【6】お手軽俺強えは出来るのか
眼の前で、アーネリカが楽しそうに教鞭をとっている。
顔には伊達眼鏡をかけ、手には指示棒……と言ってもそこらで拾ってきた良さげな木の棒なのだが、それを握り、教科書を片手に僕にものを教えようとしていた。
なおその手に取られている教本には、『異世界転生者用常識解説本』と書かれていた。またも先駆者……あるいはその先駆者に苦しめられたであろう人の努力を享受している形である。
「まずは基礎について話しましょう」
「はーい」
「まずよくある勘違いなのですが」
「はい」
「最強スキルを最初から持って生まれることはありえません」
「オゥ」
「最初から最強スキルによる俺つえぇは不可能です」
「わあ」
初っ端にしてはなかなか火力の高いジャブが打ち込まれた。近年人気の異世界転生といえば、最初から強強スキルを授けられて……あるいは後にそのことが判明して無双していくのがお決まりの流れだ。
最近の「異世界転生者したい」は、「強強スキルを持って生まれ直して俺強えイージーゲームをしたい」と同義な節があるというのにそれを正面から叩き切った形である。
【剣聖】とか【賢者】とか、そういうスキルを最初から持って生まれてくることはないというわけか。
「原則として、スキルは努力で取得するもの、実力の保証のようなものです。最初からレベル1を保有していることはままありますが、ひと月もすれば保有していない人に追いつかれます」
「才能にも限界があると」
つまり、最初から剣技レベル1を持って生まれる可能性はある。それこそ生まれ持った才能のように。でもそれ以上は完全に努力でしか手に入らない領域なのだろう。高を括って努力を怠ればさっさと追い抜かれる。
なるほどなかなかに無情である。
……だとして、僕はこの世界に来てから努力らしい努力は特段していない。実力の保証だとして、最初から8だのなんだのをあれだけ保有しているのに違和感を覚える。
身に覚えがある、というのは転生前の話である。普通転生といえば、スキルなんて神様の贔屓か加護か、生まれつきあたりで保有していないのであれば、転生してから頑張って獲得する絶技のようなものではないのだろうか。
まるで体と記憶どころか、スキルまでこの世界に適応させて引き継いだみたいな……ゲームで使ってた育成済みキャラクターを他のゲームに突っ込んだら、そこのシステムに適応して取得しておいた超常能力をそのまま使えたような感覚なのだ。
「スキルは……リツヤさんの世界で言うところの『資格』に近い存在になります。1から10までで段階分けされます。1は心得を知っている程度、3までが初心者、5までが中級者、7あたりが上級者。8以降はプロや達人に近いものと考えていただいて問題ありません」
「あ、今すごい腑に落ちた」
スキルが『保有したことによって超常的な力を使えるようになるもの』ではなく『こんな事ができるという保証』ということか。
英検5級とかに近い感覚だ。それであれば転生直後であってもあのスキル欄であることに納得がいく。
あれは『隼律也がこの世界に来てから獲得した異常能力』ではなく、『隼律也が何をできるかの保証一覧表』と言うわけだ。
確かにこの世界に寿司職人を全盛期そのまま連れてくれば、然るべき道具さえあれば問題なく極上の寿司を握れることだろう。スキルに料理の名がなければおかしなこととなる。
納得してウンウンと頷く僕を一瞥してから、アーネリカは教鞭をパシンと手のひらで鳴らした。視線を戻せば、彼女も授業を再開してくれる。
「あともうひとつよくある勘違いを」
「はい」
「強制ステータスオープン、対人鑑定による無双も無理です」
「人によっては泡吹きそうな事実だね」
最強スキルで俺強えの次に有名なテンプレートとなりつつある、鑑定・ステータスオープン系知識無双ゲーの線がチリとなって消えた。この世界に来てこの夢の二大巨頭を夢見た人の精神は果たして無事だったのだろうか。多分無事じゃなかったからあんな本が出たんだろうけど。
「とんでもなく失礼な行為になります。というか普通に捕まります」
「個人情報保護法に中指立ててるようなものだもんね……」
まあ普通に考えて、現代日本の履歴書とかを勝手に見ているようなものである。よく考えなくても普通に捕まる。
「あと逆に、行政によるステータス開示請求はよほどの理由がないと拒否できません。身分証のようなものだと考えるとわかりやすいそうです」
「なるほどね。うん理解。ありがとうアーネリカ」
ステータス開示、まあ身分証明書の提示に近い感覚だろう。そんなに違和感はない。そのあたりはやはりしっかり管理しないと問題が起きかねない。
「ここまでで質問はありますか?」
「あるかな」
「どうぞ」
「……もしかしてだけど、スキルとして認定されると元になったその技能、能力が強化されてたりする?」




