19 同類
ジークは塀の裏木戸を開けた。するとそこはアトリエの庭に繋がっていた。
(アトリエって、ここからこんなに近かったんだ……)
そう言えば、洗濯干し場の隣はアトリエだったことを思い出した。
塀の前に生垣があるのであまり意識したことがなかった。
「こっちだ」
そしてジークはポケットから鍵を取り出してアトリエの鍵を開けた。
いつもは建物の中からアトリエに入っているので、外から開けるための鍵があるとは知らなかったがすぐに納得した。
(ハロルドの絵を置いているのだから、鍵があるのは当然か)
そう言えば、初めてここに来た時にここのガラス戸がすべて開け放たれて、ハロルドが絵を描いていたことを思い出した。
私が中に入ると、ジークがまたしてもガチャと鍵をかけて、先ほどまでいた寝室に入った。
そしてベッドの横を通り過ぎて、正面から見えない位置にジークが立った。
私もジークの後ろに立つと、扉があった。
(え? こんなところに扉があったんだ。知らなかった……)
ジークに連れられて中に入ると、そこにも小さな部屋があった。
もしかしたら、倉庫として使っているのかもしれない。
色のついたシーツが木箱に無造作に入れてある。
そして4段の大きなタンスが目に入った。
(もしかしてここに替えのシーツが入ってるのかな?)
これまで私の使うシーツがどこにあったのか不思議だったが、ここにあったのかもしれない。
私の予想を肯定するようにジークが低い声をあげた。
「そのタンスの一番上は、真新しいシーツ。開けて見ろ」
「……はい」
私はジークの言う通り、一番上の引き出しを開けると新しいシーツが入っていた。
そして、私が引き出しの中身を確認すると、ジークがまたしても口を開いた。
「一番下以外は空っぽだ。開けてみろ」
「……はい」
ジークの言う通り、二番目と三番目は空っぽだった。
大きな引き出しに何も入っていないのは不思議だった。それに普通なら、一番上と一番下を使わずに、使いやすい2番目と3番目を使うのではないだろうか?
疑問を持っていると、ジークがじっと私を見た。
「最後、一番下は……覚悟して、開けてみろ」
「え? 覚悟?」
「そう……」
月の光を背中に背負っているので、ジークの表情は……よくわからない。
だが、硬い声色に私は緊張で手に汗をかいていた。
「開けます……」
そして私は一番下の引き出しを開けた。
「え……何……これ……」
一番下の引き出しには、ナイフのような物で切り刻まれたシーツが何枚も入っていた。
私はそれを手に取って、全身が寒くなるような言い様のない感覚を覚えた。
なぜ、どうして、こんなにシーツが刻まれているのだろうか?
そして一枚、二枚とシーツを手に取って思わず手を離した。
(これ……私が絵のモデルをする時に使っていたシーツだ!!)
恐怖を感じて、シーツを離して立ち上がった。
「どうして、ハロルドはこんなことを……」
思わずつぶやくと、ジークが無表情に答えた。
「……あいつの考えなんて……俺にはわからない……ただ……あいつは昔から女が使ったシーツをナイフで切り刻む癖があるようだ。俺も知らなかったが……夜中にここに忍び込んだ愚かな令嬢が教えてくれたよ……」
そしてジークは切なそうに私を見た。
「もう一度言う。《《俺たち》》に――深入りするな……」
そして、ジークは私に背を向けて月を見ていた。
だが私はこの場を動けずに、じっと切り刻まれたシーツを見つめた。
(ハロルド……どうしてこんなことをしたの?)
