【4】三目のエビを調理せよ
キッチンに足を踏み入れた瞬間に目についていたものはあった。
キッチンの奥を占領している巨大なバケツ。その中には水と氷……そして大量の立派なエビが収まっていた。
アーネリカのあの音、ものすごくお腹が減っているはずだ。たくさん作っても問題はないだろう。それにエビは足が早い。腐る前に美味しく頂いたほうが良いはずだ。
「見知ったエビ……とほぼ同じだね」
確認する限り食用だ。念の為一匹捌いて見たが毒もない。構造が変わっている様子もない……目が一つ多いのを除けば。
とりあえずプチッと締めて、切り込みを入れて殻を向く。竹串らしきものを差し込み背ワタを引き抜く。ついで胃袋も除去させて頂いた後、水ですすいで頭を落としたり足を取ったり。
あとはこれを淡々と繰り返す。バケツの中のエビ(推定)の数を確認したわけではないのであと何匹とかはわからない。
なので静かに無に突入して作業に没頭する。こう言うのは先を考えたら負けなのだ。心が折れるから。
早く、しかして美しく。黙々と、淡々と。エビの個数と僕の集中力忍耐力、どちらが先に尽きるかの勝負である。
「……勝った。僕の、勝ちだ」
数分後、僕は氷水の冷たさで感覚が失われつつある手を高らかに突き上げて勝利宣言をしていた。
横には山と積まれたエビの数々。そんでもって空になったバケツ。
手に何度か息を吹きかけて間隔を取り戻しつつ、卵と小麦粉、パン粉を手にとってそれぞれをバットの上に出す。
察しの良い方はこの時点で何を作るかわかるであろう。そう、エビフライである。せっかく揚げ物でもいいというお許しを頂いたのだ。これに乗る以外の選択肢はあるまい。
鍋に大量に油を注ぐ。そしてコンロにかけて着火。
悲しいかな、菜箸のようなものはこの世界にないらしい。バケツやらコンロやらはあるのに箸がないと言うのであれば、やはりこの世界はヨーロッパにそこはかとなく近い世界であるらしい。
「油……温度どうやってみようかな」
僕は純日本人である。もちろん教わった調理法も日本で行うことを前提としている。
そしてその調理法では、油の温度は菜箸を沈めて確認する。そしてその菜箸はここにない。どうしたものかと少し考えた後、面倒くさくなったので人差し指をほんの少し油につけてみた。
「ん、適温だね」
痛みはなかった。【肉体苦痛耐性】というものはこういうところにも干渉するんだろうか。まあ特に説明は受けていないのだが。
とりあえず小麦粉をつけて、卵をつけて、パン粉をまとわせる。そして油の中にシュート……をまたも繰り返す。
揚がるまでの間に衣付けを繰り返し、よく揚がったものは油切りの上に乗せてを繰り返せば、生エビの群れがエビフライの山へと変貌を遂げていく。
そこそこの高さまで山が育ったのを確認してから、息を吸う。そしてリビングの方へ声をかけた。
「アーネリカー!!」
「はぁーい?」
「どうぞ」
「わあ美味しそう」
アーネリカがこちらを一瞥する。笑顔のまま次のエビフライを揚げにかかる僕を見て、こちらはまだ食事に移るつもりも、そして譲るつもりもないことを察したらしい彼女は、キッチンの端にある小さな台と椅子に陣取った。そこで食べるつもりらしい。
「リビングで食べれば……」
「なにか?」
「だからリビン」
「いただきまーす!」
……譲るつもりはないらしい。強情はお互い様というところか。
塩とソースを持った彼女はニコニコの笑顔でエビフライの山を切り崩しにかかる……ソース!?
「ソースあるの!?」
「ありますよ?」
「マヨネーズは」
「そちらに」
「マヨあるんだ……」
指し示された先には、ものすごく見慣れた形状の容器に入ったマヨネーズが鎮座していた。プラスチックでこそないらしいが、とても似せようという努力をひしひしと感じる革製の入れ物だった。
そういえば割と最初から、異世界の存在、つまり転生者にアーネリカは極度に驚く様子を見せていなかった。
珍しくはあるものの、存在自体は広く知られている。そんな印象を受ける受け答え。もしかしなくても割とこの世界への先人転生者は多いのかもしれない。
そうなのであれば、ソースやらマヨネーズやら見慣れすぎたキッチン様式やらがあってもおかしくない。多分相当必死に開発してくれたのだろう。気持ちはわかる、僕だってなかったら間違いなく作ろうとする。先駆者様様である……頭が下がる。本当にありがとう。
そして、そうなのであればやらねばならないことがあるだろう。
可能な限り最速で卵を茹でる。ハードボイルドを3つほど。茹で上がった端から殻を向き、卵を荒く潰してマヨネーズを投下。
この時マヨネーズを入れるにあたり、心しておくことは3つ。
ひとつ、臆してはならない。
ひとつ、ケチってはならない。
ひとつ、後先を考えてはならない。
正気に戻ったら終わりである。美味とはカロリーとイコールなのだ。どこかで精算をつけるとして、やる時は頭を馬鹿にしてでもやらねばならない。
そしてその背徳と旨味への革新を混ぜくれば、タルタルソースの完成である。
「良ければどうぞ」
「ありがとうございます!」
タルタルソースの小鉢を渡そうと振り返ると、すでに山の左半分が消失していた。いや早くないか。
残りのエビフライを大慌てで揚げきって、目をキラキラと輝かせながらエビフライを口の中にどんどん収めていくアーネリカの前に置く。
「これで全部……長かった」
「えっ」
確かめるように呟くと、アーネリカから素っ頓狂な声があがった。ついそちらを見ると、絶望に染まった目と視線がぶつかった……なるほど全くもって足りていないらしい。
だがどうしたものか。小麦粉はある。卵もある。パン粉もある……がエビ(推定)がない。
それにアーネリカはかなり胃の許容量が大きいタイプらしい。並大抵な量では足りないだろう。
エビフライに近いもので、量が大量に確保できる、この付近で手に入る食材……そこまで考えて、一つ思い当たるものがあった。
「ちょっと待っててね」
「えっ」
「外に出てくるから、食べ……切ったんだったね。じゃあ期待して待ってて」
「……ハイ?」
言うが早いか調理器具と運搬用の器を借り受けたリュックに詰め込んで家を飛び出し……そして現状を思い出して減速してペェちゃんの甲羅から慎重に降りて、再び走りだす。
記憶を頼りに森の中を走り進めば、記憶と違わずそれはそこにあった。
記憶を掘り起こして知識を引きずり出す。そして呼吸を一つしてから、包丁を構えた。
「やるか」




