魔女にして女神か、それとも天使かその姿
いやホントだって!俺の愛車だって500psだぜ?
それが、弾は当たらねえし、近接戦闘でも話にならねえ。
バイクフレームなんざ、峠でガキが転がしてる程度だ。
それが…あいつは、あいつだけは違う。
紅蓮の魔女、あいつは……天使? 女神?
いいや、バケモノだよ――
ハイウェイには渋滞が光となって連なっていた。テールライトの光に、ブレーキランプの点滅が花を添える。
あまりに多くのモビル・モービルが、群れなし公道を占拠していた。
一般車も入り混じる中、焦れるカケルの隣でアルクは落ち着いていた。
もう隣には誰も乗せない、そう誓っても必ず彼女は横に座る。
まるでそれが当然のように。
「んー、ナビだと4km先まで大渋滞って感じ。あれだ、大江戸急行! ちょうど長距離トラックが一気に全部リージョン大江戸に向かう時間帯なんだよ」
「……そうか、それで」
「そゆこと! ね、アル」
二人の間にふわりと、3Dの立体映像が小さく浮かぶ。
タキオン粒子生命体のアルだ。
彼女は静かに頷くと、カケルを見上げて言の葉を浮かべる。
「肯定。モビルモードへの変形および飛行移動を提案します」
「駄目だよ、アル」
「なぜですか、マスター」
「リージョン内では変形は禁止されてるんだ」
「……確認完了。行政府へのアクセス、終了。道交法、道路交通法ですね?」
「そう。それは僕たちムーンランナーも、一般車も同じなんだよ」
もっとも、カケルは自分でも矛盾に気づいている。
時速300kmに近いスピードで、月面へ飛び出てからは射撃も格闘もOK。道交法などハナから守らないムーンランナーもいるし、機動警察の取り締まりも厳しい。
それでも、カケルは自分のリスペクトするタイジやミサキにならい、今は牙をひそめる。本当に速いムーンランナーほど、一般車の中では羊の皮をかぶるものだ。狼の自覚があるからこそ、ムーンランナー以外の車両は全力で守る。
陳腐な自己満足かもしれないが、それがカケルの矜持でもあった。
「……ランねえ、完璧にこの流れを読んでたよね」
「バイクフレームなら、渋滞の中でもある程度進めるもんね。あの馬鹿姉……」
「先頭の方ではもう追いついてるのかな? ……焦れるね、これは」
「月面に出てからが勝負だよっ! 今日でだいたいのチューンの方向性出しちゃお!」
あくまでアルクは冷静……というか、緊張感がまるでない。彼女はモビル・モービルに関わってる時は、まるで取り憑かれたように瞳を輝かせる。カケル以上に、モビル・モービルに魅せられているかのようで、少し心配だ。
それは確かに、ランも気をもむというものである。
だが、そのラン本人が実は、紅蓮の魔女と名乗ってリージョン横浜の走り屋たちを煽っているのだ。まるで、ろうそくが燃え尽きる間際の、最後の大きな輝きのように。
「ん、車列が進む。アルク、ちょっと掴まってて。アル! フルパワー!」
「ちょ、ちょっとカケル! なにを――」
のろのろと走る渋滞の流れが、トンネルの中に吸い込まれてゆく。徐々にそのスピードが上がって、息詰まるような閉塞感が解放されていった。
渋滞の緩和と同時にトンネルに突入、迷わずカケルはカカカッ! と手早いシフトダウンでローギアを叩き込んだ。オリュオーン911-TSは、そのばでリアを左右に振りながら……トンネルの壁面へと斜めに切り込んでゆく。
『マスター、わたしのアシストが必要ですか? 1.2km先にスペースがあります。よって、進入角度は』
「大丈夫。……さあ、ジェットコースターだ」
ガタン! と車体がトンネルの内壁に乗り上げた。そして、圧倒的なパワーがグイグイと車体を押し上げる。フルスロットルで加速すれば、苦もなくオリュオーンは壁を登り始めた。その加速があまりにも爆発的で、あっという間に天地はさかさまになる。
四点シートベルトにバケットシート、そして遠心力がカケルを守った。
白銀のオーパーツは、驚く一般車の視線を総ざらいに集めて天井を走った。
「うわわわわ、ちょ、ちょっとちょっと! カケル」
「あそこのスペースだね、アル?」
『肯定。すっぽり車体が収まる面積です。そこからさらに先に――』
天上を走りながら、逆サイドの車線へと滑るようにカケルは愛車を突入させた。
トンネルを利用したショートカットで、大きく渋滞を飛び越える形になった。同時に、強烈な二酸化炭素の幕が車体を包む。その先には、灰色の月面が広がっていた。
なおも渋滞はまばらに続くが、遥か先に光が見えた。
それは、紅蓮に燃える炎。
マズルフラッシュの星屑だ。
「アル、変形する! モビルモードへ……もうドンパチ始まってるみたいだ」
『了解、トランスフォーメーション。車体をモビルモードへ』
一応、ハザードランプを点滅させて、背後の一般車に合図を送る。同時に、星空の下を疾駆する車体が複雑に割れて伸縮した。流体金属装甲のモーフィングによる変形、あっという間にオリュオーンは中世の騎士を彷彿とさせるスマートな人型になる。
ツインアイが輝く頭部に、額の一本角。
軽量ながらも重装甲の腕がライフルを携える。
そして、一気に背のバーニアをふかしてカケルはハイウェイを降りた。
延々と続く灰色の荒れ地を、ジャンプ飛行で突き抜ける。
向かう先でまた一つ、炎が爆ぜた。
