23 完成
「眩しい……」
いつの間にか寝ていたのか、今日も朝の光で目が覚めた。やはり私はベッドの中で一人だった。
――寂しいと思ったが、彼の事情を知って好きになったのだ……受け入れるしかない。
「起きよう……」
私はベッドから出ると、お風呂に向かった。ハロルドが身体を拭いてくれたが、頭を切り替えるためにも身体を清めようと思った。
そして私はここに来て初めて、朝に温泉に入った。
「ふう……」
身体を洗って、温泉に入るとまどろみの中を彷徨っていた頭がだんだん冴えてきた。
私は湯舟から出ると服を着て髪を結い上げた。
鏡の中の自分はこれまでと変わらないように見えるのに、心は随分と昨日までとは変わった。
愛おしいと思える人がいるのはこんなにも自分を強くしてくれるのだと、知った。
そして私は、今日の仕事をするために洗濯室に向かった。
「あ……」
洗濯室にはハロルドと過ごした時間が夢ではなかったという確かな証拠が残っていた。
そして私はそのシーツを持ち上げてほっとした。
(よかった……これは切り刻まれてない……)
どうやらハロルドは、このシーツを洗濯室に持ってきてくれたようだ。
もしかしたら、ハロルドがお風呂に入る時に脱衣所の洗濯ボックスに入れてくれたのかもしれない。
この洗濯室と、お風呂の脱衣所の洗濯ボックスはつながっている。
たらいにお湯を入れて、洗濯をする。
そして、脱水機に入れて水を飛ばしてロープに干す。
「うん、今日もよく乾きそう!」
私が洗濯を終えて背伸びをしていると、ガサガサと音がした。
(あ……)
私が生垣をじっと見ていると、私は少しだけ沈んだ心に気付かないフリをして明るくあいさつをした。
「おはよう、ジーク」
声をかけると、ジークが少しだけ驚いたように言った。
「あ、ああ。おはよう。よく俺だとわかったな……」
「うまく言えないのだけど……表情が違う気がする」
始めは私も二人の違いがよくわからなかった。
だが、いつの間にかジークとハロルドをしっかりと区別できるようになっていた。
「表情ねぇ~~」
ジークが腑に落ちないと言った顔をした。
その顔がとてもジークっぽいと言ったら機嫌が悪くなるだろうか?
「朝ごはんにしましょうか?」
「ああ、頼む。持ってきてくれ」
「はい」
私は朝食の用意をするためにキッチンに向かった。
そして、キッチンの調理台に置かれた水差しとコップを見て全身が熱くなる。
(これ……ハロルドが飲ませてくれた……)
ハロルドと過ごした夜に、ハロルドが私に水を飲ませてくれた。その時に使った水差しとコップが置いてあった。
シーツを見ても実感はなかったが、なぜか水差しは……リアルに感じて顔が熱くなる。
(あ、いけない、食事を作らなきゃ!)
私は水差しを片付けようとして手を伸ばして、その手を止めた。
そしてなんとなく、テーブルの上に水差しとコップの載ったトレーを運んだ。
(もう少し、お昼になったら片付けよう)
私は朝食を作って、ジークの部屋の前まで運んだ。そして朝食を一時的に階段の近くの飾り棚に置いて、倉庫からワゴン出した。きれいに拭いてワゴンに朝食を置いてノックをした。
「ジーク、朝食ですよ」
ジークが中から「そこに置け」と声を上げた。
私はその場をあとにした。
そしてキッチンで自分の食事を済ませて、片付けをしていると、ジークが食べ終わった食器を持ってきてくれた。
「今日は応接間の準備をするか。あいつが庭は準備すると書いていたからな」
「はい」
「では先に行く」
ジークは先にアトリエに向かったので、私はジークの持ってきてくれた食器を洗って、アトリエに向かった。
なんだか、少しだけ恥ずかしい気がするが、ハロルドはいない。
私は、気を引き締めててアトリエの扉を開けた。
いつもは庭に面したアトリエにいるが、今日はそこにはいなかった。
(庭かな?)
大きな窓から庭を見たが姿が見えない。
ふと、大きなベッドのある部屋に視線を向けた。すると少しだけ扉が開いていた。
(あ、奥の部屋にいるんだ……)
私はハロルドと過ごした時間を思い出して顔が赤くなりそうになったが、大きく深呼吸して奥の部屋に入った。
部屋に入るとすぐにジークの姿を見つけたが、彼はじっと動かない。
彼の視線の先を見ると、ハロルドの描いたであろう私の絵が置いてあった。
(ジークは、あの絵を見るのは初めてじゃなかったはずなのに……今さらどうして……)
疑問に思っていると、ジークが呟いた。
「ひな……嘘だろ……」
(え!? ひな!?)
今、一瞬だが絶対にジークは"ひな"だと言った。
"ひな"とは私の前世の名前だ。
「……ジーク」
ジークに声をかけた瞬間……
(え……修二……)
修二が私を追い駆けて来た時の顔に重なった。
顔も何もかも違うのに、なぜか修二に見えた。
するとジークは私の横をすり抜けて、アトリエを出て行った。
私は一体何が起こったのか理解できずに、先ほどジークの立っていた場所に立った。
「顔が変わってる!!」
そこには、ハロルドが好きだというのが一目でわかる顔をした自分が描かれていた。
(え? え? どういうこと!? こんな顔じゃなかったよね!?)
確か以前見た時は、こんな顔じゃなかった。
考えられる可能性はひとつだ。
――ハロルドが描き直したんだ……
もしも描き直したとしたら、あの夜しかない。
私を小部屋に送った後。
(ハロルド……私を寝かせた後に、絵を描いていたんだ……)
気がつけば私は涙を流していた。
この絵からは、私のハロルドへの愛と……そして――ハロルドからの私への愛で、溢れていた――
「ハロルド……好きだよ、誰よりも……」
私は泣きながらそう呟く以外にできることがなかった。
この世界に来てよかったと、修二に浮気されてよかったと、婚約者のジャンに婚約破棄されてよかったと――心の底からそう思った。
だってこれだけの奇跡がなかったら、私はこの世界でハロルドには出会えなかった。
悲しいこともつらいことも全てが彼との出会いに繋がっていたのなら、これほど幸運なことはない。
人の心が移り変わるということはもう知っている。
でも……
(この絵の中で私は永遠に彼に愛されてる――もう、それで充分かも……)
人間不信だったが、ようやく変わらない愛を見つけた気がして、私はしばらく、ハロルドの絵の前で涙を流していたのだった。
◇
どのくらいここに立ち尽くしていたのだろう。
一瞬だった気がするし、長い時間だった気がする。
(今……何時……?)
自分の時間感覚がわからなくなって必死で時計を探すと、すでにお昼を過ぎて午後のお茶の時間だった。
「え! もうこんな時間!」
私は慌てて、アトリエを出た。
そして軽食を用意すると、二階の書斎に向かった。
「ジーク、昼食です」
ノックをしたが返事はない。
(どこにいるのかな?)
てっきりここだと思ったので、探そうとしていると中から音が聞こえた。
(中にいる……執筆中?)
もしかして小説を書いているのかもしれない。
私はワゴンの上に食事を置くと、ジークに声をかけた。
「お食事、ここに置きます。無理しないで」
そして私は書斎に背を向けて歩いた。
商談会もあるので、少しでも掃除をする必要があるし、洗濯物も取り込む必要がある。
今は家事をすることにした。
ジークは今回、食べたり食べなかったりと全部の食事を摂ってくれたわけではないが、前回よりも食事を摂ってくれた。
そしてジークは5日間ほど書斎に篭ったのだった。




