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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.02「紅蓮の魔女」
13/15

親不孝なくらいがちょうどいい!?

へー、リョウカちゃんって本名なの? 源氏名じゃなくて?


ふーん、一児の母? え、そういう歳にはみえないけど……


息子が一人かあ、それが夜な夜なモビモビでねえ。


まー、俺も若い頃は随分無茶したしね! めざせ月面最速ってね!


でも、俺の時代には伝説のムーンランナーがいたからなあ。


最期はひどい事故で死んだらしいけど……今もよく覚えているヨ。

 カケルが帰宅すると、愛車のボンネットで猫が寝ていた。

 そう、アルだ。

 すぐにカケルは、自室で着替えを追えて玄関を飛び出す。その時にはもう、けだるげに人間の姿になったアルが、もそもそとエンジンルームに入っていくとこだった。

 もちろん、全裸である。


「もう出撃しますか? マスター」

「あ、うん。いい?」

「いつでも出られます。……でも、少しお腹がすきました」

「あー、そっか。因みに普通のモビモビはタキオンスタンドで粒子を補給するけど」

「なにか、温かくてふわっと甘じょっぱいものが食べたいです」

「ふ、普通にごはんでいいんだ。おっけ、港の屋台でなにかおごるよ」


 うんうんと真顔でうなずき、アルはエンジンルームへと消えた。同時に、ぶるりと身を振るわせオリュオーン911-TSに火が灯る。無害な排輝(はいき)がマフラーからキラキラとこぼれて、今すぐにでも走り出せそうだ。

 今日もいい夜になるといい、そう思って運転席のドアをあけると、


「ちょーっち待ってー! 街の方行くなら送って! ほらほら、偉大な母親の御出勤だよん!」


 母のリョウカがバタバタと出てきた。彼女もまたカケルと同じ、夜の顔を持つ者である。女手一つでカケルを育ててくれてる、夜の蝶……昼夜逆転生活をしているが、高級店のトップホステスである。

 化粧もドレスもちょっと派手目で、腕にはプレゼントされたブランド物の時計とバッグ。

 リョウカはスカートをつまんで階段を下りてきた。

 すぐにカケルは、助手席の方に回って手を差し伸べる。


「サンキュー! ちょっと寝すぎちゃって、遅刻しそうなの。……それにしても、凄い車に乗ってるのね。これが新しい息子の愛車、か。あ! 横の穴ボコ全部綺麗になってる」

「流体金属装甲だからね。自己修復機能もある程度は」

「ふーん、なんか結構カワイイ顔してるのね。どれ、よっこい、せっ! と!」


 ふわふわのキラキラで着飾って、リョウカは助手席に収まった。

 それでカケルも、改めて運転席に身を沈めてベルトをする。


「アル、ちょっと寄り道。安全運転で行くよ」

『了解。流れに任せてオートで走ります。ナビゲーションシステムに目的地を入力してください』


 小さな小さなアルが浮かび上がって、リョウカは目を丸くした。


「え、なにこれかわいい! 今の車って、こういうAIが乗ってるの?」

「ま、まあ、この車はそういうやつなんだ。えっと、母さんのお店は」


 自動運転でオリュオーンは、ゆっくりと街へ向かって走り出した。斜陽の残滓が象るリージョン横浜は、ビルの谷間に無数の人が息づいている。

 月面であることを忘れる1Gの重力に、CGの空を移す硝子のドーム。

 これがカケルのふるさとで、母と生きてゆく世界の全てだった。


「ふーん、オートで走るんだ。なんか、思ったより乗り心地いいかも」

「そう? ……父さんの車はどうだった?」

「そーれが酷いの! エアコンもオーディオもついてないのよ? 軽量化だって。乗り心地も最悪で、お尻が痛くなっちゃったわ」


 でも、父はそのモビル・モービルを大切にしていたという。夜になれば仲間が集まって、ストリートで走ったりガレージで改造したり。毎日がお祭り騒ぎだったとリョウカは語る。

 父の話をする時、母はいつもいつでも笑顔だった。

 喧嘩(けんか)した話さえもあっけらかんと笑い飛ばす。

 底抜けに明るくて優しくて、そんな母がカケルは大好きだった。


「やっぱ、カケルもモビモビ系の進路を考えてる感じ? あの人はそれ以外頭になかったけど」

「ん、そうだね。整備とかも面白いし、開発にも興味ある。でも、運転できる仕事なら運送業への就職なんかも考えてるよ」

「ま、大学までは任せなさいな! しっかりあたしが面倒みたげるから。その先は自分で頑張んなー? 母さんはねえ、育児が終わったら自分の店を持つために学校いくから」


 初耳だ。

 裕福な家ではないことは知っていたし、バイト代の半分は家計に入れていた。それでも、カケルを放任主義で自由に育ててくる母には、頭が下がる思いである。

 進路については大学も考えているが、少しでも早く就職したい思いもある。

 なにより、リョウカがそうであるようにカケルにも夢があった。

 あの地球の大地を走るという、途方もなく大きな夢が。


「ねね、カケル」

「うん? あ、時間おしてる?」

「ううん、大丈夫。でも、車もいいけど、本当に気を付けてね。……あの人なんか最期、骨も残らなかったんだから」


 モビル・モービルは市民の足、ムーンランナーたちの第二の肉体だ。

 同時に、300年前に生まれた兵器の末裔だということも忘れてはいけない。

 外の夕焼けに視線を放りながら、リョウカが自分に言い聞かせるように言葉を選ぶ。


「車が好きなら、車で死んじゃ駄目よ? あたしだって、お酒が好きだから飲み過ぎで身体壊したくないしさ」

「え、一応考えて飲んでたの? あ、あれで?」

「当たり前でしょ! お店はお客が飲むところ! そんなにだらしなくしてないんだから、あたし」


 そうこうしている間に、夕闇が周囲を包んでいった。その中に一つ、また一つとネオンサインの光が灯り始める。リージョン横浜は比較的都会で、歓楽街の喧騒は毎夜毎晩賑やかだ。

