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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.02「紅蓮の魔女」
14/15

ワルプルギスの夜が始まる

――ワルプルギス。


リージョン横浜の硝子の夜空が、プログラムミスで浮かべた紅い月。


紅蓮の魔女が走り出す時、魔女狩りの夜が始まる。


宴か祭か、その狂奔……走りに魅入られた者はもう、逃げられない。

 騒がしくも賑やかな夜がまた始まる。

 いつもの宇宙港の波止場(はとば)は、無数のモビル・モービルの排輝音(はいきおん)で沸騰している。

 そんな中でカケルは、アルクやリョウヤ、アルと一緒に自動販売機前にたむろしていた。この場所では決まったルールや書面化された法はないが、なんとなく誰もが自分たちの居場所を持っている。

 それがたまたま、カケルたちにはこの古びた自動販売機前という話だった。


「それにしてもアルちゃん、よく食うねえ! 俺、食べっぷりのいい女の子は大好きよん?」

「だそうです、マスター。……食べすぎでしょうか? たこ焼き、凄く美味しいです」

「タコヤキ? 火星人(かせいじん)焼きだろ? なあカケル、この子やっぱり変じゃないか?」


 先ほどからアルは、一生懸命に火星人焼きを頬張っている。

 それが300年前はたこ焼きというB級グルメだったのだと、カケルは補足を付け足した。


「昔、地球の海にタコっていう生き物がいてね。それが火星人に似てるって、創作物では定番なんだ。だから、合成タンパクで作られたこれが火星人焼きって訳」

「おっ、そうなのかよ。海かぁ……まあ、リージョン千葉とかの人工海岸でも全然かまわないけどな。ゴールデンウィークの予定、今組んでんのよ」

「ん、いいね。一応あそこ、過去の地球の生態系を残す意味もあるんだけど」


 アルクも海水浴に目を輝かせる。リージョン千葉は遠出というには割とお手軽だし、日帰りでも行ける距離だ。そして、人工の海で300年前の生態系を保存し研究している常夏のドーム都市である。

 さて、そうなると足が……モビル・モービルが必要になる。

 カケルのオリュオーン911-TSは2シーターだし、さてと考え込むと……ニヤニヤとリョウヤが笑った。


「ま、モビモビは俺様に任せなって。……ふふふ、今こそバイトで稼いだお賃金を解放する時!」

「おちんちん? マスター、ご友人は選んだ方がいいと助言します」

「アルちゃんさあ、その……ま、いっか。そういう訳で――うおっ、眩しい!」


 突然、ヘッドライトの光に包まれるカケルたち。

 それも一瞬のことで、目の前に真っ白な流線形が停車した。なめらかな曲線に独特のエンジン音……RDX-7サイファーから一人の男が降りてくる。

 一流ムーンランナーたちを束ねるチーム『ヴァルハラ』のヘッド、タイジだ。

 彼は寡黙で高圧的だが、とある理由もあってカケルたちには割とフランクだった。それでも、公道でバトルする時は優男(やさおとこ)の印象が豹変する。このリージョン横浜では最強最速のムーンランナーの一人だった。


「よぉ、ボウズ。確か、カケルだったな。ミサキは来てないのか?」

「まだ見てないですね」

「ってかあさ、タイジさん! 俺の姉貴ってそんなにいいすか?」


 タイジは「言わせんなよ」と小さく笑った。いつも緊張感に満ちた走り屋の見せる、本音の本心に包まれた微笑(ほほえ)みだった。

 確かにカケルも、姐御と慕うミサキの魅力は知り尽くしている。

 いつも弟のリョウヤと一緒に、自分を実の姉のようにかわいがってくれるのがミサキという女性だった。


「ま、少し流してくるか。邪魔したな、ボウズたち。……今夜も死ぬんじゃねえぞ。じゃあな」


 再び愛車で去ろうとするタイジを、突然アルクが呼び止めた。


「ちょっと待って、タイジさん! その子、変な音出てる! アルもわかるよね?」

「エンジンルームに異音を探知」

「あ? なんだって? 俺のサイファーがか? って、おいおい、お嬢ちゃん!」


 あっという間にアルクは端末を取り出すと、ボンネットを解放してしまった。

 そっと横から覗き込むと、カケルも思わず息を飲む。

 限界チューンドの、その心臓部。

 まるで宝石のように、ロータリーエンジンがタキオンの光に包まれていた。


「ったく、勝手に開けちまって。で? 変な音だって?」

「タイジさん、この子……あっ、見つけた! エンジンのマウントフレームにクラック。この程度のひび割れなら今はいいけど」

「……参ったな。流石(さすが)はキラウラモータースの秘蔵っ子って訳だ」

「多分、走り続けてけばもっと大きく割れるよ。最悪、エンジンがセンターシャフトとずれちゃうかも。応急処置しておくから今日はレッカ―呼んでね、タイジさん」

「へいへい」


 タイジは苦笑しつつ肩をすくめる。

 そして、エンジンルームに矮躯(わいく)を乗り出すアルクを横目に、カケルの隣にやってきた。彼は携帯端末で自販機からコーヒーを買うと、そっと隣で作業を見守る。


「俺としたことが……あやうく愛車をオシャカにするところだったぜ」

「大事に乗ってるんですね、サイファー」

「ああ。見れる部分は全部自分で手を入れてる。けどまあ、おおむねショップ任せだったからな。馴染(なじ)みのショップは皆、熟練のチューナーばかりなんだが」

「よかったじゃないですか、でも。小さな傷も気付かなければ、致命傷になりますよ」

「ああ、(キモ)に命じとくわ。……ところで」


 タイジはコーヒー片手に、ふと神妙な顔になった。

 それでカケルも、リョウヤと一緒に緊張して固まる。完全に『蛇に睨まれた(かえる)』だったが、不思議と敵意は感じない。バトルでの荒々しい運転が嘘のように、(おごそ)かとさえいえるような穏やかさだった。


