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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.02「紅蓮の魔女」
11/11

誰もが眠い朝

月の都市群に日が昇る。


深夜の限界バトルを終えた者も、そこで終わった者も、等しく。


ここは月面、それも地球側の日が当たる場所。


あらゆる国家が企業主導で、リージョンと呼ばれる都市群を形成していた。


もう、戦争はない。……できない。月面に住む人類にその余裕はない。


それでも、本能的な闘争心を若者は車に……モビル・モービルに賭ける!

 朝の渋滞に満ちた幹線道路は、リージョン横浜の硝子(ガラス)の天井にクラクションを響かせる。

 その喧騒の中を、睡眠不足のカケルは飛んでいた。

 エアボードに限らず、個人が利用する乗り物は空中浮遊型が多い。ただ、物流を担うトラックなどはエネルギーの効率なども考慮すると、結局はタイヤで地面を走る方が理想的だった。

 そして、カケルは眠い目をこすりながらエアボードを操る。

 正直、いつになっても乗りなれないこの板切れが少し苦手だった。


「ふわふわして落ち着かないんだよね……ん? あれは」


 それでもカケルは自分で動いて加重を傾ける。

 その先に、二人乗りのエアサイクルが浮かんでいた。ようするに空中自転車、ただし空中スクーターといった(おもむき)の方がしっくりくる名前だ。それに乗っているのはカケルの幼馴染で凸凹(デコボコ)コンビで有名なキラウラ姉妹だった。

 ランがハンドルを握り、その長身にアルクが張り付いている。


「おはよう、ランねえ。それにアルクも」

「あら、カケルじゃないの。おはようなのだわ」

「うーっす。おーはよーおー……Zzzz」


 ついさっきまで一緒だったアルクは、かなり重度の睡眠不足らしい。太ましいのにそこだけくびれて細いランの腰に抱き着いて、そのまま今もうとうとしている。

 そのランも、口に手を当て大きなあくびをしていた。


「お互い眠くてしょうがないみたいだね。アルクとは昨夜一緒だったけど、ランねえは? 勉強?」

「まあ、社会勉強みたいなものよ。けど、よくて? あまりアルクを夜遊びに連れまわさないでほしいわ」

「お姉ちゃん、それもう今朝だけで百回は聞いた……パパだってOKって言ってるじゃん~」


 確かに、夜な夜な命がけのバトルをしているカケルに、常にアルクが付き合っているのは姉から見れば心配だろう。

 だが、カケルは本気だし、自分も本気だというアルクを信じて頼りたい。

 自分の運転ミス、操作ミスで一緒に爆散すれば、死体どころか骨も残らないだろう。

 それでも、走りに魅せられた人間たちはどうしよいうもないのだ。

 生死を分かつバトルの中にしか、熱い魂の燃焼を感じられない。

 それがランには、違法者の無頼漢に見えてるのだろう。


「まあ、いいのだわ……カケルの腕ならアルクも大丈夫だと思うし」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、僕は……できれば誰も隣に乗せたくない」

「そう言っても、はいそうですかと降りる子じゃないでしょ? アルクって」

「うん、そうなんだ。あと……新しい目標ができたんだ」


 カケルは短い睡眠のあとでアラームに起こされ、ネットのニュースを片手に朝食を取った。もちろん、正規のチャンネルではなくアングラの(たぐい)の闇ニュースである。

 この月のムーンランナー全てが見ている、機動警察の巡回情報や昨夜の事故、そして帰らぬ人になった人数、新車や最新パーツのコマーシャルなんかもあるやつだ。

 その番組で今朝、大々的に真紅のバイクフレームを駆る謎の女が話題になっていた。

 ――紅蓮(ぐれん)の魔女。

 それがとりあえずつけられた彼女の名らしい。

 昨夜接触して、カケルも心胆を寒からしめるような想いに震えた。

 オリジナル世代のバイクフレーム、オリュオーン911-TSと同じトライスター社が作り上げた本物の戦闘マシーン。


「ランねえ、僕さ……昨夜、会ったんだよ。その、紅蓮の魔女? 赤いバイクフレームに」

「そ、そう。あまり無茶してのめりこまないことね」

「わかってる。頭ではわかってる。でも、気になるんだ。……バトルがしたい」

「男の子って、そういうとこなのよねえ。ふふ……でも相手もまんざらじゃないかも、ね」


 ランがエアサイクルの高度を落とした。

 眼下に、通いなれた学校が見えてくる。

 ぐんにゃりとして荷物になってるアルクが、うー、あー、とうめきつつも一生懸命言葉を形にしてきた。彼女の声が象る意味は、すぐにカケルの導火線に火をつける。


「昨夜の傷はさあ、自己修復で直るとして……まず、ボディに手をいれたいんだあ」

「そうなんだ。因みにオリュオーンのボディって」

「オリジナル世代の今は失われた技術、流体金属装甲も一流品だけど……補強は必要かな。兵器である以前に、最速の走りを目指す車なんだからさー」

「足回りもまた、リュウヤに頼もうかな……まだちょっと、ふらつく感じが」

「しゃーないよぉ、あの子エンジンが後輪の後ろにあるんだもん。アタシだったら怖くて踏めないよ、踏み込めない……そりゃ、普通の速度ならいい子だけどさ」


 通常のモビル・モービルは、モービルモードに変形した際にフロント部分にエンジンが搭載される形になる。また、高級なピュアスポーツを歌う一部のモビル・モービルは車体の中央にエンジンを搭載、いわゆるミッドシップ機構を採用していた。

