27 商談会
なんとか準備を終わらせて、とうとう商談会当日を迎えた。
私はジークの言う通り、取り寄せたお菓子やお茶の用意を済ませると、お茶会に出るような美しい服を着てエントランスの中で受付に立って訪れた来た人々に作品についての説明の用紙と入札希望の用紙を手渡すことになった。
ジークは応接間で、作品の説明をしている。
これでも一応、マナーの授業の成績は上位だったので、問題なく対応することができていた。
「ダヴィー子爵様ですね。こんにちは、ようこそおこしくださいました。こちらが本日の資料です」
「ほう、これは大層な量だ。楽しみですな」
「どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ」
私は受付で招待状を確認して、用紙を渡した。
(もうほとんど到着されたわ……そろそろ切り上げてもいいかな?)
下を向いて、説明用紙を机の下に置いた台に片付けていた時だった。
「失礼、そちらの手違いで招待状が届かなかったのですが?」
聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げると、目の前の相手が目を大きく開けた。
「アリシア……ここにいたのか! 君に会うために何度か会いに行ったんだぞ!! 会えてよかった。そうか、ここに働きに出ていたから『いない』と言われたのか」
(婚約破棄しておきながら、私に会いに行った!? 意味がわからない)
私が彼の発言に心底驚いていると、彼が真剣な顔で言った。
「ミシェルはどうやら美術品に対して覚えが悪いらしくて、母上が大層ご立腹だ。毎日大ゲンカで、愛妻家の父から『アリシア嬢を再び婚約者にしろ』と命を受けた」
「はぁ?」
この男は何を言っているのだろうか?
なぜ、今更この男の嫁に?
絶対に嫌だ。
「私としても、以前のおどおどとして何も話をしない君は魅力を感じなかったが、婚約破棄を告げた後の君の堂々とした姿は好感が持てた。ぜひ、私と結婚してほしい」
元婚約者に対して私は笑顔で対応した。
「お断りします。ニール子爵子息殿。招待状をお持ちでないのならおかえりくださいませ」
冷静に対応しようとすると、元婚約者は慌てて声を上げた。
「断る!? なぜだ!? それに招待状の件もそちらのミスだ。私の家は美術協会に入っているので、毎回必ず届いている招待状が届かなかったのだ。私の家に届かないなんて有り得ない」
ハロルドもジークも絶対に私の元婚約者の家に絵を売ることはしないと断言していた。
「大変申し訳ございませんが、招待状がない方をお通しすることはできません」
「ああ、君は雇われているだけだもんだ。いい。私が直接ハロルド殿と話をしよう。失礼」
「あ、お待ちください!!」
元婚約者は、私を振り切り、エントランスを突き進む。
「ついでに君のことも説明する。一緒に屋敷に戻ろう。ああ、ようやく面倒事が解消される」
ついで?
面倒事?
(仮にも私ともう一度婚約したいと思うなら、菓子折り持って出直して来い!! まぁ、100%断るけど。それに、ついでとか有り得ない!! しかも自分の結婚を面倒事扱い……ふざけんな!! 好きだって言って私と別れたんなら、真実の愛を全うしろ!)
本当に癪にさわる言い方で腹が立つ。
だが、今日は愛するハロルドの大事な大事な絵を売る機会だ。
こんなところで取り乱して台無しにするわけにはいかない。
私があえて笑顔で対応しているというのに、この男はそれで気をよくしたのかズンズンと歩き出した。
「お待ちくださいませ!!」
「心配するな、ハロルド殿も自分のミスを認めて謝罪してくれる。君を責めることはないさ」
(いやいやいや、どうしてハロルドが謝罪!? どう考えても招待状が来ないのは故意でしょう!? 私がここにいる時点で気づけ!! いい人だと思っていたのに……こんなに我儘で傲慢な人だったなんて……本気で結婚しなくてよかった……!!)