「あ、姉貴なら、えっと」

「ミサキの話はいい。また次があるからな。で? お前らはなにか聞いてないか? 例の魔女……紅蓮(ぐれん)の魔女。真っ赤なバイクフレーム、それもオリジナル世代のアンティークだ」


 カケルは一瞬、どきりとした。

 それが顔に出てないかと、思わずリョウヤを見やる。リョウヤもひきつるような笑みを浮かべて、冷たそうな汗をかいていた。


「……いえ、特になにも。ただ、昨夜リージョン大江戸で見ましたよ」

「ほう? それで、どうだ? バトったか?」

「向こうはもう、そういう雰囲気じゃなかったです。タイジさんたちは昨夜は」

「悔しい話だが、逃げられた。モビルモードでの戦闘にすらならかったぜ」


 悔しいとは言葉だけで、まるで少年のような瞳をタイジは輝かせる。ここにもまた一人、月面のスピードに魅せられた、ただのムーンランナーがいた。

 隠し事は後ろめたいが、まさか幼馴染(おさななじみ)が魔女の正体だとも言えない。

 身元が判明してしまえば、ランの日常生活は崩壊してしまうだろう。残り僅かなムーンランナーとしての時間が、相次ぐバトルの挑戦で塗りつぶされてしまう。

 そうこうしていると、オイルで汚れた手を拭きつつアルクがやってきた。

 そっと優しくサイファーのボンネットを閉めて、アルも無表情で続く。


「とりあえず、自走は駄目。絶対にレッカ―呼んでね? いい? タイジさん」

「一つ借りができたな。礼を言うぜ……お前らしっかし、ホント物怖(ものお)じしないよな」

「タイジさんのことは怖いよ? でも、悪い人じゃないのは姐御から聞いてる」


 一瞬、タイジがピクリと眉を動かした。

 そして、携帯端末を再度取り出す。


「ま、まあ、そのうち礼をすっからよ。RINE(ライン)のアドレスでも、どうだ?」

「ほへ? ああ、お礼なんていいのに」

「まあ、そう言うな。もらえるものはもらっとけ。……で、ミサキともつるんでるよな、お前ら」

「……あ、やらしい顔した! まあ、RINEくらいなら……けど、キューピット役とかはアタシたち、ごめんだからね!」


 なんだか妙な流れで、タイジの個人的なRINEアドレスをみんなで共有することになった。きわめて一般的なSNSで、月での普及率はほぼ100%だ。つまり、古い言葉で言えば突然有名チームのヘッドとメル友になってしまったのである。


「なにかあったら連絡くれ。そ、その、まあ、ミサキのことは気を遣うな。全然、いや、ほんのちょっとしか期待してねえからよ」

「ふふ、ゾッコンなんだね! タイジさん、ちょっと可愛いとこある」

「よせよ、ガラじゃねえ。……ん? あれは」


 不意に周囲が、しんと静まり返った。

 誰もが言葉を失う中、居並ぶモビル・モービルの音だけが無数に響く。

 規則的なその音の向こうに、真っ赤な影が立っていた。

 真紅のバイクフレームにまたがり、一人の少女が港の入り口に佇んでいた。フルフェイスのヘルメットで顔は見えないが、カケルにはすぐにわかった。

 ランだ。

 挑戦的な視線で港を見回し、そしてその場でスピンターン。

 あっという間に、紅蓮の魔女は走り去った。だが、まだ全開ではない……ついて来いとばかりに、その姿はハイウェイに消えた。

 瞬間、ムーンランナーたちの本能が爆発する。


「魔女だ、今夜も出やがった!」

「デカいケツ振り回しやがって、今日こそ撃墜してやるっ!」

「おう、三台一組で確実に仕留めるぞ! 出るっ!」

「『ヴァルハラ』ばっかりにデカい顔させんなよ! 魔女狩りの始まりだ!」


 あっという間に、無数のモビル・モービルが飛び出してゆく。

 それをタイジは、目を細めて見守っていた。


「……ついてねえな。今日の俺は走れないっていうのによ」


 そう言ってコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に放る。わずかに逸れてアスファルトに転がったが、ゴミ箱側がアームを伸ばしてそれを飲み込んだ。

 そうしてタイジは、ポンとカケルの胸を叩く。


「いけよ、ボウズ。カケル、だったな……お前もムーンランナーなら、この夜を逃すな。同じ夜は二度とこねぇぞ」


 意外な言葉に、初めてカケルは気付いた。

 自分もまた衝動にかられて、飛び出しそうになっていたことに。すぐにアルクが腕に飛びついて、そしてアルと共に走り出した。


「じゃあ、タイジさん! 絶対にレッカ―ね! リョウヤも、また明日!」

「つーわけでタイジさん。レッカ―呼びますけど……姉貴の話でもします?」

「……詳しく。た、例えば、そうだな。飯に誘うなら」

「ああ、それなら断然――」


 タイジたちの声が背後に遠ざかってゆく。

 そして目の前には、白銀に輝くオリュオーンが待っているのだった。

- TIPS -


・RDX-7サイファー

タイジの愛車で、非常に珍しいエンジンのモビル・モービル。

タキオン粒子をピストン運動ではなく、回転運動で回す…

いわゆるロータリーエンジンと呼ばれるタイプのFRだ。

タイジの驚異的な運転で、走りもバトルも無配を誇る。

リージョン横浜の全ムーンランナーが憧れる限界チューンドだ。

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