26 知りたくない
ハロルドが表に出て3日間は、ハロルドと同じベッドで朝まで過ごした。
だが……
4日目からはいつジークに変わるかわからないので、別のベッドで眠った。
本当に幸せな日々を過ごしていたので、私はハロルドがジークに変わることに恐怖を覚えるようになった。
ずっとハロルドのままでいてほしい。
心底そう思っていた。
私の願いが叶ったのか、5日を過ぎても、6日を過ぎてもジークは表に出てこなかった。
(前回、ジークが外に出ていたのは10日だったし……もしかしたら10日はハロルドがいてくれるのかな?)
商談会まではあと5日。
ハロルドが10日表にいても間に合う。
ジークは『満月の日はハロルドが表に出ることはない』と言っていた。
その理由も気になるが、満月までまだ時間がある。
(ハロルドに早く会いたいな……)
私がそう思いながら洗濯を干していた時だった。
ガチャリと静かに扉が開いてハロルドが庭に出て来た。
とても穏やかな表情で私を見た。
――ハロルドだ。
そう思って私は気が付けば笑っていた。
「おはようございます!」
するとハロルドはゆっくりと歩いてくきながら言った。
「《《おはよう》》……アリシア」
(……おはよう?)
一瞬だけ違和感を覚えたが、名前を呼ばれたことに安心しているとハロルドに抱きしめられて、口付けをされた。
私も素直にそのキスに答えた。
そしてキスから抱きしめられてすぐに異変に気付いて、急いで腕を伸ばして彼を拒絶した。
じっと睨むと、彼が眉を寄せながら低い声で言った。
「どうして、気付いた?」
ジークはまたしても、修二と同じ私の頬に耳を付ける仕草をした。
声も表情も……私の名前を呼ぶのも、愛おしい人と同じだったが、ただ一つだけ。
ジークはかつての恋人が好んだ仕草と同じことをした。
随分と長い時間ハロルドと寄り添っていたが、彼は絶対にしない――
「気づくよ……それよりも、酷いよ」
私がジークを真っすぐに見ながら尋ねると彼は顔を歪めた。
「酷いのはどっちだ……」
「え?」
声が小さくて聞き取れなくて、声を上げるとジークの瞳に怒りが見えて、彼が急に大きな声を上げた。
「どうして、俺の身体で別の男と愛し合うんだ!! 身体に色濃く残る事情の余韻に……陽菜の表情……もう……たくさんだ……ようやく出会えたと思ったのに……俺は何度、陽菜を失えばいい? どうして神はこんな罰を俺に……うっ……」
ジークはそう言うと、頭を押さえてその場に座り込んだ。
(陽菜? 今、ジークは私のことを陽菜って言った……?)
私は混乱しながらも、ジークの背中を撫でた。
「ジーク、どうしたの? ジーク」
ジークと名前を呼びながら、私はある可能性に気付いて震えながら声を上げた。
「修二……」
するとジークが顔を上げて、目を大きく開けた後に嬉しそうに微笑んだ。
「ようやく、俺の名前を呼んでくれた……」
そして目を閉じた。
「え? 修二? 修二なの?」
ジークを支えながら何か何だかわからない。
でもどうやら彼らは……二重人格ではなく、多重人格だったようだ。
「う、う~ん……」
混乱して何がなんだかわからないうちに、《《誰か》》が目を開けた。
「うわっ! 何だ? お前、どうして……何、泣いているんだ?」
慌てた様子で声を上げているのは……
「ジーク……」
思わず呟くと、ジークが困ったように言った。
「そうだが……何がどうなっているんだ?」
わけがわからないという感じのジークに、私は真剣な顔で尋ねた。
「ねぇ、ジーク。修二って知ってる?」
するとジークが眉を寄せながら言った。
「まぁな。俺の夢によく出てくる男だ」
「夢……」
どうやらジークは修二の存在を夢だと認識しているようだ。
「今ね……修二っていう人格が外に出てた」
「はぁ?」
ジークは信じられないという声を上げた。
そして彼は、しばらく唖然とした後に、私を見た。
「それで、そいつはどのくらい外に出ている?」
「数分だと思う」
「数分?」
そして私はジークに尋ねた。
「ねぇ、ジークは私を抱きしめたことある?」
するとジークが嫌そうに答えた。
「夢ではある。だが、夢の中で俺は必死に抵抗していた。あいつの女なんて奪いでもしたら、自分から嫌な匂いがして苦痛だからな」
「嫌な匂い……」
