームの外へと飛び出すために若者たちは埠頭に集まる。


一夜限りの祭が毎晩続く、そこはもうムーンランナーたちの時間。


今宵もまた、獲物を求めて彼ら彼女らは走り出す。


まるでそう……月の狂気に取りつかれたかのように。

 その夜、カケルは母親とすれ違いに帰宅し、手早く夕食を済ませた。女手一つでカケルを育ててくれる母は、夜の街で毎日懸命に働いている。

 とにかくラジカルで明るい女性で、カケルに対しても放任主義気味だった。

 だから、ドームの空に夕焼けが落ちると……エアボードで宇宙港へと向かう。


「相変わらず凄い盛り上がりだな……平日だってのに、まるで毎晩がお祭り騒ぎだ」


 昼間は大型のトレーラーやトラックが出入りしている場所も、日が落ちると別の顔をのぞかせる。どこからともなく、スポーツタイプのモビル・モービルが集まり出すのだ。

 普段は荷下ろし用のアームが変形する程度の車両しかいない。

 しかし、夜は最新鋭からクラシックカーまで、本気でバトルする車がやってくる。

 出店や屋台も出て、マイナーバンドの演奏なんかも始まって祭のようだった。


「よ、来たかカケル!」

「リョウヤ。よかった、今RAIN(ライン)で連絡しようと思ってたとこ、だけど」

「こいよ、こっちに。姉貴も会いたがってたぜ?」

「サンキュ」


 学校とは違って、革ジャンにジーンズのリョウヤは別人に見えた。この場の喧騒に酔いしれながらも、楽しい一夜にカケルを連れ込んでくれる。そのカケルといえば、流石(さすが)に制服姿ではないが、いつもガレージで作業する時のツナギ姿である。

 ファッションに頓着がないというか、無関心なのがカケルという少年だった。

 そんな二人は途中で缶コーヒーを買って、広場の中央へと向かう。

 そこには、数台のモビル・モービルが地球の光に輝いていた。


「姉貴! カケルを連れてきたぜっ! あっ、きみ可愛いね? 姉貴のファン?」

「こんばんは、ミサキの姐御。昨日は情報ありがとう。凄い車が見つかったよ」


 デレデレとリョウヤが向かう先で、女の子たちに囲まれた美女がにこやかに笑う。彼女は弟のリョウヤにチョップして黙らせると、キャーキャーいう取り巻きの中から出てきた。

 ミサキ=ヤマブキは成人女性で運転の師匠、このリージョン横浜ではトップクラスの走り屋だった。


「おーす、カケルん。どだった? めっけもんだったっしょ」

「ええ、凄い車です。ただ、ちょっと謎もあって」

「そぉ? あーしが先に見つけた時は、ケーブル繋いでも反応しないスクラップだったよん?」

「え? そうなんですか?」

「そうなんでーす!」


 ニシシと笑うミサキの人懐っこい笑顔に、取り巻きの女の子たちも溜め息をこぼす。

 だが、そんな彼女をヘッドライトで照らすのは、限界チューンドの黒いモビル・モービルだ。今では前世代機になってしまった第三世代型のストライートGV-R32を駆るトップランナーである。アカツキ自動車製のこのモビル・モービルは、最新型のGV-R35まで根強い人気のある一流クーペレームだった。

