20 真実は闇の中
「今日も洗濯物がよく乾きそうだな~~」
私が洗濯物を干していると、馬小屋の方からジークが現れた。
「おはよう、ジーク」
「ああ、相変わらず早いな」
ジークは素っ気なく返事をした後に思い出したように言った。
「そうだ。今度、屋敷で商談会をする」
私は、洗濯物を手に持ったまま尋ねた。
「商談会……絵画のですか?」
「そうだ。国中からあいつの絵が欲しいという人間が集まるから準備を頼む」
「あの、屋敷でって……具体的な会場はどの部屋になる予定ですか?」
商談会なんて参加したことがないので、規模がわからない。
小さな部屋で行うのか、貴族のお茶会のように大々的に行うのか全く見当がつかない。
「そうだな……一階の応接間だろうな。あの部屋の家具を全て倉庫に移動して……そして、アトリエ前の庭を休憩所にして、飲み物やお菓子を出すか……」
一階の応接間の家具を全部移動して、アトリエ前の庭を休憩所って……
「つまり、応接間の会場設営と、ガーデンパーティーの用意をするってことですか!?」
「ああ、そうだ。察しがいいな」
それって、こんなにあっさりと依頼する案件じゃなくない?
私しかいないんだけど……
「もしかして、こんなことはよくあるのですか?」
ガーデンパーティーなどがよくあるのなら、何か過去の記録が残っているかもしれないと思ったのだ。
ところがジークはあっさりと言った。
「いや、いつもはこんなに大袈裟にはしないが……今回は取り扱い点数が多いからな。あいつの描く女性の絵はかなり人気が高いんだが、今まで手放すことを拒んでいたんだ。だが……誰かさんのおかげで、全部手放す気になったらしいからな、どうしても規模が大きくなるんだ」
今まで手放す気がなかったと聞いて、心臓の鼓動が早くなった。
「あの……本当に手放してもいいのかな?」
ジークはあっさりとうなずいた。
「ああ、あいつもお前の絵があるからいらないから売ってもいいときっぱり言い切ったからな。それに保管だって大変だし、他に欲しい人間がいるのなら、こんなにひと目につかない場所に置いておくよりも、欲しい人間の元に行った方がいいだろう」
「私の絵は売らない……」
「そうだ。あの絵は絶対に売らないと言っていたが……皆に見せるのはいいらしいからな。当日は一番目立つ場所に飾るつもりだ」
まさか飾られるとは思わずに大きな声を上げた。
「えええ!? あの絵、飾られるの?」
ジークが私を見ながら言った。
「当たり前だろ? お前も覚悟していただろう?」
「それは……まぁ……ハロルドのモデルになれば、誰かに見られるかもしれないと覚悟していましたが……」
本当は、少しだけ元婚約者のジャンを見返したいという思いがあったが、今となってはあの時の決断があったからこそ、ハロルドの側にいると決められたとも言えるので、人生何がどうなるのか全くわからないものだ。
「あの絵のお前は……最高に、きれいだ。もっと胸を張ればいい」
「え!?」
まさかジークに褒められるとは思わずに声を上げると、ジークが私の頭をぐちゃりと撫でた。
「開催は、俺が確実に外に出ている、次の満月の日だ。準備を頼む」
「わ、わかった!!」
私は髪を直しながら答えた。
「もしも、必要な物があったら、遠慮なく言え、手配する」
私はジークを見上げて尋ねた。
「じゃあ、ジーク。早速お願いしてもいい?」
ジークが口角を上げて私を見ながら言った。
「早速か、何だ?」
「家具を運ぶのを手伝って。さすがに全てを私だけでは運べないから……」
「男手か……今日中に手配しよう。あいつが準備するとは思えないからな、できるときに予定を詰め込む」
「うん。わかった!! ねぇ、一度どんなことがあるのか洗い出してみない?」
「そうだな……それがいいな」
確かに、ハロルドが準備をするとは思えない。
その日、私は家事に加えて商談会の準備も始めることになった。
ジークと当日までに準備することを洗い出したが、かなりやるべきことが多い。
(ジークが表に出ている時に準備しなきゃ、本気で終わらないかも!!)
そして私とジークは初日から、『1日でそこまでする必要はなかったのでは!?』というくらい働いた。
おかげで商談会まで数日休みを入れても十分に準備が終わりそうな目途が立った。
そんな一日中休みなく動いた日の夕食の後のことだった。
(あれ……なんだか、眩暈が……)
食事が終わって立ち上がろうとした時、めまいがするのを感じた。
私は座って頭を押さえていた。
「おい、食べ終わったから持って来てやったぞ」
「あ、ありがとう。そこに置い……」
そう言って椅子から立ち上がった瞬間、クラリと視界が回った。
(あれ?)
そう思った時には遅かった。
バタンという音と、身体の痛み。
「おい、どうした!? 大丈夫か!?」
そして、ジークの心配そうな声……
私は瞳を閉じた。
「おい、しっかりしろ、おい!! くそっ!!」
ジークの必死な声が聞こえたが、私はどうしても動くことが出来なかったのだった。
◇
パラ……パラ……と規則的にページをめくる音が聞こえた。
(本……?)
