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ルナティックGT!  作者: 長物守
ACT.02「紅蓮の魔女」
10/11

帰るべき朝

眠らない街、リージョン横浜に朝が来る。


その日の光を今朝、迎えられなかった命があった。


今日も月のどこかで、スピードの狂気、バトルの狂奔に飲み込まれて――


名も知らぬ誰かが、何人かのムーンランナーが散っていったのだ。


それでも、カケルは再び走り出した……帰るべき朝を何度でも迎えるために。

 リョウヤと合流して小一時間お茶をして、リージョン横浜郊外の自宅にカケルが戻ったのは朝の四時だった。もはや定番になりつつある朝帰りだが、この時間はさすがに気まずい。

 それに、今日は母親への言い訳が苦しい理由があった。


「マスター、クールダウン終了。自己修復機能、稼働率82%です」

「あ、ああ。お疲れ様、アル。ありがとう」

「いえ、わたしはあくまでマスターの所有物ですので」


 バクンッ! とリアのエンジンルームが開いて、オリュオーン911-TSからアルが降りてくる。やや肌寒い春の朝だが、彼女は相変わらずブカブカのジャンバーを着崩していた。

 そう、こんな美少女を連れての帰宅、しかも朝帰り。


「じゃ、こっち来て。ここの二階奥が僕の家。……あ」


 ふと、アルを振り返りながら階段に足をかけて、そしてそこから動けなくなる。せっかくアルクたちが新車同然にしてくれたオリュオーンの、その流体金属装甲でできた側面に無数の傷ができていた。

 月面でリージョン大江戸に飛び込む手前、ショットガンの散弾を受けたのだ。

 全部は避けきれず、何割かを喰らった。

 その銃創は今、自己修復機能でふさがりながら熱を発している。

 引き返して触れれば、生き物のように温かかった。


「……僕の運転がもっと上手ければ」

否定(ネガティブ)、マスターのせいではありません。許容範囲内のダメージです」

「アルも、痛かったよね? オリジナル世代のタキオン粒子生命体エンジンって、もしかして」

「無問題です。痛覚は実装されたダメージコントロール用のパルス信号に過ぎません」


 どこまでもドライなアルだが、カケルは心が痛んだ。

 つまり、ムーンランナーとして走るとはこういうことだ。真空の宇宙に出れば、そこはルール無用のコロシアム……昨夜もまた月面のどこかで、この朝日を迎えられなかった走り屋がいるのである。

 だが、そのスピード、興奮と感動に魅せられた者たちは止まれない。


「アル、今度からもっと気を付けるよ。……この傷が直って消えても、忘れない」

「どうか気遣いなく、マスター。わたしは平気です。兵器ですから」

「……今のは、ダジャレ?」

「マスターの心理的なストレスを緩和するためのジョークです。いわばこれはそう、()()()()()()()()


 真顔で言うので、思わずカケルは吹き出してしまった。

 逆にアルは、そのままの表情で小首を(かし)げる。


「ありがと、アル。さ、こっちに。寝ててくれればこのまま部屋へ……アル、静かにね」

「了解。静音モードで移動します」



 そろりそろりと階段を上がり、小さなアパルトメントの短い廊下を歩く。

 さてさてどうしようと思いつつ、カケルはそっと家のドアを開いた。

 気まずさが忍び足になったが、そこには気遣いもある。

 夜の仕事で忙しい母親は、もしかしたらもう寝てるかもしれないのだから。

 だが、すぐに明るい挨拶がとろろんと響き渡った。


「おっかえりー! おはよ、カケル! なになに、今日も朝帰りかしらん?」


 台所に直結したリビング、ダイニングキッチンにすでに母はいた。あちらも朝帰りだが、仕事あがりなので一杯やっている。お酒を飲む仕事をしたあとに、一人で晩酌(ばんしゃく)しているのである。

 カケルの母、リョウカ=ハセガワは今、ほろよい気分で微笑んでいた。


「か、母さんもおかえり。え、えっと、ただいま」

「なーにー? どこから拾ってきたの? そのカワイコチャンは」

「あ、いや! これはエンジンというか、その、拾ったは拾ったんだけど」

「ちょっとー、紹介しなさいよ?」


 まずい。

 非常にまずい。

 今まで母のリョウカが夜遊びに寛容(かんよう)だったのは、カケルがムーンランナーとして走りにしか熱中してなかったからだ。アルクやリョウヤといった幼馴染との、十代でしか生きられない青春……そういうものがあるんだとリョウカはいつも笑う。

 カケルの父もそうで、リョウカが出会った時はもう夜の街を走っていたという。

 だが、アルの存在を見られては話は別だ。


「母さん、まずは落ち着いてね。この()は」

「うんうん、この子は? あ、人懐(ひとなつ)っこいのね。おいでおいでー?」

「え、あ、ちょっと……!?」


 するりとなにかが、カケルの足元をすり抜けた。

 同時に、カケルは目の前で母親にすりよる姿に絶句する。


「ニャオーン♪」

「おー、よしよし。どこの猫ちゃんかなー? ほーら、ゴロゴロゴロゴロ~」

「フニャア」


 何故かリョウカが、真っ白な猫を抱き上げた。

 そう、猫だ。

 ふわふわのモフモフな猫である。

 慌ててカケルは、背後に落ちてるジャンバーやスパッツを自室側に蹴り飛ばした。


「え、ええと……そう! なんか懐かれちゃって、拾って、きちゃった」

「ふーん、そうなんだ」

「で、でもやっぱり、家計も苦しいし」

「そうよー? でも、カケルは昔で自分でアルバイトして、車の諸経費は全部自腹だもの。猫ちゃんの一匹くらい、ねえ? ここ、ペットOKな物件だし」


 ほっと胸をなでおろすカケル。

 とっさにアルは、その姿を猫に変えた。タキオン粒子生命体は、まるで流動体のようにその姿を変化させられるらしい。アルにしては気の利いたアイディアだったが、彼女はリョウカに抱かれながらドヤ顔でフフンと鼻を鳴らしてくる。