 そして、ギャルに見えてもミサキは一流の乗り手、カケルが知る限り最速のムーンランナーの一人だった。


「こないださー、カケルんのフォックスおしゃかになったじゃん? あれ、半分はあーしの責任」

「そ、そんなことないです。……僕は、バトルに対して甘過ぎました」

「カケルん、モービルモードの運転は上手いんだけどね。ドームを出たらそこから先はバトルロイヤルだから。あーしがもっと、目くばせしておけばよかったー! ってね」


 ミサキがてへぺろと舌を出す。だが、彼女の言葉には本気の本音が感じられた。

 あの日、自慢の新車でカケルはミサキとつるんで走っていた。二台のモビル・モービルは舞いを踊るように前後を入れ替えながらクルーズを楽しんでいたのだ。

 だが、そんな二人の背後から眩いパッシングの光。

 そこから先はもう、ミサキにとっては避けて通れぬバトルの時間だった。

 必死でカケルもくらいついて行ったが、見事に月面で撃墜されてしまったのである。


「姐御は悪くないんですよ。僕に甘えがあった……そして今、新たな力でそんな自分とお別れするんです。また、走り出しますよ。いつかは姐御の前さえも走ってやります」

「くーっ! カケルん男前! もー、めっちゃイイ子! あーしの弟にしたい!」

「リョウヤの兄貴になるのはちょっとヤですけどね」

「おう待てカケルッ! なんで俺が弟になる前提なんだよ、こいつっ! わはは!」


 カケルの首根っこを抱え込んで、笑顔でリョウヤが締め上げてくる。じゃれつく子犬たちのように、カケルも無邪気に笑った。そして、ミサキもうんうんと腕組み頷いている。

 この夜の雰囲気が好きだ。

 夜明けとともになにもかもが消えるし、同じ夜は二度と来ない。

 それでも、その全てがカケルにとっては連続する終わらない祝祭のようなものだった。


「っと、見ろよカケル! アルクがいるぜ」

「ホントだ。……ランねえとは大丈夫だっただろうか」

「お、ランねえとなんかあったのか? 教えろよっ、カケル!」

「そこはまあ、アルクから直接聞いて。おーい、アルク! こっち!」


 多くの視線を吸い込みながら、一組の少女たちが歩み寄ってくる。ツインテールを人工の夜風に遊ばせるのは、アルクだ。なんか、ちょっと少女趣味気味のモノクロームに身を固めている。ゴスロリとかいうやつだが、昔からそういうファッションをアルクは好んだ。

 そして、その隣に一際多くの男のまなざしを集める白い少女。

 半裸に大きすぎるスカジャンがずり落ちてて、ショートカットの白い髪が静かに揺れている。そう、タキオン粒子生命体ことエンジンガール、アルだ。


「うひょー! 誰ちゃん? よぉアルク! そっちのマブい娘、紹介してくれよ!」

「アンタねぇ、リョウヤ……この娘は特別なの!」

肯定(ポジティブ)。わたしはマスターのもの……カケル=ハセガワの所有物です」

「いや、言い方。ちょっと言い方が」


 瞬時に空気が凍った。

 リョウヤの首がギギギとカケルに向かって旋回する。その目は「なぜ?」と「どうして?」の光に凍っていた。

 下手にごまかしても面倒なので、いままでのいきさつをカケルはかいつまんで話す。リョウヤに嘘は必要ないし、嘘なんてつきたくなかった。悪ガキ仲間の幼馴染は親友で、すぐにことの全てをおおむね理解してくれたのだった。


「なるほどなー、そういやちょっと噂で聞いたことがある。オリジナル世代のモビル・モービルって、特殊なタキオン粒子エンジンを積んでたって」

「そうなんだ。彼女はアル、たんに僕の新しい車のエンジン、それだけだよ」

「ほんとかー? なあアルク、気になるよな? ってか、お前いいのかよ」


 突然ビクン! と身を震わせ、アルクは自分を指さした。

 ビスクドールのようなその姿が、ほのかに頬を紅潮させてゆく。


「アタシは……だ、だってアルはエンジンだし、別に……でっ、でで、でも!」

「だよなあ? ちょーっと不健全だぜカケル。こんなかわいこちゃんが愛車のエンジンだなんてよ。……つーかさあ、なんでアルクの気持ちがわかんねーかなあ」


 カケルは首を傾げた。

 それは、同じタイミングで同じポーズを取ったアルとシンクロしていた。

 アルクの気持ち……?