ゆっくりと目を開けると、ハロルドかジークかわからないが、真剣な顔で私の持って来た本『裏切り』を見ていた。
「誰……ですか?」
私が声をかけると、青い綺麗な瞳と目が合った。
「ジークだ……気が付いたか。お前が倒れて数時間しか経っていない。……心配したぞ。無理なら無理って言ってくれ……」
ジークが心配そうに私を見たので、彼を見上げて「ごめんなさい」と言った。
どうやら、私は自分の部屋に寝かさられていたようだった。
窓の外は暗くて、オイルランプの灯りで部屋が明るく照らされていた。
「ジークが運んでくれたのですか?」
ジークがつらそうに言った。
「俺のせいだろ? 焦っていた……悪かったな」
「いえ……実際、今日ジークがいてくれないと困ることが終わったのは助かりました。後は、ジークがいなくなっても、私、一人でも出来そうですし……」
「お前には負担をかけてばかりだな、損な性格だな」
ジークがそう言うと、私のおでこに手を置いた。
きっと熱はないだろうと思う。
「熱はないな」
「ありがとう……」
お礼を言うと、ジークが本を持ち上げた。
「これ……お前のか?」
私はうなずいた。
「うん。その本、好きなの」
私が呟くように言うと、ジークが目を大きく開けて困ったように言った。
「この本が好きなのか? 悲劇だぞ?」
私は好きな本をけなされたように感じて、少しむきになって言った。
「初めて読んだ時は、悲劇だと悲しいと思った。でも、読めば読むほどわからなくなったの。それで何度も読んでようやく……気付いた。私にとってその結末は……悲劇じゃないんだって」
するとジークが私を見た後に本をパラリとめくりながら言った。
「そうか、この結末が悲劇ではない人間がいるのか……」
そしてしばらく、本を見つめた後にジークが口を開いた。
「本はこれだけなのか?」
「うん。ここに来ることが急に決まったから、荷物は最低限で……でもその本だけはどうしても手放せなくて……私、婚約破棄をされた時、その本に随分と救われたから、そばに置いておきたかったの……」
ジークが私から目を逸らして、首に片手置いて言った。
「傍に置いておきたい……か……」
私はなんとなくジークが話を聞いてくれていたので、話を続けた。
「それにね……私も感じたの。その本に書かれている『裏切り者の匂い』嫌な匂い。何かが腐敗するような匂いを……」
ジークは目を大きく開けて私を見た。
「なんだって? 本当か? お前も感じるのか? 大切な人を奪ったことのある者の悪臭を!!」
興奮した様子で話をするジークを見るのは初めてで、驚いてしまった。
「う、うん。今は感じるのかわからないけど、以前……大切な人に裏切られた時、感じたことがある。耐えられないようなすごく嫌な匂いだった」
「そうか、お前も感じるのか、あの嫌な匂いを」
私は寝たままじっとジークを見た。
「うん……まさか、ジークも感じるの?」
ジークが本を見ながら答えてくれた。
「ああ。感じる。その本を書いたのは……俺だからな……」
「え!?」
私は驚いて、本とジークを見比べた。
ジーク・ルーベって……
「ああ、もしかして、名前、ベールを逆に……!!」
「そうだ。そのままっていうのも何かと面倒だからな」
ということは……
「え? つまり、ジークは私の好きな小説家ってこと?」
その瞬間、ジークが顔を背けていたが、耳や首まで真っ赤になっていた。
「お前が……好きか、どうかは……知らないが……俺は一応、小説を書いてる」
ジール・ルーべは多くの本を出している王都でも人気の作家だ。
「待って。つまり、ハロルドは画家で、ジークは小説家……ってこと?」
「ああ。ちなみに俺は絵は全く描けないし、報告を見る限りあいつに文才は全くない」
「もしかして、ずっと書斎に籠った後に、ハロルドがふらふらになって『お腹空いた』と出て来た時って、小説を書いていたの?」
「ああ、そうだ」
私は思わず声を上げた。
「えええ~~!! まさか、同じ屋根の下で、ジーク・ルーべが小説を書いていたなんて!!」
するとジークが顔を赤くしながら言った。
「俺だって……読者がこんな近くにいるなんて……思わなかった」
そしてジークが本を置いて、椅子から立ち上がった。
「それくらい元気なら問題ないな」
私は部屋から出て行こうとするジークに声をかけた。
「あの!! この『裏切り』っていう本。全部、ジークの考えたの?」
私が必死で声をかけると、ジークが頭をかいて困ったように言った。
「そいつは、ある日、頭の中に流れて来た絵を文字にした。頭の中で俺は……シュージっていう異国の服を着た男で……恋人をなくして、絶望で狂ったんだ。それをそのまま文字にした。今思えばやけにリアルな夢だった」
シュージ?
異国の服を着た?
ジークは「もう休め。じゃあな」と言って部屋を出て行った。
彼の背中を見送った後に、私はもう何度も読んだ本を開いた。
「もしかして……この話……」
主人公はシューイン。そして主人公が6年も愛した女性はフィーナ。主人公と恋人を引き離したくせに、主人公を捨てて、主人公に復讐される女性がカレン。
(どういうこと? やっぱりジークは転生者なの? ジークは……もしかして修二なの?)
私のように前世をはっきりと思い出していないだけで、ジークの前世は修二でその記憶を夢と認識したのだろうか?
私は再び本を見つめた。
(ねぇ、修二。この話の主人公のように、花蓮にお酒を飲まされて関係を持ったように見せかけられて『子どもが出来た』って騙されたの? そして花蓮に復讐して、命を絶ったの? そしてハロルドの中のジークに転生したの?)
私は本を置いて目を閉じた。
真実などわからない。
ただ――私は作家ジーク・ルーべのおかげで……救われた。
それだけは、紛れもない事実だ……




