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これは裏切りですか?  作者: たぬきち25番


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7/10

7 必要な物




「さぁ、町に着きました!!」


 町の入り口付近で、上機嫌で声をあげるハロルド様に向かって尋ねた。


「ハロルド様は何が好きですか?」

「そうですね……パンやパスタが好きです」

「パンやパスタ……」


 どちらも作れなくはない。

 

(小麦粉はあるだろうけど……酵母もあるかな? 王都には果物屋さんに酵母が売っていたけど……)


 私がこれからのことを考えていると、ハロルド様が馬車を停めて私を見た。


「アリシアさん、買い物の前にカフェで食事にしませんか? お恥ずかしいのですが、お腹が空いてしまいまして……」


 馬車を停めたすぐ横には落ち着いた雰囲気のカフェが見えた。

 まだ朝も早いこの時間に料理を出してくれるお店はカフェくらいしか空いていない。


「はい」


 私はハロルド様と一緒にカフェに入った。

 朝食メニューは一種類で、具はほとんど入ってないコンソメスープと、定番の少し硬い丸パン。そして飲み物は、柑橘系のジュースか、紅茶だった。

 ハロルド様も私も紅茶を選んだ。


(そう言えば、紅茶もなかったよね……茶葉を買ってもいいかな?)


 ハロルド様はスープにパンを浸して口に運んだ。お腹が空いていたのだろう。彼はあっという間に食べてしまった。そして、おかわりを頼んだ。


(ハロルド様って、たくさん召し上がる方なのね……)


 ハロルド様はおかわりも食べ終え、今は優雅に紅茶を楽しんでいた。

 私も食事を終えて、紅茶を飲んでいた。

 ふと私はカップの中で揺れる紅茶を眺めた後に、ハロルド様を見た。


「ハロルド様。紅茶を購入してもいいですか?」


 彼は目を輝かせながら答えた。


「はい、ぜひ! お茶の時間が持てるのは嬉しいです。ずっと必要最低限だったので……」


 どうやら、ハロルド様はお茶の時間を楽しみにしているようだ。


(お茶か……お菓子を焼くのもいいかも)


 洗濯や食事の支度や掃除など大変ではあるが、洗濯物も溜まっていなければ比較的すぐに終わるし、食事の支度も好きなので負担だとは思わない。掃除も毎日全ての部屋をするのは大変だが、少しずつやればそれほど大変というわけでもない。

 私はカップを置いて、ハロルド様を見つめた。


「ハロルド様は、甘い物はお好きですか?」


 ハロルド様は「甘い物……」と呟くと、目を大きく開けて嬉しそうに答えた。


「好きです!! ぜひ食べたいです!!」


 そんなにきらきらした瞳で答えられるとこちらも嬉しくなる。

 私はパンを焼くのも好きだが、お菓子を作るのも好きだ。


「では、お菓子も作ってもよろしいでしょうか?」

「お菓子ですか!! ぜひ、楽しみです。アリシアさん、早く買い物に行きましょうか!!」

「ふふふ、はい」


 その後、私たちはカフェを出ると早速朝市に出かけた。

 朝市の場所にはさすがに荷馬車は入れないかと思ったが、道が広く馬の手綱を持ってゆっくりと歩けば、入れないこともない。それに何人も荷馬車を引いている人がいる。

 市の前を歩くと大きな声が聞こえた。


「いらっしゃい! 今日はいい果物がたくさん入っているよ!」

「さっき畑で取れた新鮮野菜だよ!!」


 まだ朝も早いのに朝市は活気があった。


「にぎやかですね」

「そうですね。朝は市が立つので活気がありますね」


 私はハロルド様を見上げて尋ねた。


「あの、ハロルド様、予算はいくらほどですか?」


 ハロルド様は首を傾けた。


「予算ですか? 特にありません。必要な物を必要なだけ買えばいいですよ」

「え……」


 予算がないと聞いて、思わず立ち止まって驚愕していると、ハロルド様が困ったように言った。


「それとも予算がないと不安ですか?」


 予算がないというのは、どのくらい買ってもいいのかわからないので、不安と言われれば不安だ。


「……そう……ですね……」


 やはりある程度は予算がないと買い物もできない。


「じゃあ、どうぞ」


 ハロルド様は、私にずしりと重い、革製の財布を渡してくれた。


「え? これは?」

「これで足りる分だけ買ってもいいですよ」


 私は財布を開けてまたしても声を失った。


(これだけあれば、卒業パーティーで着るようなドレスも買える……)