優しいと思っていた男はただの周りの見えない世間知らずの甘ちゃんだった。
そのことに気付けて、私は心底ほっとした。
だが、そんな世間知らずの裸の王様状態の元婚約者クンを止めることも出来ずに、応接間に押し入った。
「そしてこれは、今回のリストには入っていませんが、渾身の作です」
ジークが大きな声で会場中央のベールに覆われた絵の前に立って作品紹介をしていた。
今回は、私の絵は売らないが、披露はすることになっており、ちょうどそのタイミングだったようだ。
さすがの甘ちゃんもこの場で声を上げることはしなかったのでほっとした。
「それでは、披露いたします。『傷ついた女神』です」
そしてベールが取られた。
「おお……これは……」
「素晴らしい……」
「確かに、これは希代の名画となる」
みんなが声を上げた後に、会場がざわついた。
「あの絵がほしい」
「ぜひ売ってほしい」
想像以上にハロルドの新作は皆の注目をさらった。
「あれは……アリシア?」
隣でニール子爵子息が呟いた。
すると、会場の一番前にいたジールコル公爵が声を上げた。
「皆、静粛に!!」
すると会場が水を打ったように静かになる。
公爵はゆっくりと歩くとジークの前に立った。
「陛下に今回の商談会が適正に行われるか、監督するように言われたが……来てよかった。これは誠に素晴らしい絵だ。このような美しい女神を捨てるなど、愚かな家だ。その家の繁栄も女神の降り立った場所に移るであろう」
公爵は講評のようなものを述べた後に言った。
「これは、素晴らしい絵だ。陛下にも依頼されているのだが、貴殿が手離す必要はないが、数ヶ月城の中央口に飾らせてほしい、とのことだ」
ジークは、膝をついて「御意」と答えた。
その瞬間拍手が巻き起こる。
「城の中央口だって!?」
「とんでもない快挙だ!!」
「城に女神が降り立ったといわけだな」
「繁栄の女神だ」
公爵の言葉で、私の絵は繁栄の女神の絵を呼ばれるようになっていた。
「繁栄の……女神?」
ニール子爵子息が青い顔で呟いた。
「それでは、皆様。ゆっくりと絵をご覧ください!!」
ジークが声を上げて、公爵と少し話をした後に、彼は自由になった。
するとニール子爵子息が歩き出した。
(え? この状況でまだジークに話をするの?)
私が心底驚いていると、ニール子爵子息がジークの前に立った。
ジークが彼を見て少しだけ口角を上げたのを私は見逃さなかった。
「なぜ、部外者がここへ?」
ジークが声高らかに言った。
「部外者? 私は美術協会に入っている」
真剣な顔で告げるニール子爵子息に向かってジークが大袈裟に言った。
「だからなんだというのです? あなたは女神を手放した。そんなあなたに、今日の絵をお任せするつもりはありません。女神の加護無き家に大事な絵を任せたくはありませんからな」
すると周りがヒソヒソと声を上げた。
「そういえば、ニール家は……」
「ああ、不貞で婚約破棄だろ? まさか、女神とは?」
「なるほど、そういうことか……皆に『女神の加護無き家』と呼ばれるのだろうな……本当に愚かだな」
皆がニール子爵子息を遠巻きにして声をひそめている。
陛下の依頼を受けたジルコール公爵が『女神の加護』と言ったのだ。
それを覆すことのできる者はこの場にはいない。
それが階級社会だ。
勝ち誇ったように見えるジークの前で、ニール子爵子息は震えながら叫んだ。
「では、女神を連れ帰ればいいのですね!! アリシア」
そして彼は私の手を取った。
「いや!!」
そう叫んだ瞬間。
ニール子爵子息が、床に倒れたと思うと、私はジークの腕の中にいた。
「私の愛する女性に触れないでいただきたい」
(え?)
私は思わず上を見上げた。
「ハロ……ルド……?」
ハロルドは私を見て嬉しそうに目を細めた後に、顔を耳に寄せた小声で言った。
「やはりわかっていただけるのですね」
私はうなずくことでハルロドに答えた。ハロルドは、私を見て微笑むとニール子爵子息に鋭い視線を向けた。
「彼女は誰にも渡しません。また女性に婚約解消ではなく、婚約破棄を突き付けるような家と今後、お付き合いをする予定もございません。お引き取りを……」
すると周囲からニール子爵子息を蔑むような声が聞こえた。
「ハルロド殿のあの絵を見て気づけないのか?」
「愚かなだけではなく、芸術を見る目もないようだな」
「今後は本当に考えた方がいいだろうな」
「ああ、跡継ぎがあれではニール子爵の代で終わりだな」
周りの声が聞こえているであろうニール子爵子息は、「どうしてこんなことに……」と言って、今日だけ雇っていた警備員に屋敷の外に連れ出された。
きっとこれで、ニール子爵子息はこの世界ではもうやっていくことはできないだろう。
せめて、真実の愛を誓った相手と生きていけばいいと漠然と思ったのだった。




