【7】この世界のスキルはなんたるか
「いいえ」
即答が返ってきた。これには少し驚いてしまう。
僕は【精神苦痛耐性】【肉体苦痛耐性】を持ってはいるが、生前はここまでではなかった。
例えば、前回のエビフライの際。油の温度を見るためにほんの少し指を沈めたが、転生前は激痛を感じない程度であり、痛みをまるで感じないわけではなかった。
だから僕は勝手に、スキルとして認定されると能力にオマケ的なブーストがかかると判断していたのだが、どうやらそれは違うらしい。
「わかりやすい例えにしましょう。こちら、私のステータスです」
眼の前に表示されたウィンドウ、そこにはアーネリカのステータスとスキルが並んでいた。
その中でもやはり目を引くのは、
【怪力 レベル8】
【矛技能 レベル7】
のふたつだろう。他にも回避やらちまちましたスキルはあるものの、このふたつが軍を抜いている。
「本来であれば、私の体格であのハルバードを持つことは不可能です」
「……だね」
アーネリカが愛用しているハルバードは、刃(あるいは斧)の部分のみで彼女の体の半分近くある。全体で見れば彼女の2倍近い大きさと言っても過言ではない。
かと言って細身や薄いなんてことはなく、ゲーム内のハルバードしか知らない僕から見ても、明らかにぶっとい&分厚いものであった。ショッキングスコーピオンの甲殻ごと砕いたのだから当然ではあるのだが。
そしてもちろん、彼女の体重の、下手すれば5倍はあろうかという頭のおかしい武器である。生物学上彼女の体格と体系的に『持ててはいけない』部類のものだ。
「ではどうぞこちらを」
「腕?」
「はい。持っててください。ぐっと」
「ぐっと」
指示されたとおりに、眼の前に差し出されたアーネリカの腕を心持ちしっかりめに持つ。それを確認してから、彼女はおもむろに腕に力を込めた。
「……!?……えっ?は?えぇ……岩?」
硬かった。固い、ではなく、硬い。もはや筋肉の固さではない。岩盤か何かを持たされたと言われたほうがしっくりくるほどの、力を込めても指が沈みもしなければ弾力も感じない何か。
筋肉繊維の密度がおかしいのだ、と気づくのと、アーネリカが力を緩めるのが同時だった。
「これは努力で獲得したものです。スキルによる強化、ではなく、この世界は生まれ持った肉体による成長上限というものがありません」
生まれ持った肉体による成長上限……長いようで、この言葉に込められている意味はとんでもなく濃縮されている。
男女の差、体格の差、そしておそらくだが加齢という上限すらも努力で覆せる。努力が絶対に応えてくれる世界。それこそ、アーネリカという少女が一代で特殊体質に到れるほどに。
「その、努力って、多分だけど、相当……」
「はい。二十歳になる前にスキルレベル7以上を持っているのは異常と言われてもおかしくない範疇です。内容、密度ともに、頭のおかしいほどの修練が必要になります」
にこやかにそう言い切ったアーネリカに、顔が引きつった。
アーネリカが言いたかったのはこういうことだ。
『僕は本来その段階に到れるまでの努力を既に蓄積していた』。だからこの世界に来て、肉体的な限界を取っ払った結果あの状態になったわけだ。
『異世界転生』というたとえ現実にあったとてまず自分には回ってこないだろうカードを引いたことで、正当な評価とともに保証されてしまったわけである。
そう、「お前の今までの生活は頭のおかしい内容と密度の修練の日々だったんだよ」と。
しっかりと説明ができて誇らしそうなアーネリカとは裏腹に、こちらは放つ言葉どころか表情にすら困っていた。こんなときどんな表情をすればいいのだろうか。笑えばいいだろうか。しかしこのネタが通じる人もいなければ、答えてくれる人もいないのが現実である。
「えと」
「ペェーーーッ!!」
「あ、町に着いたみたいですね」
「えっ」
外からペェちゃんが声をかけてくると、アーネリカはいそいそと出かける準備を始めた。
慌ててその後ろをついて歩くが、特に手伝えることはなさそうであった。アーネリカはそろそろ着くのが分かっていたらしく、ブーツだの上着だの色々入ったカバンだの、というお出かけ必需品はすぐ横にまとめておいてあった。
「気づいてませんでした?ペェちゃんずっと移動してくれてたんですよ」
「凄いね!?」
ペェちゃん、先日ご挨拶した巨大な亀……アーネリカ曰くパンケーキミシミシガメという種類の亀。
彼女と、そして転がり込んできた僕が何一つ問題なく生活できるほどには広いこの家は、ペェちゃんが背中に乗せて運搬してくれている。
そのパワフルさは初手『自分が過ごしていた家が亀の上にあった』というトンデモわからせスタイルで痛感しているが、ここまで静かに動けるとは思っていなかった。
(気づかなかった……動いてないものと思ってたのに)
改めて巨大なだけではないペェちゃんのポテンシャルに驚かされていると、アーネリカがこちらにトコトコと近づいてくる。
そして自分の目の前に大きめの台を置くとその上に乗り、何も言わずに僕の片足を引っ掴んで逆さに持ち上げた。
「ふむふむなるほど」
「アーーーーネリカさぁああああん!?」
「はい?」
「アーネリカ!降ろ……ッ!!降ろし……!!」
「あっごめんなさい!!」
必死に訴えれば文字通り即座に降ろされる。
そう、手を離すという実にシンプルな方法で。
「ぐっ」
思い切り床と衝突、遅れて受け身は取ったものの、盛大に鼻をぶつけてしまった。
痛みはないが、衝撃そのものは普通に届くのでちょっと嫌である。鼻血は出ていない、町に行くことに問題はなさそうだ。
「スミマセン……」
「気にしないで。痛くないから」