 カケルの気苦労が無駄になった反面、安心したのも事実だった。


「カケル、この子の名前は?」

「アルだよ」

「そう、アルちゃん。奇遇ねえ、アルコールのアルちゃんね。あたし大好き!」

「……仕事でも飲んできたんでしょ? 晩酌もほどほどにね、母さん」


 化粧を落とした素顔のリョウカは、家ではいつもカケルのよき理解者で、保護者で、そしてスポンサーである。カケルが学校に通えるのも、全てリョウカがナンバーワンホステスとして働いているからだ。

 若くしてシングルマザーになった女に、月では働ける場所など皆無だ。

 どこのリージョンも二十世紀末程度の人権意識を保ってはいるが、ここは月面……誰もが自分の役割を果たさねば全員が死んでしまう宇宙なのだった。


「まあでも、あたし少し安心しちゃった」

「え、な、なにが?」

「カケル、あんたは父親似だからね。本当に車以外に興味がない子だったらどうしようって心配してたのよ?」

「大丈夫だよ、母さん。ちゃんと学校にもいってるし、成績も悪くないでしょ? そ、それに、猫だってかわいいと思うし、色んなバイトもしてるし」


 でも、一番は車……モビル・モービルだ。

 自分でもなんとなく、顔も知らない父親の血筋を感じる。

 ただ、母が心配する通り、車だけの視野が狭い世界に甘えたくはなかった。将来はちゃんと進学、就職もして、モビル・モービルに関わる仕事がしたい。そして親孝行もしたいし、いつかは夢の地球で思う存分に走りたいのだ。


「まー、あとは女の子とかねえ。カケル、アルクちゃんやランちゃんは元気? 他に気になる子はいるのかにゃあ?」


 ニチャーっとリョウカが気持ち悪い笑みになる。

 商売柄かどうかはしらないが、母は昔から色恋沙汰が大好きである。勤めてるお店でも老若男女を問わず恋愛相談に乗っていると、以前彼女の後輩から聞いたことがあった。

 ただ、そういうのはカケルにはピンとこなくて、どこか他人事のように感じる。

 リョウヤにもよく言われるが、異性に対しての距離感や自覚が酷く希薄なのだった。


「アルクは元気だよ。僕の車を今も見てくれてる。ランねえはなんか、忙しそう」

「そう……で、どっちにするの!? 幼馴染って負けヒロインになりやすいんだもの、母さん心配だわ。どっちにするのかにゃー?」


 アルが彼女の膝の上で、同意するようにニャーと鳴いた。

 調子のいい奴めと思いつつ、ふと改めて考えてみる。

 アルクを異性として意識したことが、ない。

 ランの自己主張が激しい容姿には、思うところがあるが……想いや気持ちではない。

 腕組みうーんと(うな)って見せるが、リョウカはただただ笑うだけだった。


「ま、いっか! 登校まで少しでも寝なよー? 七時くらいに叩き起こしてあげるから」

「う、うん。その、勉強はちゃんとするよ。学校にも通う」

「もちろん! そうでなきゃね、好きなことするには、やるべきこともこなしてもらわないと。そうにゃよねー? アルちゃーん?」


 今やすっかりアルは母のお気に入りのようだ。

 どうやら家族が増えて、二人と一匹の暮らしが始まるらしい。

 そう思うと、不意にどっと疲れが睡魔(すいま)を連れてきた。


「ん、ふぁ、ああぅ、ふう……じゃあ、ちょっと寝てから学校行くよ。母さんは?」

「あんたを起こしてから寝るかなー? 朝ごはんも用意したいし、今夜はもう一杯!」

「だからもう朝だって」

「ふーん、いいもーん。酒くらい飲んで何が悪いー! ねー、アールちゃーん?」


 だが、その時ふとアルがポン! と前足の肉球でリョウカの胸に触れた。


「マスターの御母堂(ごぼどう)に警告します。過度なアルコールの接種は肝機能や腎機能に(いちじる)しい負荷を生じさせます。現状、酩酊状態(めいていじょうたい)と判断し就寝を推奨します」


 猫が喋った。

 当然だ、それは猫の姿をしたアルなのだから。

 一瞬の沈黙のあとで、固まっていたリョウカはナハハと乾いた笑いを一つ。


「やだわ、そんなに酔ってるのかしら。今、アルちゃんが喋ったように見えたわ」

「そ、そうだね、母さん! もう寝た方がいいよ! 僕も寝るし、ちゃんと一人で起きられるから! 朝ごはんも適当に食べるから! さ、おいでアル」


 そそくさとカケルは、アルを回収して自室へ逃げた。

 アルは悪びれた様子もなく、やっぱりドヤ顔で首根っこを掴まれ運ばれてゆくのだった。

- TIPS -


・オーパーセンテージ

現在の月面都市群、あらゆるエリアで共通の三日月条約。

それによって定められた、300年前のロストテクノロジーへの規制である。

AI判断によって、オーパーツの度合い、オーパーセンテージが80%を超えると……

それは個人所有が許されず、企業が管理し封印すると定められているのだ。

そのため、カケルのオリュオーン911-TSは一部が現行のパーツになっている。

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