8 食事の味
キッチンに着くと、私はパスタとソースを絡めて、最終的な味の調整をしてお皿に盛りつけた。
そしてハロルド様の前にフォークと共に置いた。
「どうぞ」
「パスタ! 久しぶりです」
ハロルド様はパスタを見て笑顔になった。
そう言えば、町にパスタは売っていなかった。よく思い出してみると王都でしか食べたことがない。もしかしたら、まだパスタを作れる人は少ないのかもしれない。
ハロルド様は、上品にフォークでパスタを口に運んだ。
そして咀嚼した瞬間、目が大きく開いて口角が上がり、本当に幸せそうな顔をした。
「美味しいです!!」
すでにハロルド様の素直な表情から美味しいという思いは感じていたが、言葉に出してもらえて私も嬉しくなった。
「ふふふ、ありがとうございます。今日はおかわりもありますよ」
「おかわりします!」
ハロルド様は子供のようなきらきらした瞳で私を見上げて言い切った。
「はい」
私まで嬉しくなった。
その後、本当にハロルド様はおかわりをして、用意していた分を全て食べてしまった。
空になったフライパンを見て思わず嬉しくて笑っていた。
「ごちそうさまでした! 美味しかったです!! それではアトリエに戻ります」
「はい」
ハロルド様は上機嫌にアトリエに戻った。
私は先ほどのハロルド様の笑顔を思い出して、嬉しくなった。
「さぁ、掃除の続きしようかな」
私は食器の片付けを終えると、再び掃除を再開した。
ハロルド様の書斎以外は掃除を終えると、私は洗濯物を取り込んだ。
そしてハロルド様のクローゼットに洗濯物を片付けると、次に夕食の用意をした。
パンを石のオーブンで焼きながら、スープの仕上げをした。サラダはすでに出来ているし、今日のメインはお魚の香草焼き。
そしてオーブンを開くとパンも出来上がっていた。
「うわ~~美味しそう!! 本格的な石窯でパンを焼くのは初めてだけど、上手に焼けた!!」
私は器に、パンとスープも盛り付けてアトリエに向かった。
数回ノックをしたが、返事がない。
(集中してるのかな? でも……)
『書斎にいる時は声をかけないで下さい。それ以外は声をかけてもらってかまいません』
ハロルド様は、書斎にいない時は声をかけてもいいとおっしゃっていたし……
「ハロルド様、失礼します」
ガチャとアトリエの扉を開けると、ハロルド様の姿が見えなかった。
(あれ? いない……)
それから私は屋敷中を探したが、どこにも見つからない。
(残るは……)
私は二階の書斎に向かった。
だが、ノックをためらった。
(どうしよう、書斎にいらっしゃるのかな?)
扉に耳を当てると、ガタガタと何かを動かす音が聞こえた。
(ああ、ハロルド様、書斎にいらっしゃるのね……)
私は二階の備品置き場で見つけたワゴンを部屋の前に持ってきた。
少し汚れているので、備品置き場にあった布でワゴンを拭いた。
そして、キッチンに戻るとトレーに食事を置いた。
二階の一番端の書斎に行って、ワゴンの上に食事を置いた。
(仕方ない、ここに置いて行こう。そう……言われたし……)
そして、私は一度だけ書斎を振り向いた。
もちろんハロルド様が出て来ることはない。
私は静かに階段を下りると、まだ湯気のある料理の前に座った。
(ハロルド様の食べる顔、見たかったな……)
私はなんとなく、寂しく思いながら一人で食事を摂った。
どれも良い出来だ。
美味しいと思う。
でも……
なんとなく味気なく感じた。
食事を終えると、片付けを済ませて私は、3階に向かった。
途中で2階を通るので、書斎の前を見たが料理は手つかずのままだ。
(もう、冷めてしまったわね……)
私は肩を落として3階の自分の部屋に寝着を取りに行った。
歯ブラシなども持って、お風呂に行くと、私はゆっくりとお風呂を堪能した。
さらに、今日買ってもらった送風機で髪を乾かすと、自分の部屋に戻った。
「ハロルド様って、こんな風に突然、書斎に籠られることがあるのね……」
芸術家というのはそういうものなのだろうか?
