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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.02「紅蓮の魔女」
12/15

女神のうたたね、魔女の秘密

放課後、それは二つの日常を隔てる時間。


もうすぐ誰もが、夜の街へと走り出す……


互いに昼の顔も知らず、名すらもわからぬ中で命をかける。


法に背いても掟は守る……それが走り屋、ムーンランナー!

 結局、リョウヤは午前中の授業を全てサボった。

 午後になって顔を出した彼を、カケルもあくび交じりに迎える。そこからはいつもの二人だったが、午後の眠気には心底参ったし、うつらうつらとした一瞬もあった。

 それでもどうにか、カケルは新しい夜へ向かって学業をやりとげたのだった。


「ああ、足回り? いいぜ、俺がみてやんよ」

「助かるよ、リョウヤ。いつも思うけど、チューンドカーに乗らないのに足回りのセッティングだけは抜群に上手いよね」

「んー、俺ちゃんってばセンスがあるのよね、センスが」


 二人は放課後、図書室へと向かって校内を歩いていた。

 今日は部活が休みらしく、リョウヤも一緒についてくる。


「なんていうのかなあ、イメージ? 詳しいことは俺だってわからないけどさ」

「うん。いつもイイ感じだよね。実際、数字に出てるし。……あれ?」


 図書室の前に人だかり。

 大勢の生徒が男女を問わず、ひしめき合って図書室を覗いている。ざわめきながらも皆、うっとりしたような表情で目を細めている。

 それでいて、図書室には入ろうとしないから不思議だ。

 そしてなんだか、ちょっと気味が悪いというか、気持ち悪い。


「はぁ……てぇてぇ! ずっと見てられる」

「シッ! 声がデカいっての。もう、お姉さまが起きちゃったらどうするのよ」

「しっかし、あの姫でも居眠りなんてするのな」

「俺、マジで図書室の壁になりたい……ずっと見てられる」


 カケルは自然とリョウヤに視線で問いかけたが、彼は肩をすくめるだけだった。

 いったいなにが……と思っていると、聞き覚えのある絶叫が小さく響いた。


「こらーっ、解散! 解散っ! ほら、散って散って!」


 アルクだ。

 彼女は伸ばした髪をなびかせながら、小さな体でポテポテと駆けてくる。珍しく怒りの表情が浮かんでて、カケルは少し驚いた。

 昔から、キレたアルクは結構怖い。

 泣いてから強いタイプの女の子、それがアルクだった。

 慌てて皆が皆、口々になんかを呟いて去ってゆく。アルクは半ば(あき)れたように溜め息をこぼして、そこでようやくカケルたちに気付いた。


「ああ、カケル。ついでにリョウヤも。……二人も野次馬(やじうま)根性なんだ?」

「おいおい、俺はついでか? って、野次馬?」

「ちょっと図書室で本を探そうと思っただけなんだけど」

「そう。な、ならいい! ……よかった。クラスの子に聞いた時はびっくりしちゃって」


 意味深にはにかむと、アルクはそっと静かに図書室へ入る。

 午後の西日が差し込む中、大勢の生徒たちが見惚れていた光景が目の前に広がった。


「ランねえ……あ、あれ? 寝てる?」

「なるほど、連中これを見てた訳だ」

「ちょっと、お姉ちゃん! いいの? 学園のマドンナが……ほらっ、起きてっ!」


 だが、アルクが身をゆすってやってもランは安らかな寝息を響かせ机に突っ伏している。かすかに上下するその身体が、昼下がりの午後に規則的なリズムを刻んでいた。

 あの優等生、学園でもえりすぐりの美少女が……勉強中、睡魔(すいま)に屈したようだ。

 確かに寝てても、眩い美貌は全く変わらない。

 それどころか、妙な親近感すら感じてしまう。


「ランねえも夜更かししたのかな? 僕も今日は眠くて眠くて」

「ボクもちょっと……しっかし、なんでこんなとこで寝ちゃうかな。ねえ、お姉ちゃ――!?」


 その時、小さな声が走った。

 どこかで最近聴いたような、妙に不遜で古式ゆかしい言葉遣いだった。


「我がマスターには、もう少し寝てもらうがよいぞ?」


 小さな白い裸体が、ふわりとランの赤い三つ編みから飛び出してくる。宙へと浮かぶその姿は、まるでファンタジーに出てくる妖精のようだった。

 その証拠に、手のひらサイズの彼女は背に四枚の翅が生えていた。


「……トライスター社製、オリジナル世代のエンジン、だよね? タキオン粒子生命体」

「その通りぞ、少年。我はセレーネ、紅蓮(ぐれん)の魔女の(しもべ)じゃ」

「は、はあ。昨夜はその、どうも。でも、それって」

「うむ、マスターは正体を隠したいらしいがのう。まあ、その辺はあまり詮索してはおらん」


 巷で噂の紅蓮の魔女、その正体が速攻でバレた。

 キラウラ・モータースにあった大型二輪は、カケルのオリュオーンと同じオリジナル世代のバイクフレームだったのだ。そのエンジンが彼女、セレーネという訳である。

 彼女はなだらかな胸を反らして、隠す様子もなくぼんやり輝いて笑う。


「お姉ちゃん、なにして、なんで……もうモビモビには乗らないって言ってたのに」


 その話はなぜか、カケルも聞いている。

 ただ、理由だけがわからなかった。

 一つ上の幼馴染(おさななじみ)は、昔からバイクフレームの運転センスが抜群だった。リトルリーグのサーキットでなんども表彰台の高みにのぼり、いずれはプロ入りかとさえ言われた時期が確かにあったのだ。