 務める店が近づいてくると、リョウカはコンパクトを取り出し化粧の最終チェック。満足げにうなずきパチン! とコンパクトを閉めて仕事の顔になった。


「あー、息子の車で出社するの、サイッコー! ま、進路のことはまたゆっくり話しましょ? ランちゃんみたいにプロのレーサーを目指すって道もあるんだしさ」

「……ランねえは、もう走らないよ。今は走ってるけど……走り終えるために走り尽くそうとしてる」

「なにそれ、詳しく! ……そういえば最近、顔みせないもんね。なにかあった?」


 少し迷ったが、カケルはランの事情を少しぼやかしつつ語った。自分の心にだけしまっておくにはあまりに重い事実だし、それはリョウヤやアルクも同じだろう。実の姉の心情を知るアルクなんかは、もっと辛いに違いないのだ。

 だが、人生の大先輩はふむふむと話を飲み込み、大きく頷いた。

 同時に、一際きらびやかな酒場の前でオリュオーンが停車する。


「ま、辛いわよね……でもほら、若いんだから! きっと、また走り出す。方向も道も変わっちゃったかもだけど、ね。昔からランちゃん、芯の強い子だし」

「うん。でも、ちょっと危なっかしいかな」

「それはあんたも同じ、で、しょ!」


 不意にハグされ、甘やかな香りが鼻孔をくすぐる。

 強く抱きしめ頭を一度撫でてから、リョウカは離れた。

 同時に、店の黒服がドアをあけ、手を差し伸べる。そのエスコートで夜の街に舞い降りた蝶は、一度だけカケルを振り返った。


「今夜も無事に帰ってくるのよ? 死んだらぶっ殺すからねー?」

「ん、約束はできないんだけど」

「いーから約束! あんたの人生はあんたのものだけど、大人になるまでは生きてよねぇん」


 それだけ言って、リョウカは行ってしまった。

 その背を見送り、カケルは溜め息を一つ。

 リョウカが言う通り、自分はまだまだ子供、高校生のガキだ。親に養われ、自分の好きなことに没頭し、命を賭けてまで走っている。

 ムーンランナー、それは公道のならず者。

 ルール無用のバトルを繰り返す、無法者でもあるのだ。

 その自覚はあるし、否定しない。

 カケルはそれでも、公道での真剣勝負に強く強く惹かれていた。


『マスター、昨日の港でいいでしょうか。引き続きオートで運転を継続』

「……ふう。頼むよアル。なんか、早く大人になりたいよね」

『マスターは15才、この時代ではまだ大人ではないのですか? 300年前ならすでに徴兵されている年代ですが』

「親の(すね)かじって、夜な夜な暴走行為……お子様なんだよ、まだ。それがでも、今の僕なんだ」


 自分の在り方を常に疑い、その都度(つど)肯定してゆく。

 モビル・モービルでのバトルの、その先にあるなにかへ近付いている感触はあった。それがなにかはわからないが、答は公道にしかない。

 自分の中の青い若さが、今はそうなんだと強く訴えかけてくるのだ。


「親不孝な息子になっちゃったかもなあ」

『マスター、記憶の復旧率は六割ほどですが、300年前に比べて月は平和です』

「そ、なにも夜な夜なモビル・モービルで走り回る必要はない」

『必要もなく、違法でもあります。でも、マスターはそれを求めている……人間は時々、そういう矛盾した思考の中で間違いを選択することがあります』

「そうなんだよなあ」


 自分でも愚かしいことを承知で、それでもスピードに取りつかれて今夜も走り出す。

 無数の想いが錯綜(さくそう)する、空気の壁のその向こう……月面のハイウェイ。モビル・モービルがその真の姿へ変形する本物のガチバトルだ。

 それをカケルは求めている。

 衝動が抑えられない。


「ま、平和な時代のお遊びかもしれないけどさ。……僕は、走る」

『わたしはマスターの所有物です。マスターの命令に従うのみです、が』

「が?」

『今の時代のモビル・モービルに対して、わたしが圧倒的に優位だということを覚えておいてください。まだまだ完調状態ではありませんあ、自信あります!』


 珍しく、小さなアルの立体映像が身を乗り出してくる。

 彼女なりのフォローと励ましだと思うと、自然とカケルも心が軽くなった。

 そうして二人を乗せたオリュオーンは、宵闇(よいやみ)の中を星のように駆け抜けてゆくのだった。

- TIPS -


・山猫亭

カケルの母リョウカが勤めている高級クラブ。

安くてもボトル一本10万エンとか、そういうとこ。

当然、客層も政財界の大物から大企業の重役まで様々。

リョウカは山猫亭の指名ナンバーワンホステスである。

なんとかギリギリ母一人子一人(と猫一匹)で暮らしている。

バカスカ稼げているが、死んだ夫の借金もあったりするのだ。

当然、モビル・モービルやその改造費、パーツ代である。

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