そう言えば、ジークは他の人の愛する者を奪った人間から悪臭を感じるという体質だった。
前世で私も嗅いだが、あの匂いを嗅ぎ続けるのは苦痛だ。
そして、私はある可能性に気付いた。
「ねぇ、ちょっと待って!! ジークってハロルドの時の記憶ってないんだよね?」
「ああ。だから報告書でやり取りしている」
ハロルドは日記だと言っていたが、ジークにとっては報告書らしい。
そんな違いは置いておいて、私は気になっていたことを尋ねた。
「私ね、ずっと不思議だったの。どうしてジークはハロルドがシーツをナイフで刺していたことを知っていたの? 日記……報告書に書いてあったの?」
ジークはすぐに答えてくれた。
「まさか、あれは俺が夢で……ん?」
ジークが何かを思いついたように私を見たので私もうなずいた。
「うん。予想だけど……シーツを切り刻んだのは、ハロルドじゃなくて……修二かもしれない」
するとジークがおでこに片手を当てながら言った。
「まぁ、ぼんやりとしたあの男が狂気に満ちた様子でシーツを切り刻んでいたから何事かと思っていたが……別の……」
そしてジークはさらに青い顔をして言った。
「ちょっと待ってくれ……つまり、俺はハロルドが作り出した別人格だったが、俺もまた別の人格を作り出した……ってことか?」
ジークがハロルドに作られた?
今、ジークはさらりと自分が生まれた経緯を教えてくれた。
かなり気になるが、修二がジークの別人格だということも気になる。
(ジークが作り出したというよりも、修二が転生したと言った方がしっくりくるけど……それをジークにどう説明すればいいのかわからない……)
私もどうやって伝えるべきか考えていると、ジークが低い声で言った。
「あれは……あいつの記憶か?」
「え?」
ジークを見つめると、ジークが私を見ながら言った。
「前の本を出した時、頭に絵が浮かんだと言っただろう? 今回書いた話も頭に浮かんだんだ。どうやら、シューインはお前に会いに来ているようだからな……読むか?」
シューイン……どうやら、ジークは修二とは発音できないようだった。
そして、私はその話を聞いて全身から力が抜ける感覚を覚えた。
「待って……ジークの書いた小説が修二の記憶の可能性があるの?」
「……そうだ」
意識のない状態で女性に騙されて、そして彼女に復讐して命を絶ったっていうあの物語が……
――修二の記憶?
「嘘……それじゃあ……修二は……自ら命を絶ったの……?」
ジークが眉を寄せながら言った。
「ああ、恐らくな。死の間際までの強烈な感覚の記憶が残っていたからな」
「そんな……」
一度、真剣に好きになって結婚まで考えていた人が自ら命を絶った聞いて、身体が震えた。
(私を裏切ったんでしょう? 私を捨てて花蓮と結婚して……最低な男だったと最後まで思わせて悪者になりなさいよ!! それが裏切った方の最低限の礼儀でしょう……? どうして、そんな……バカ修二!!)
「知りたくなかった……」
思わず呟くと、ジークが慌てて声を上げた。
「そうだよな……シーツを切り刻むような危険な男がいるなんて知りたくないよな……でも、知ってしまった以上、ヤツは危険だ。俺が表に出ている時は警戒しろ」
ジークは私が思っていることとは全く見当違いな心配をしてくれているが、私としては修二がジークの中にいる可能性があるのなら、彼のこれまでの経緯を知りたいと思った。
「ねぇ、ジーク。小説読ませて……」
ジークが深くうなずいた。
「そうだな。敵を知るのは基本だからな。いつでも好きに読め」
「ありがとう……」
私がお礼を言うと、ジークが頭を掻きながら尋ねた。
「そういえば、今日の月は? ずっと小説を書いていたし、気が付けばここに居てまだあいつからの報告書も読んでいない」
「今日は……十三夜の月」
ジークは青い顔で叫んだ。
「なんだと!? 今日は十三夜!? とにかくこの件を考えるのは後だ!! 商談会の準備をする、手伝ってくれ」
「うん。わかった。時間もないし、急ごう」
私はジークと共に屋敷の中に入った。
気になることはたくさんある。
ジークの生まれた経緯。
そして修二のこれまでの経緯。
でも今は、目の前に差し迫った商談会を成功させる。
私とジークはそれから大急ぎで商談会の準備をした。
その間……修二は表に出ることはなかった。




