【8】いざ町へ
差し出されたのは黒いローカットブーツ。サイズが明らかに僕にあったものである。
「ありがとう。えっと、どうして?」
「前にショッキングスコーピオンを解体してくれましたよね」
「そうだね」
事実、前回のエビフライ(?)の追加分を作る際、自分に襲いかかった結果彼女の手により粉砕されたスコーピオンを解体、下処理して持ち帰っている。
なので素直に頷くと、大変言いづらそうな顔をしながら、彼女は続ける。
「ということは少なからず、スコーピオンがあなたを狩るときに出した毒液を踏んでいると思うのですが」
「それは、まあ」
「こうなります」
彼女が指さした先には、僕がこの世界に転移(多分)した時に履いていた靴があった。
「わぁ、靴底なくなってる」
でろでろに溶け落ちた靴底であろうなにかの液体のどまんなかに、見慣れた靴の胴体部分だけが鎮座していた。
襲われたときに、尾による刺突攻撃で服はすでにボロボロになったので捨てている。靴だけはかろうじて無事だと安堵していたのだが、どうやら世間はそんなに甘くなかったらしい。多分捨てた服も今頃ドロドロに溶け落ちていることだろう。
毒への体制があるのは僕だけで、身につけている衣服は別。また当然と言えば当然である。ゲーム感覚で軽く麻痺していたかもしれない。
「町に出れば代えの靴も服も買えますので、これを」
「ありがとう」
差し出された靴とシャツ、ズボンをさっさと身につける。襲われてベッドまで運ばれた時点で服を借りてはいたものの、それはどちらかというとゆったりとした室内着であった。人様の前に出るには不適である。
シャツもズボンもジャストサイズではないが、つるつるてんといるほど短くもない。アーネリカが190付近の男が着られる服を持っていることに驚きつつ、一緒に差し出された上着を羽織った。
「ところで」
「はい?」
「紋付きである必要性はあるのかな」
「……バレてました?」
「さすがにね。主張が強いからね」
シャツの胸ポケット部分、ズボンにワンポイント、コートの襟の部分、更には渡されたブーツの靴底部分にまで、教会にありそうな鐘にツタが絡んでいるマークが刺繍してあった。明らかに家紋か何かである。気づくなという方が無理がある。
「必要性はあります。あるんです」
「ほう。聞こうか?」
「異世界人……となると、大抵この世界にないアイデアを持っていることになります。つまり歩くビジネスチャンスなんです」
「生々しいなぁ」
まあ異世界転生あるある、元の世界の商品を売り出したら大ヒット……はもはやお決まりとなっている。
それこそ先日のマヨネーズやら何やら、先駆者がこの世界で再現を頑張ってくれた成果があった。
異世界転生した人が真っ先に作りたいほどメジャーになっている商品であれば、まず間違いなくこの世界でも売れる。捕まえたら確実……大変ゲスい言い方をすれば、買ったら間違いなく大勝ちする株とイコールである。
「だからノーマークだと連れ去られる可能性があります。なので……」
「所有権を主張する必要があると」
「言い方が言い方ですが……まあ、はい……」
連れ去られる……まあこの世界に来たばかりの異世界転生者、つまりよほどのことがない限り身寄りのないネギ背負ったカモである。連れ去っても誰も文句は言わない金のなる木。
対して、所有者……僕の場合アーネリカのような、居なくなれば探して、攫われたのであれば報復に来る存在がいると明示しておけば手を出すのは躊躇われるだろう。
僕の安全を確保してくれるためなのだから嫌がる必要もない。素直に着ておく。それに、所有権を主張されることには慣れている。
「いきましょう!」
「うん」
「待っててねペェちゃん」
ペェちゃんの背から降り、アーネリカがその頭を撫でてから町へ向かう。
町についたと言っても、正確には『町に近い森の入口付近』が正解である。なんせペェちゃんは巨大であるし、一応モンスターの部類であるらしい。そのまま街に近づけば大騒動必至である。
なのである程度近づいてもらったあとは、森の中で留守番してもらい歩いて町に入る。ペェちゃんの安全に関しては心配いらない。普通に強い。じゃないと家を乗せて危険地帯をノシノシ歩き回るなんて不可能である。
「さてあとは町まで安全に」
「ギシャーッ!!」
「早くない!?」
森に降りるとほぼ同時に真っ赤な二足歩行トカゲモドキに喧嘩を売られた。あまりにもシームレス、早すぎて赤兎馬も真っ青だ。
「助……ッ」
助けを予防とした瞬間に、眼の前にいた二足歩行トカゲモドキの胴体がずれる。
アーネリカがハルバードを横薙ぎにして両断したと気づいた頃には、ずれた胴体が地に落ちていた。
「わぁ……パワフル」
「装甲がないと考えることが少なくて良いですね!!」
トカゲモドキにもしっかり鱗が付いていたのだが、彼女にとってそれは装甲たり得なかったらしい。
そして次の瞬間、明らかに周りから生き物の気配が消えた。いや、減ったと形容するのが正しいのか。
「……割と狙われてた?」
「だいぶ狙われてましたね」
「格下判定はやいなぁ」
この世界は弱肉強食、弱いものを食べて強くなるのが基本である。楽に狩れる弱いものが居れば狙われるのは至極当然。
虎視眈々と狙われていたが、アーネリカの行動を見て『こいつに手を出したらやべえのに報復される』と判断されたわけである。そこは人間と対して変わらない。
そこからは至極平和であった。アーネリカに手を引かれて移動すれば、気配こそあるもののそれこそモーセの海割りのごとく気配が道をあけていく。
しばらく歩き続ければ、土レンガ造りの質素な壁が目に入った。門、つまるところ検問所のようなものがあるらしい。
「アーネリカ。僕通行証とか持ってないよ」
「大丈夫ですよ」
「そういうのはいらない感じ?」
「要りますよ。けど大丈夫です」
「えぇ……?」
説明になっていない説明を受けている間に、受付のところまでたどり着いていた。列はあるものの、身分証明書を流れるように提示するだけなので流れは早い。
オロオロしているうちに、自分の番がやってきた。
「はい、ご確認ください」
「そちらの方は」
「見たらわかりますね?」
「……あぁ!!はい、どうぞ、中へ」
「いいの!?」
あっさりと許可を出され町の中に進む途中、ちらりと門番たちの方を見る。彼らの手元の書類の『ペット』の枠に、僕の名前があったのは気のせいだと思いたい。