「ええ!? これは一月分ですか?」

「いえ? そうですね……一週間くらいでしょうか?」

「多いですよ……でも必要な物をそろえられそうですね」


 私はハロルド様に財布を返した。

 どうやら、これからの料理生活に必要な物を必要なだけ買えそうな額だ。


「ふふふ。足りるならよかった。これから生活していくうえで、アリシアさんの必要な物があったら購入してほしいですし……」

「私の必要な物?」

「はい」


 私は少し考えて口を開いた。


「もしよろしければ、オーブンで使えるブロワーがほしいです。見当たらなかったので……」


 キッチンに石窯のようなオーブンはあったが、ブロアーが見つからなかったのだ。パンを焼いたり、お菓子を焼いたり、もちろん料理にも使いたいので、ぜひともほしい。


「わかりました。さすがに市にはないでしょうから、後で道具屋にも行ってみましょう」

「ありがとうございます」


 私はハロルド様と並んで市を歩いた。

 そして小麦を売っているお店を見つけた。


「すみません、小麦粉ください」

「はいよ!!」


 私は大きな麻袋で購入した。

 小麦のいい匂いがする。こっちの小麦は全粒粉が一般的なので少し茶色い。

 ハロルド様は小麦粉を見て驚いた。


「そんなに買うのですか?」

「はい。毎日パンを作ろうかと……」


 私が答えると、ハロルド様は驚いて声を上げた。


「え!? アリシアさんは、パンを作れるのですか?」

「はい。それにパスタも作れると思いますよ」


 こっちの世界のオーブンで作ったことはないが、パンを焼くのは趣味だったので、こっちでも作れると思う。

 

「焼きたてのパンを食卓にご用意いたしますね」

「パンを買わずに作れる!? 毎日、焼きたてのパン……美味しそう……」


 私がパンを作るというと、ハロルド様はじゅるりと音がしそうなほどパンに想いを馳せているといった顔をした。

 それを見ていると私まで嬉しくなった。

 それから私たちは野菜や干し肉や調味料や紅茶などを購入して荷台がいっぱいになった。


「今日の昼食が楽しみです」


 ハロルド様は荷台を見てにこにこしていた。

 そして、最後に道具屋に行くとブロアーを見つけた。

 オーブン用の物と、髪を乾かす足踏み型の送風機もある。


(あれ……ほしいな……)


「アリシアさん、何か欲しいものがありましたか?」


 私がじっと送風機を見ていると、ハロルド様に顔をのぞきこまれた。


「はい。ありました。あの……この髪を乾かす物を購入してもよろしいでしょうか?」


 私は足で踏んで風を起こす機械を指さした。


「髪、なるほど、いいですよ」

「え? いいのですか?」

「はい。アリシアさんが必要な物は購入してもらって構いません」


 ハロルド様はあっさりとうなずいた。


「ありがとうございます!!」


 私はなんと、髪を乾かす便利な道具まで買ってもらった。

 これで今夜から髪問題が解決だ!!

 さらに好きに料理を作れる。

 私は弾むような足取りで、町を出たのだった。





 屋敷に到着すると荷馬車をキッチンの真横に止めてもらって、二人で食材をキッチンに運んだ。

 小麦粉は、ハロルド様が運んでくださった。


「ハロルド様、ここまで運んで下さってありがとうございます」


 私はハロルド様にお礼を伝えると、ハロルド様は荷馬車に乗った。


「いえ、それではお昼までアトリエにいますので、食事が出来たら呼びに来ていただけませんか?」

「はい!」


 私はうなずくと、ハロルド様は荷馬車に乗って去っていった。

 どうやら、西側に馬小屋があるらしい。

 今度行ってみようと思った。

 私は食材を使いやすい位置に片付けると、早速食事の仕込みをすることにした。

 これからでは昼食にパンは間に合わないが、夜には間に合う。お昼はパスタにしよう。

 生地を寝かせる時間があるが、今から作ればお昼には完成する。


(よし、お昼ご飯はパスタにしよう!)