私はそんなことを思いながら眠りについたのだった。
◇
「まぶしい!!」
またしても太陽の光を直接浴びて目を覚ました。
私はベッドから出て、身支度をすると、2階に向かった。
とても気になったので、ワゴンを見た途端に心が重くなった。
(食べてくれてない……)
私は食事の乗ったトレーを持って、1階に降りた。
そして、キッチンに残された食事を置いて大きなため息をついた。
「朝からため息って……まずは、顔を洗おう!」
私は顔を洗って、気を引き締めた。
「これは、リメイクして今日の朝ごはんにしよう!」
私は、夕食をリメイクすることにした。
(ハロルド様の朝食はいるのかな?)
一応用意しよう。
私は昨日の夕食をリメイクして、自分の分とハロルド様の分を作った。
そして、ハロルド様の部屋の前に食事を置くと、キッチンに戻って自分の分を食べた。
食器を片付けて、洗濯室に向かったがハロルド様は昨日はお風呂に入ってないようだった。
着替えもしていないのか、洗濯物もない。
(絵の構図を考えているのかな? とにかくすごい集中力……)
それから私は家事をこなしたが、言われた通りに書斎には一切近づかなかった。
◇
それから結局2日が経った。ハロルド様は丸3日も食事に手を付けなかった。
「そろそろ、お声がけした方がいいかな?」
4日目の朝、夕食に全く手を付けていなかったハロルド様のことがさすがに心配になって来た。
「中で倒れていたらどうしよう……」
だが扉に耳を付けると、確かに時々音がする。
きっと倒れてはいない。
「ん~~」
とりあえず、この夕食は冷たくてこのままじゃ食べられない。
それに3日も何もお腹に入れていないのだから、いきなりの食事は重いだろう。
ポタージュスープなどがいいかもしれない。
私は食べてもらえなかった食事をキッチンに持って行くと、顔を洗って身支度を済ませ、キッチンに戻ってコーンポタージュを作ることにした。
幸い、コーンはあるしすり鉢もある。
ミルクはないが、牛乳を煮詰めて固めた蘇がある。これを使えば、コーンポタージュが作れる優れものだ。
「うん、いい味」
私がちょうど、コーンポタージュスープを作り終えた時だった。
ガタガタと大きな音がした。
「な、何!? 何事!?」
私は火を切ると、慌てて音がした方向に向かった。
「ハロルド様!?」
すると衰弱してふらふらとしたハロルド様が、廊下に置いてあった花瓶を倒してフラフラと階段を降りていた。
急いで駆け寄って、ハロルド様を支えた。
「どうされたのですか!?」
『ぐぅぅぅ~~~』
ハロルド様より先にお腹の虫が答えてくれた。
「ア、アリシアさん……お腹が空きました……」
「とりあえず、キッチンへ……」
私はハロルド様を支えてキッチンに向かった。
「いい匂い……」
ハロルド様は弱弱しく呟くと、酷く疲れた目を細めて椅子に座った。
私は慌ててコーンポタージュスープをお皿に注いで、スプーンと共にハロルド様に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ハロルド様は、一口を噛み締めるように味わうと「美味しい……」と呟いた。そしてスプーンを使わずごくごくとお皿から直接飲み干した。
いつも優雅な彼からは想像もつかない。
それほどまでに彼はお腹が空いていたのだろう。
「アリシアさん、おかわりお願いします」
「は、はい!!」
そして私はおかわりを注いだ。結局ハロルド様は、ポタージュスープを全て飲み干してしまった。
「ごちそうさまでした……」
そしてふらふらして、キッチンの奥のおいてあるソファーに「ドサッ」と倒れるように横になった。
「ハロルド様!?」
まさか、こんなところに横になるとは思わず慌てていると、ハロルド様が眠そうな目で私を見上げた。
「すみません、アリシアさん。もう……動けません……少し……寝ます」
そしてハロルド様は、目を閉じた。突然眠ったので心配して、胸の辺りに耳を付けると「トクトクトク」と規則的に動く心臓の音が聞こえてほっとして、彼の胸から顔を離した。
少しつらそうな首の下にクッションを入れると、ハロルド様は穏やかな顔ですやすやと寝息を立てた。
(よかった……本当に寝ているだけのようね……)
私はリネン庫に走ると毛布を持って来てハロルド様にかけた。
これで寒くないだろう。
「ハロルド様……一体、どうしたのかな?」
私はハロルド様に出した昨日の夕食を朝食にリメイクして自分の食事を済ませると、朝食の片付けをして他の家事を済ませるためにキッチンを出た。