心の中で問いかけたところで答えがあるわけではないのはわかっている。
だが、問わずにはいられなかった。
私はナイフでめちゃくちゃに切り刻まれたシーツを手にして考えた。
6年付き合って、同棲までしようと約束していたのに別れることになった過去がある。
婚約をする前に、何度も2人で会ってお互いに『この人となら』と決めてみんなに祝福されながら婚約した過去がある。
そして今回は、2人の人格を持つ男性と恋に落ちた……
「ジーク。私はやっぱりハロルドの側にいるよ」
ジークが私の方を見た。
影になっているので表情は見えないが、きっと驚愕の表情を浮かべているのだろうと思う。
「いいか、あいつは夜中にお前の使ったシーツを切り刻むような男だぞ? いつシーツがお前に変わるかわからない。そんな何を考えているのかわからない男の側に居るというのか!?」
「いるよ……だって、人なんて……何を考えているのかわからないもの」
ジークが低い声を上げた。
「何?」
私は切り刻まれたシーツを見つめた。
確かに、なぜハロルドがこんなことをしたのか、わからないから怖い。それは間違いない。
でも、私はこれまで、私のことを好きだと言っておきながら、他の女性と関係を持って私を捨てた男性たちを知っている。
私と仲良くしたいと言って、私の愛する男性を奪った女性たちを知っている。
そんな内心何を考えているのか全くわからない彼らを知っているのだ。
彼らはいつもと変わらない顔で、私に近づき私を裏切った。
そして私はまっすぐに、ジークを見つめた。
「ジーク、あなたはハロルドが本気で私に何かする可能性があると思うの?」
ジークは苛立った様子で大きな声を上げた。
「わからない、あいつの考えていることなんて、俺にはわからない!! だから怖いんだよ!! あいつが何をするか!! だから誰にも……俺たちに深入りしてほしくはない!!」
ジークにきっぱりと言い切られた。
いつか母に聞いた言葉。
『偏屈』で『人嫌い』あれはきっと今、目の前にいるジークのことだろう。
ジークはきっと怖かったのだ。
自分の中に他の誰かがいる現実。
そして、彼は自分の生まれた瞬間を知っている。
人は通常、自分の生まれた時の記憶と死ぬ時の記憶を明確に持っていることは少ない。
だが、彼は生まれた時の記憶を持っているのだ。それはきっと強烈に死を意識して生きるということに繋がる。
(そうか……もしかして、シーツが切り刻まれていることを知って、一番動揺したのは、他でもないジークなのかもしれない)
自分の身体を使って、他の誰かが罪を犯したらと考えるとどうしようもなく怖くなっても仕方がない。
私がじっとジークを見つめていると、彼は力なく言った。
「お前は……怖くないのか? こんなのを見せられて……」
私は素直に答えた。
「怖いよ……」
ジークは震えた声で言った。
「それなのに……あいつから離れないのか?」
「うん……離れないよ。まず、話を聞いてみる……」
私がはっきりと答えると、ジークが小さく笑った。
「そうか……じゃあ、見張ってくれよ。あいつを……」
私も小さく笑いながら答えた。
「見張らないよ……見守るけど……」
ジークが小さく笑った。
「はは、なるほどな……まぁ、好きにすればいい。あいつのことは……お前に任せることにする」
そしてジークが私を見て、これまで見たことないような穏やかな顔で笑った。
私はその顔を見て微笑むと、切り刻まれたシーツを元々あった場所に片付けた。
そして、立ち上がってジークを見た。
ジークも私を見て――再び笑った。
二人でアトリエの鍵をかけて、廊下を歩いた。
「そういえば、お前はあんな夜更けに、あんな場所で何してたんだ?」
ジークに聞かれて私は自分がなぜあそこにいたかを思い出した。
「あ!! 洗濯物、取り込んでたの忘れてた!!」
私が歩き出そうとして振り向いて、ジークを見た。
「そうだ。ジーク、お風呂……いつ入りますか?」
ジークは驚いた顔をして無邪気に笑った。
「はは、敬語で話すことも思い出したのか?」
そしてジークは、私の頭に片手を置いて笑った。
「そのままの言葉でいい。俺もその方が気が楽だ。それと風呂は……一緒に入ってやってもいいぞ? 隅々まで洗ってくれ。風呂は面倒で好きじゃないんだ」
「ええ!! 入らないけど……でも……温泉があるのに好きじゃないんだ?」
「まぁな」
そしてジークが面倒くさそうに言った。
「とりあえず、風呂には今から入るから」
「ふふふ、ごゆっくり」
私はいつの間にかジークと軽口を叩きながら廊下を歩いていたのだった。