 ああ、とカケルは胸に手を当てる。

 確かにそうだ、カケルはアルクの気持ちに向き合っていなかったかもしれない。


「アルク、そうだ僕は……アルク!」

「ひゃいっ! ……な、なによカケル」

「ごめん、アルクがあんなに手を入れてくれたのに……前の車は駄目にしてしまった。そして今また、新しい車で世話になってるのに、僕は不義理だった。僕の車を我が子のように面倒見てくれる、アルクに対して、なんというか」

「……ほへ? あ、いや、いいの! そういうのはいいの! でも、それだけ?」


 リョウヤが大きな溜め息をついた。

 彼も足回り関係のセッティングを手伝ってくれた、以前のフォックスという車は特別な幼馴染の絆だった。そしてそれは、たった一晩、ほんの一瞬で鉄屑(てつくず)になったのだ。

 だが、どうも話がどこかですれ違っているらしい。

 噛みあわない中、プゥ! とふくれっ面でアルクが唇を尖らせる。


「いーですよー、べーつにー? カケルの車はアタシがやるって、ずっと決めてるし」

「で、でも」

「今のあれも、ガッチガチにチューンしてやるんだから! ……だから、カケル。今度も死なないでよね。それと」


 その時だった。

 不意にアルがビクリ! と身を震わせる。

 視線の先には、ミサキに近付く見慣れた男の姿があった。長い長いロングコートを着て、その手にはモビル・モービルのキーを遊ばせている。

 周りの取り巻きギャルを下がらせたミサキの、緊張に満ちた声がカケルにも聞こえてきた。


「よっす、おつー? なによ、珍しいじゃん? そっちから接触してくるなんてさ……タイジ」

「まあな。情報通の尻軽女に手でも借りてみようと思ったわけサ」

「なにそれむかつくー! あーし、こう見えても純情なんですけど?」

「はいはい、そうだったな。自称純情ね……ん? あいつ……生きてたのか、あのクラッシュで」


 タイジと呼ばれた長身の男が、カケルを見つけて歩み寄ってくる。それは、カケルもまた震える手を握って前に出るのと同時だった。

 タイジはこのリージョン横浜ではミサキに並ぶ最速の一人。デカいチーム『ヴァルハラ』を率いるヘッドだった。彼の狩るRDX-7サイファーは、特殊なタキオン粒子エンジンを持つピュアスポーツ、しかもチューンとセッティングは常人の運転を許さないワークスレベルだ。文字通りのモンスターマシーンを操る男……以前、カケルがバトルで事故った時、一緒に走ってた男でもある。


「……うちのチームの連中が撃墜したって言ってたんだがな。生きていたか」

「仲間の、アルクやリョウヤたちのセッティングのおかげですよ。僕の腕じゃあ、ない」

「だろうな。走りはなかなかだが、バトルは真空の月面じゃ問答無用だ。いい子ちゃんじゃ勝ち残れるはずがない。拾った命、一生大事に抱えて歩くんだな」

「いえ、走り出しますよ。また、すぐ」


 カケルは目を逸らさなかった。タイジもまた、そのまなざしを受け止めフンと鼻を鳴らす。彼は振り返ると、改めてミサキに話題を切り替えた。


「それはそうと、ミサキ。……紅いモビル・モービルを見なかったか? バイクフレーム、二輪のデカいやつだ。もう何人も、うちのチームのメンバーがやられてる」

「んー、最近噂のあれじゃん? オリジナル世代の二輪が夜な夜な出るってやつ」

「正体不明でな、だが……やられたらやりかえす。きっちり撃墜する。どうだ? これからつるんで追い込みにいかないか?」

「ごめーん、今夜のあーしはカケルんたちと流して遊ぶつもり。もっとも……あーしたちが見かけたらもらっちゃうね? 久々に燃える話じゃんね。謎のバイクフレーム」


 そうか、とタイジは行ってしまった。

 しかし、この時カケルは思いもしなかった。

 (あか)き幻影がまさか、すぐあとの深夜に目の前に現れるということを。

- TIPS -


・ミサキ=ヤマブキ

誰ともつるまない、ソロのムーンランナー。

ギャルギャルしい言動で見た目もあどけないが、成人女性である。

彼女は数少ない女性のムーンランナーとして、同性にとってはカリスマ……

そして、カケルやアルクたちにとってはよき姉貴分である。

一応、表面上はひややかだが実弟のリョウヤをとても大事に思っている。

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