 だが、オリュオーンは違う。

 一番重いパーツであるエンジンが、一番後ろに搭載されているのだ。

 いわゆる、RR……リアエンジン、リア駆動というスタイルである。

 爆発的な究極のトラクションと加速を得た反面、ハンドリングは危うい。

 スピードを出すほど、加重がリアに寄って前輪の手応えが消えてゆくのだ。


「ほら、ついたわよアルク。今日はちゃんと授業うけるのよ? よくて?」

「ふあーい、わかりましゅた……眠い。カケル、一時限目ってなんだっけー」

「第二選択の言語だよ。僕は英語だけどアルクはドイツ語だよね? 別の教室だ」

「んあー、グーテンモルゲーン! めんどい、眠い、ふけて逃げたい」


 まるで液体になったようなだらしなさで、姉の背中に抱き着いてアルクはぐんにゃりしていた。それをひっぺがすようにして、エアサイクルから降りたランが妹を立たせる。

 本当に、血の繋がった姉妹にはとてもみえない。

 そのランも、あくびを噛み殺しつつアルクの背を押した。


「ほら! しゃっきりなさいな! ……ごめんね、カケル君。苦労を掛けるけど」

「いえ、大丈夫ですよ。あとは僕が教室まで連れて行きますから」

「そ、ありがと。ふふ……カケル君、キミは変わらないね。ずっとあの日のままなのだわ」

「やだなあ、僕だってもう半分大人ですよ。ランねえにはいつでもあの頃の僕かもですけどね」


 ランはその言葉に眩しい笑みを見せて、駐輪場の方へ行ってしまった。

 そして、気付けば登校してきた生徒が男女問わずにその背中を見送っている。その中の一部は、カケルに妙な敵愾心を投げてきていた。

 でも、わかる。

 わかる気がする。

 カケル自身も不思議なのだ。

 幼いころから一緒だった、一つ上の姉のような存在。

 いつもいつでも、責任感が強く利発で明晰な美少女だった。

 体はデカいが心もデカい、そんなランへ誰もが憧れを抱くのは当然だ。


「さて、いきますか。大丈夫? アルク」

「ん-、駄目。一限目、フケてサボろうよ」

「だーめ。少なくとも僕はできない。母さんが学費を出してくれてるから、一生懸命勉強しないと」

「だーよーねー? ……昨夜、あのあとさあ。カケルに送ってもらってベッドに入ったんだけど」

「うん。眠れなかった?」

「寝てなんかいられなかった。あの子はアタシが仕上げる。300年前の遺物、オリジナル世代のマシーンだって……アタシの色に染めてやる。だからアルク」


 突然、ふらふらとしていたアルクがカケルの胸にポスンと額を当てた。

 すでにランが去って、周囲の目は二人を見ていない。

 だが、カケルはアルクを見ていたし、アルクもまたカケルを見つめていた。


「乗りこなしてよ……アタシが手を入れたマシーンを。あの子を、アタシと一緒に育ててよ」


 その時のアルクの目は、眠気にまどろんでいる濁りがなかった。澄んだ瞳は真っすぐにカケルを見つめていた。

 彼女はよたよたとカケルから離れると、それでもしっかりとした足取りで立った。


「その、なんていうか、アタシ……カケルと同じ夢を見てる」

「同じ、夢?」

「そう! カケルが地球の大地を走る時……隣にいたい。そこまでの道のりも、ずっと、ずーっと! 隣にいたい!」


 カケルは驚いた。

 そして、驚き方に乙女の恋心を拾えなかった。

 幼馴染で同志、速くて強いモビル・モービルに憧れていた。今、アルクも『いつか地球の大地を走る』というカケルの夢に初めて同調の気持ちを叫んでくれた・

 仲間だと思った。

 仲間としか思えなかった。

 でも、カケルの感激と歓喜は変わらなかった。


「嬉しいよ、アルク! いつか、いつか本当に地球の大地を走ろう!」

「スペアタイヤから全部、準備万端にしてね。アタシがチューンするから、あの子は地球に降り立っても最速、そして最強だよ!」

「……そうなるよう、ドライバーの僕は頑張るよ。さ、行こう。もうすぐ予冷が鳴る」


 そっとカケルは、アルクの手を取った。今までそんなことはなかったのに、今朝はそうするべきだと思えてならなかったのだ。そうして手に手を取って、指と指とを絡ませあいながら、二人は遅刻寸前の教室へ向かって走るのだった。

- TISP -


・大地球戦争

正確な記録はすでに失われて久しい。

これが第何次の世界戦争だったかの記憶もあやふやである。

ただ、地球人は過去最高の愚かで苛烈な戦争を演じた。

結果、地球は生存不可能なレベルで荒廃し、滅びに瀕した。

人類は地球の自然的な再生を願って、月に移住したのである。

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