 だが、そんなランが突然モビル・モービルに乗らなくなった。

 飽きたとか、勉強優先だとか、理由はぼかして疎遠になったのだった。


「……傷、痛い癖に」


 ぽつりとアルクが呟いた。

 初耳で思わず「えっ?」とカケルは振り返り、リョウヤと顔を見合わせる。

 どうやらアルクは真相を知っているようだった。


「ちょっと前、かな……サーキットでラフなやり取りがあって、転倒したの」

「初耳だぜ、なあカケル」

「うん。ちょっと詳しく聞いていいかな? それと、セレーネ。君は知ってて彼女を乗せてるのかい?」


 当然! と言わんばかりにフンス! とセレーネは鼻息も荒くドヤ顔だ。

 そしてアルクは話し出す……口止めされていた真実を。


「右足がね、駄目なの。酷い怪我で……知ってる? お姉ちゃんの右足、義足なんだ」

「……気付かなかったよ。そんなに」

「いつも黒タイツだからなあ、ランねえさ。前から太ましいとは思ってたけどよ」


 そしてラン・キラウラは勝負の世界を降りた。レースの舞台を去った今、学園のアイドルに祭り上げられながらも……それでも、走ることがやめられない。

 さりとて、もう家族には心配をかけたくないのだからと笑ったそうだ。

 彼女は今、ムーンランナーとして残された少ない時間を燃やし尽くそうとしている。そうして燃え尽きてもいいように、最高のマシーンを手に入れて。


「我はマスターを乗せて、走る。我が(あるじ)の想いこそが、我の胸を熱く焦がすのじゃ」


 そういうセレーネが、そっと赤い三つ編みの中に潜り込む。長い長いその髪の先端で、その輪郭はほどけて小さなリボンになった。

 同時に「ん、んっ……」と鼻から抜けるような声と共にランが目を覚ます。

 ――紅蓮の魔女、覚醒。

 カケルは目くばせして、リョウヤと共に知らないふりを決め込むことにした。


「あ、あら……? 私、寝てた? って、カケル君。リョウヤ君も」

「おはよ、ランねえ」

「どもッス! すげー人だかりできてたぜー? よっ、学園の女王様!」


 リョウヤの軽口に小さく微笑みつつ、否定はしないのがランという少女だった。鋼のメンタルとでもいうのか、昔から芯が強くはねっかえりで自信家なのだ。

 その彼女が、公の場で走るための身体をすでに失っている。

 300年前のロストテクノロジーならば、再生医療によって生身の足を取り戻すこともできただろう。だが、今では科学的に不自由ないレベルの義足を作る程度が関の山だ。そして、そんな足ではバイクフレームには乗れない。

 以前のように乗りこなせない。

 それでも彼女は、走れなくなるまで走るつもりなんだろう。


「まったく、その自信ってどこからでてくるのさ。馬鹿ねえ、おっぱいゴリラ!」

「なによ、なに? アルク、ゴリラはともかく、誰が巨乳大根脚(だいこんあし)ですって?」

「……そこまで言ってない。そ、それより!」


 その時だった。

 すでに傾いた日の光は、帰宅を促すチャイムの音を連れてくる。

 もうすぐまた、夜が始まる。

 カケルたちムーンランナーにとっての、もう一つの日常……その中で今、一度きりの夜へと飛び出してゆく。カケルたちに事情を知られたとは想いもしないのだろう。ランは三つ編みを指でいらいながら参考書を片付け始めた。


「そうそう、カケル君? キミ、あんまし危ない橋は渡らないことね。アルクが一緒の時は特に。よくて?」

「約束は、できませんよ。約束して破るのも、嘘をつくのも嫌だから」

「……昔からそういう子よね、カケル君。ま、せいぜい気を付けるのね。私は――」


 一瞬言いよどんでから、再度言葉を選ぶように、自分に言い聞かせるようにランは小さくつぶやいた。


「私は、降りた人間だから。とてもじゃないけど、ついてけないわ? チームだ走りだなんだって、結局暴走行為じゃない」

「そうだね。けど……ルール無用のバトルでも、モラルやマナーはある。ちょっぴり道交法違反だけど、そういうイリーガルなストリートに魅力があるんだ」

「……そうね。麻薬のような常習性っていうのかしら。そういうのは確かにあってよ」


 多分、今夜も紅蓮の魔女は舞い降りる。

 顔を隠し、名を偽り、そして日中の嘘の自分を脱ぎ捨てるために。

 次また今晩会えば、そこから先は真剣勝負だ。

 お互い、幼馴染であろうと容赦はしない……少なくとも、走りでランが妥協したことなどなかった。だから今も、鋼の足を引きずる様子も見せずに暮らしている。


「ま、あれだな! 今度のゴールデンウィークにでもみんなで遊びに行こうぜ?」

「あっ、それいいね! カケルもお姉ちゃんもさ、おしゃれして」

「そうそう、あとは……イカした車があればナンパもみなぎるんだけどナ!」


 そう言ってリョウヤが笑うと、自然と誰もが笑顔になった。

 そして、互いに秘密を抱えたまま、リージョン横浜は夜の帳に包まれてゆくのだった。

- TIPS -


・横浜第三高等学校

リージョン横浜にいくつか存在するハイスクールの一つ。

取り立てて進学校でもなく、スポーツ強豪校でもない。

ただ、古き良き日本の男女共学校を意識した教育制度は好評だ。

……だが、誰もしらない……誰が夜の顔を持つムーンランナーなのかを。

因みにもちろんだが、深夜のバトルがばれたら低額、場合によっては退学である。

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