彼女は無慈悲な学園の女王
そう、彼女は、彼女こそが学園のマドンナ!
誰もが憧れる「キラウラ姉妹の兄のほう」だ!
グラマラスな長身は女神か天使か、はたまた両方か。
華麗に登場、なにもかもがとにかくデカァァァァァイ!説明不要!
――カケルの一つ上の姉のような幼馴染。
その心はもう、カケルたちとは離れているようだが……?
放課後、リョウヤと別れてカケルは帰路につく。あいにくと帰宅部だが、リョウヤはテニスとかいう大昔の球技に汗を流していた。もちろん、モテるためのテニス部入部だったが、少しうらやましい。
カケルと違ってリョウヤは、いつも周りに友人がいて輝いていた。
引っ込み思案でオクテなカケルは、モビル・モービルに出会うまでは陰気な子供だったのだ。よくいじめられたし、その都度リョウヤやアルクが、なによりアルクの姉が守ってくれた。
「さて、またアルクんちに寄って帰ろうかな。……大丈夫かな、あのアルって娘」
校門を出て、目の前の大通りを咲けるようにエアボードを手放した、その時だった。
ふと、突然背後から名前を呼ばれた。
それで何故か、周囲の生徒たちが一瞬で騒がしくなる。
つぶやきとささやきが広がる中で、久々の懐かしい声にカケルは振り返った。
「やあ、ランねえ。えっと、今僕を呼んだ?」
「ええ、呼んだわ。私が知ってるカケル君って、キミ以外に誰かいて?」
「ごもっとも」
そこには、女神か天使か、その両方かという美少女が立っていた。
アルクの姉、ランだ……学園のアイドル的存在だが、妹と違って謎の孤高感で見る者全てをあきらめさせている。あまりにも凛々しくて「キラウラ姉妹の兄のほう」などと呼ばれることもあるくらいだ。
見上げるような長身で、一つ上とは思えないほどに豊満な肢体は豊かで優雅だ。
学年トップの成績に加えて、スポーツ万能で生徒会の役員というお嬢様である。
そのランが、長い長い真っ赤な三つ編みをいらいながら近付いてくる。
目の前に静かにゆれる見事な双丘が迫って、カケルは間近にランを見上げた。
「ランねえ、久しぶり。最近会ってなかったから」
「ちょっとリージョン上海に短期留学してたの。それより!」
「そ、それより?」
ぐいと前のめりに身を寄せて、ランがジト目で睨んでくる。
身長が10cm以上違うので、思わずカケルはのけぞった。
ねめつけるような視線で、ランは言葉を続ける。
そんな二人を、学び舎の誰もがうらやましそうに見詰めているのだった。そして、無責任な話が広がってゆく。
「キラウラの兄の方じゃねえか! おい、誰だあの一年! ……そういう仲なのか?」
「ああ、キラウラお姉さま。やだやだ、全女子の憧れの王子様が、あんな一年に」
「つーか、あいかわらずデケェなおい! なに食っても乳と尻と太ももにいってんのか?」
「あんた、それセクハラ! はあ、お姉さまに声をかけられるなんて、うらやましい」
だが、外野の声など届いていないかの調子でランが言葉を選んでくる。
アルクと違って、なかなかにドスの効いた声も楽器が歌うように甘美だ。
「キミね、アルクになにさせてるの? あの子、今日も学校サボったじゃない」
「あ、いや、それは……ははは」
「笑ってごまかさないで! 私たちは確かに幼馴染だけどね、カケル君。私の妹を危険なことに誘わないで頂戴」
「……でも、アルクが自分で望んだ道だったら」
「あの子、まだまだ子供でしてよ? わかってないのだわ、モビル・モービルの危険性が」
心底妹を心配するように、身を起こしたランが腕組み背を反らせる。ますます強調される胸のふくらみに赤面しつつ、目を逸らしながらもカケルははっきり告げた。
その言葉には迷いはないし、アルクの気持ちはわかってるつもりだった。