 お昼に食べるパスタを作ることにした。

 

「よし、生地は完成!! 少し寝かせて、次はパン……」


 酵母は自家製で作るつもりだが、今日のところはすでに完成している酵母を買ってきたのでこれを使う。

 生地を作って、瓶に入れて準備OK。


「パンは、温泉につけておこうかな~~」


 昨日の温泉がいい温度だったので、温泉を使って発酵を促すことにする。

 パンも仕込みは終わったので、これからお昼の用意を始めるまでは、掃除をすることにした。

 まずは自分の寝る部屋をしよう。自分の身体大事。

 私は自分の部屋を掃除した。

 部屋はそんなに広くないので、すぐにきれいになった。


「よし、次は……」


 エントランスや廊下を掃除すると、時計が鳴った。


「あ、そろそろお昼ご飯だ」


 私は掃除用具を片付けると、キッチンに向かった。

 寝かせておいたパスタの生地を手に取った。


「うん、いい感じ!」


 それからパスタを茹でて、ソースを作った。


「そろそろ、ハロルド様を呼びに行こう」


 私はアトリエに向かった。

 ノックをすると、「はい」という声が聞こえて中に入った。

 

「わ……」


 私はアトリエに入って、言葉を失ってしまった。


「すごい……」


 アトリエには素晴らしい絵画がたくさん飾られていた。

 どれも本当に圧倒的で言葉を失ってしまった。

 特に、ハロルド様の描いた女性は、みんなこちらを見て微笑んでいて素敵だ。

 みんな庭を見ながら佇んでいる。


(目が離せない……)


「素敵な方ばかりですね……」


 じっと絵を見ていると、ハロルドが切なそうに言った。


「そうですね、多くの男性を魅了したという伯爵令嬢や、舞台女優……美しいと言われる女性」


 確かにどの人も飛びぬけて美しい人たちばかりだ。

 この庭の中に居ても見劣りしない。本当にきれいな人ばかりだ。


「どの方も皆様、本当に美しいです」


 ハロルドは切なそうに女性の絵を見つめた。


「でも……本当に描きたいのは……」


 そしてそのまま言葉を失った。

 じっと赤毛の美しく佇む女性の絵を見ていた。

 なぜだろう、ハロルド様はこんなに美しい人を素敵な絵として描いているのにつらそうに見えた。

 私は何も言えずに、たくさんの女性の絵に目を向けた。

 中にはハロルド様に恋をしているかのような瞳を向けた女性もいる。

 みんなこのアトリエから見える庭を見てくつろいでいるように見えた。


「……見つからないんです……ずっと探しているのに……」


 ハロルド様は消え入りそうな悲しげな声でそう言うと、笑顔になって私を見た。


「アリシアさん、もしかして食事ですか?」

「はい、お食事です」

「楽しみです」

「今日はパスタです」

「パスタ! いいですね」


 私はハロルド様と一緒にキッチンに向かった。

 気になったのは、やはり絵の女性たちだった。


 そして、私は母の言っていた『偏屈で人嫌い』という言葉を思い出した。

 もしも本当にハロルド様が噂通りの人なら、彼女たちからあれほど穏やかな表情を引き出すことはできないはずだ。


(一体、どこから人嫌いとか、偏屈なんて噂が広がったのかな? ハロルド様は全く当てはまらない素敵な方なのに……)


 噂なんて当てにならないというのは、これまでの私が身を持って体験している。

 根も葉もないことを好き勝手に言われる。

 人の悪意はまるでナイフのように身体に突き刺さる。


 私は息を吐いて、キッチンに向かった。

 無性にハロルド様にあたたかい美味しい物を食べてもらいたくなったのだった。

 

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