【25】落ち行く深部
とりあえずペェちゃんを全力でなだめすかし、ものすごく不服そうながらもなんとか説得に成功する。
待ちの姿勢に入ったのを確認してから、改めて洞窟に向き直った。
苔一つ生えていない剥き出しの岩肌、奥へ奥へと続くその洞窟は奇妙なほどに湿気を感じない。そして洞窟の奥がほんのりと赤く照らされている
その時にふと思い出したのは、何故かヘンゼルとグレーテル。けれど数秒してから窯に見えるのだと納得いった。
入ったら灼熱の炎に焼かれると危機感が必死に警告しているが、意図的にそれを無視して歩みを進める。
「狭いですね」
洞窟を見つめたアーネリカがぼそりとそう呟いた。
事実この洞窟は狭い。いや歩み入ることすら困難というほどではないが、大人が二人並んで進んでぎりぎりくらいの横幅しかないのである。
「あ、そうだね……そういえば大丈夫?」
「なにがです?」
「難しいでしょ、狭いところでハルバードは」
「ああそれなら」
彼女は一切焦る素振りを見せずに、背に背負ったハルバードを一瞥する。
洞窟の縦幅はしっかりあるので背負って入ることは何も問題がないが、彼女得意の横薙ぎは難しいだろう。
ナイフか何か持って入ったほうが良かったか。しかし彼女の常の相棒に比べてしまうと信頼できない武器を下手に使うのはむしろ危険か……と考えている僕の前で、
「最悪コレで」
――アーネリカは笑顔で握り拳を岩肌に叩きつけた。
金属どうしがぶつかり合うような音が響き、岩肌の一部が粉砕される。なお、彼女の拳には傷一つどころか土塊ひとつついていない。
「何よりも信頼できる武器だったわ」
全幅の信頼をおいて探索できる。
安心して洞窟の奥に奥にと歩いていくと……ギュモッ、という音が聞こえ、それと同時に背中側から差し込んでいたはずの自然光が消滅する。
不思議に思って振り返れば、つやつやのチョコレートボンボンのような瞳と目があった。
ペェちゃんの顔である。顔が眼の前にある。先程までここにあったはずの、洞窟の出口と入れ替わるように。
僕が数秒フリーズしているうちに、ペェちゃんはぐ、と顔を動かそうとし……表情が凍りついた。
「ペァ…………??」
あれおかしいな、と言わんばかりに前に動かそうとし、失敗し、後ろに動かそうとして失敗する。
しばらくその動きを繰り返したあとにピタリと動きを止め、はらはらと泣きだした。
どうやらすべてを悟ったらしい。
「詰まったねぇ」
「だから自分のサイズを覚えてくださいとあれほど……」
なだめすかされはしたものの、やはり一緒に行きたかったのだろう。後ろをそっとついて行けばいいと判断して実行に移した結果がこのザマである。
「さてどうしようかアーネリカ」
頭がギッチリ詰まっているこの状態、アーネリカの剛力で押すのがおそらく一番確実ではあるが、岩肌でペェちゃんに傷がついてしまう恐れがある。
大事に家族を痛い目合わせるわけにはいくまい……とひとり考えながら飼い主の指示を仰ごうと声をかけると、アーネリカは落ち着き払った声でただ“呼んだ”。
「ペェちゃん」
そして身振りを付け加えてこう続ける。
「Small」
普段めったに使わない英語での発言に一瞬困惑し、すぐにその意味を理解する。これはコマンドだ。犬に対する『おすわり』や『待て』と同じである。
日本人でもたまに、日常の言葉と強制力あるコマンドを明確に分けるために、英語と日本語で切り替える人がいたはずだ。
(それはそれとして……Small?)
Stay、Come、など有名なコマンドは知っているという自負があったが、聞き馴染みのないどころか知識として知らないコマンドが聞こえてきて少し考え込む。
Small、小さく、あるいは小さい。
これをどう実行させる気なのだろう。小さく手足を畳めと……つまり殻にこもれという意味合いだろうか。でも詰まっているのは首だ。首も?いや無理だろう。
そうやってグルングルンと考えている僕の前で、信じがたいことが起こった。
「ペッ」
「え」
縮んだのである。
パンケーキ色の巨大亀が、シュルシュルと音を立てて。
シル◯ニアファミリーのお家のような家を背中に乗せ、それが少し変わった地面に建っていると誤認させるほどの巨躯の持ち主が、縮んだ。
しかも、片方の手のひらに乗るサイズ感である。
「ペー!!」
本人はまるで平気そうである。強いて言うならいつもより声がワンオクターブ高い。小さい分振動数が上がったのだろうか。
「あ、言ってませんでしたっけ。パンケーキミシミシガメにはある程度の大きさ調整能力があるんですよ」
「……ハァ??」
そういえば、とだいぶラフな説明が発生したが、それでわかるわけがない。さも標準装備みたいに言われても何が何やらである。
「そちらの世界にはやっぱり居ないんですか?大きさが変わる亀さん。珍しいとは聞きますが……」
「居ない居ない。珍しい云々以前に生物の構造として無理があるから」
「そうなんですか……便利だし可愛いのに……」
一瞬しょんぼりとしてから、顔所はすぐに表情を切り替える。首が抜けて嬉しいのか、はたまた今の視点が新鮮なのか、テフテフと足踏みするペェちゃんの前に両手を突き出し、ジリジリと出口の方に追いやっていく。
さながら駐車場管理をしてくれているおじさんの如くである。
「良いですかペェちゃん。後ろに下がってください。backです。バック」
「ペーーーーーッ!!」
しかしそんな説得虚しく、テンションが上がっているらしいペェちゃんは、嬉しそうな声を上げてこちらに走り寄ってくる。
「あ」
「え」
その瞬間に、轟音とともに足元の地面が消え失せた。
「わーーーーーーーーーーッ!?」