「ランねえ、もうアルクだって子供じゃないよ。ちゃんと、自分の夢に向き合ってる」
「夢、ねえ……心配でしてよ。あの子、機械いじりにばっかり没頭しちゃって」
「それがアルクの夢なんだ。ランねえは? ランねえには夢とかないの?」
一瞬ムッとした顔を見せたが、ランは考え込むように小さく唸った。
「……夢って訳じゃないけど、進学して経済学がやりたくてよ。それでうちの店をもっと大きくするの。父さんも母さんも楽させてあげたいのだわ。カケル君、キミは?」
「僕は、地球さ」
「はぁ? ち、地球ってあの?」
「そう。僕はいつか、地球の大地に降りてみたい。そして、走りたいんだ」
現在、人種や階級を問わず人類は地球に降りることが禁止されている。傷つきすぎた生態系を回復させるにはもう、黙って見守るしかできないからだ。そんなレベルまで環境を破壊し、地形さえ変えてしまったのが300年前の大地球戦争である。
だから、カケルたちはライブラリの立体映像でしか知らない。
でも、本物の1Gの星で、思う存分モビル・モービルで走りたいのだ。
その荒唐無稽な夢をアルクたち仲間は笑わなかったし、それはランも一緒だった。
「ふーん、やっぱキミは変わらないのね」
「ランねえは変わった?」
「そりゃね。いつまでも子供じゃいられないし、私には時間もないもの。でも、もし地球に降りられたら……きっと素敵でしょうね」
「ああ。みんなでいろんな場所を走りたいんだ」
「ま、それはそれとして? いいこと、カケル君。アルクを変なことに巻き込むのは――」
指さし迫るランの影に、完全にカケルは隠れてしまう。
そして、タイミングが悪いことにそんな二人にクラクションの音が浴びせられた。
校門前に一台の白いモビル・モービルが乗りつけてきた。それは、すっかり見違えて新車みたいにピカピカのオリジナル型、あのアルをエンジンとするオリュオーン911-TSだった。
その運転席から、アルクが顔を覗かせる。
「やっほ、カケル! とりあえず動けるようにしたから、迎えにき、た、んだ、けど……えっ、お姉ちゃん? ちょっと待って、なんで二人が一緒にいるの!?」
突然、何故か周囲が「修羅場だ!」「妹の方も出てきたぞ!」「だからなんだよあの一年!」「ってか、なにあれ……古いモビル・モービル、だよな?」と騒がしくなる。
しかし、やっぱりランは動じなかったし、逆にアルクは委縮してしまった。
「なにしてるのかしら、アルク。学校サボってまで……これはなに?」
「え、えと、そのぉ」
「……? しかし、見慣れないモビル・モービルですわ。こういうのいじるのもいいけど、若いうちはちゃんと学校に――!?」
不意に、ランが絶句した。
そのまなざしが、まばたきを忘れたまま一台のモビル・モービルを凝視する。呼吸すら忘れたかのようで、完全にランは硬直してしまった。
その震える唇が、驚愕と動揺をどうにか言の葉に象る。
「嘘……トライスター社製、オリジナル型の? これ、911……オリュオーン911,しかもターボモデルのTSじゃなくて?」
「え? し、知ってるの、お姉ちゃん」
「ちょっとアルク! この子、アナタが?」
「う、うん。パパと一緒に今日ずっとだよ。消耗品の交換、外装の自己修復促進、あとはまあエンジンはちょっと……にはは」
意外だった。
実家がキラウラ・モータースなので、ランの博識ぶりには納得だが妙でもある。なぜ、そうも動揺するのか? カケルには少し不思議だった。そもそも、幼馴染仲間の中でもモビル・モービルに興味を全く示さなかったのがランなのだから。
だが、彼女はあきらかに顔面蒼白で動揺もあらわだった。
「とりあえず走れるようにしたから、少しでも早くカケルに見せたくて……お姉ちゃん?」