『マスター、望遠で確認。ターゲット、紅蓮の魔女をとらえました』
「これが……リンねえのモビル・モービル。こいつと同じトライスター社製の」
フロントガラスの一部が小さなウィンドウをポップアップさせる。
そこには、見るも流麗な真紅の女神が降臨していた。バイクフレームなので、周囲の無数のモビル・モービルに対して大きさは半分ほどだ。
だが、どこか女性を思わせる細い影が、紅い光を纏って舞う。
周囲を飛び交う銃弾が全て、紅蓮の魔女の影をクレーターに刻み付けるだけだった。
そして、混線する通信が公共周波数で飛び込んでくる。
『そっちへ追い込め! ええい、すばしっこい!』
『的は小さい、AI補正で照準を絞り込め!』
『ああもう、お前ら邪魔だ! 近付いて格闘戦に持ち込めば……力こそパワーッ!』
迂闊な、と心中につぶやくカケルが見た光景。居並ぶモビル・モービルの中から、銃を捨てた一機が飛び出してゆく。周囲からの弾丸を器用に避け、真空をたゆたう砲煙の中で機体を躍動させていた。
なかなかの乗り手、腕のいいムーンランナーだ。
そのモビル・モービルは、振りかぶった手にナックルガードをオートでかぶせ、全力でオーバーハンドのパンチを繰り出した。
そして、誰もが息を飲む。
息を飲んで、呼吸を忘れる。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
『う、うそだろ……セダンフレームの500psだぜ?』
『馬鹿な! 質量差が……はっ! そうか、月面の重力が!』
『いやでも、それでも説明がつかねえ』
カケルはただ見たままを理解した。
少女然とした小さなモビル・モービルが、片手で大人のような体格のパンチを受け止めていたのだ。しかも、そのすらりとした立ち姿は全く微動だにしない。
なんらかの慣性制御システムか、あるいは重力コントロールか。
否、単純に紅き堕天使のパワーが相手を上回っているのだ。
『……機体照合。トライスター社製、シュペリオンGX-Zと確認。……わたしの、お姉さま? 推定出力300ps以上、オーパーセンテージ78%』
「所有法制ギリギリじゃないか。そうか、あれもオリジナル世代」
――シュペリオンGX-Z。
それが、朱色に輝く女神の名だ。片手で軽々と大型車のパンチを受け止めた、その瞬間にはもう懐に入ってツインアイが光る。女性的なシルエットを裏切るように、シュペリオンは両腕で高々と相手を持ち上げてしまった。
地球が光り輝く漆黒の空に、じたばたともがくモビル・モービル。
それを容赦なく、シュペリオンは遠くへと投げ飛ばした。
その反動でハイウェイへと跳躍するなり、右の前腕部に装着した小型ビームガンで弾幕を張る。土砂が巻き上がる中で、走り去る赤い光が影を引いた。
「信じられない、あれがランねえ……」
「あんの、馬鹿姉! カケル、追いかけるよ!」
『マスター、舗装路に戻ってモービルモードへ。オートで変形します、ハンドルを』
呆気に取られる周囲のムーンランナーを尻目に、再びハイウェイに戻ってオリュオーンが変形する。ホップ、ステップ、ジャンプの要領で大型トレーラーの頭上を追い越し、着地と同時にモービルモードへ。
次の瞬間には、アルの鼓動が唸りをあげて全力全開で光をまき散らす。
タキオンの排輝を残して、再びオリュオーンは走り出す。
その先にまた、何機かのモビル・モービルが追いかける赤い星。
彗星のように、ランは分岐するハイウェイの片方へ消えた。
「大江戸じゃなく、あれ? あっちの方は」
「リージョン箱根方面だ! 峠の登りでもパワーでねじ伏せる、ランねえってそういう女の子なんだよ、カケル!」
「それは知ってる。昔からいやというほどね」
そして、嫌でもなかったし嫌いになれなかった。
小さなころからカケルたちのリーダー格で、一つ年上のお転婆な少女。女だてらに喧嘩も強いし、いじめられてるアルクを見ればスッ飛んできて助けていた。
数のふりも構わず一人で殴りこんで、最後は泣いたアルクが一番強いという定番の流れ。
さすがは、キラウラ姉妹の兄の方と呼ばれるだけはある。
「アル、あのモビモビの……シュペリオンのスペックをアルクに」
『了解。現在復旧を終えたメモリないの暫定的な情報ですが』
「こっちに回して! なにがなんでも馬鹿姉を止めなきゃ!」
そうこうしている間に、先を走る数機のモビル・モービルが近付いてくる。
彼らが遅いのではない。
カケルのオリュオーンが速すぎるのだ。
その速度領域はすでに、真空の宇宙にタキオンの尾を引いて馳せる。
「まず、一つ。次に――」
背後から静かに、モービルモードでオーバーテイク。抜かれたことさえ気付かぬ相手が、オリュオーンの背後に飛び去ってゆく。
「二つ、そして三つ、っと」
カケルの走りはクールだった。純粋に速さで、車のパワーと腕との結晶で次々とムーンランナーたちを追い越してゆく。
そして、その先……分岐して山岳地帯へ続く道の先に、紅い影が飛ぶように走るのだった。
- TIPS -
・機動警察
多発するモビル・モービル犯罪に対抗する国際組織。
日本管区では全てのリージョンに警察署が存在する。
彼らのモビル・モービルは「パトモービル」とも呼ばれた。
ムーンランナーを狩るモノクロームの獣たち。
恐るべきハイチューンドも配備していると聞くが……?