「……ボディは? 足回りとか、あとはやっぱりエンジン。アルク、アナタが」
「エンジンは回収した時のまま、ドノーマル……ちょっと話通じない感じだけど。ボディはあとで本格的に手を入れるとして、脚も排気系も修復しただけなんだ。これから――」
「これからですって? こんな危ない車を……見過ごせないのだわ! 乗りなさい、アルク!」
驚いたことに、ランは運転席に座ってアルクに隣に乗るように促す。それも、どこか異様な興奮と戦慄に支配されたかのようで、カケルは目を白黒させるしかできなかった。
ランは昔から幼なじみ仲間のリーダー的存在で、頭もよくてケンカも強かった。
だが、そんな彼女のこの狼狽っぷりは、初めて見る。
確かにモビル・モービルの原点は武器だし、このオリュオーンはオリジナル世代の純然たる機動兵器だ。同時に、今の文明が失った未知の技術で造られたパワーを秘めている。その潜在能力は未知数……それでも、四つのタイヤで走るクーペフレームのモビル・モービルだ。
走るために生まれて、戦うために変形するマシーン。
今という時代でも、その力に魅了される若者は少なくない。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! もうっ、いっつもそう! なんでもかんでもアタシのことを」
「いいから、ほら! ベルトしめて! ……たった一日でここまで? まるで新車じゃない。って、クラッチ重っ! こんなもの、いったいどこで」
すこしぐずるようにエンジン音が響いて、まるでアルが不平不満を表現しているようだった。だが、彼女がエンジンルームから出てこなくてカケルはほっとする。
このややこしい姉妹の話に、人外の生きたエンジンが加わったら収集がつかなくなる。
だが、昨夜拾った太古の遺産は蘇った。
恐るべき短時間で、まずは生まれたままの姿に戻ったのだ。
せっかくアルクが届けにきてくれたのに、そのハンドルはランに奪われた。彼女は最後に窓を開けると、自分を落ち着けるように深呼吸してから一言。
「とにかく、カケル君。この車は駄目でしてよ……うちで預からせてもらうわ」
「えーっ! お姉ちゃん、アタシさっき車検証をカケルに」
「アルクは黙ってて! ……駄目なの、いけないのだわ。この車は、モビル・モービルは……トライスター社の300年前の、あの計画の産物なのだから」
それだけ言うと、ランはギアをローに入れてアクセルを踏んだ。
まるでアルがむずがるようにリアが左右に揺れる。後輪駆動な上にエンジンがリアにマウントされているため、過重移動で発生したトラクションにリアタイやが負けているのだ。
それでも、その車はあっという間に安定した走行で消えてゆく。
取り残されたカケルは、呆然とその姿を見送った。
「ってか、ランねえ運転上手いな……知らなかった。なんでも昔から、ランねえはバッチリこなすもんな。あと、やっぱり……いいね」
とりあえずはもとの状態に復元されただけの、ただそれだけでも圧倒的なパワーの片鱗を見せたオリュオーン911-TS。それはもう、危険な魔性の魅力でカケルを虜にしていた。
早く乗りたい、走らせたい……新しい速さのその先に行きたい。
周囲がヒロインたちが去ったと知るやまばらになる中、カケルは握った拳に不思議な熱さを感じているのだった。
- TIPS -
・ラン=キラウラ
学園の生徒会役員も務める16歳、愛称は「ランねえ」でアルクの実姉である。
走りや夜遊びに熱中する三人の弟分(アルクも弟みたいなもの)にご不満な様子……
だが、そんな彼女には秘密がある……誰にも言えない、音速の秘密が。
長い長い赤髪を三つ編みにゆって、それを手でいじり始めたら要注意!
それは苛立ち怒っている時の彼女の癖なのだから。




