【13】市場満喫
することが決まっていれば人は忙しい。
アーネリカに引き連れられてやって来たるはマーケット、食料品をひたすら買い込む次第である。
ただ今回は相手が迷いの森、ということでどこまで時間がかかるか全くの未知数。
まあ普通の冒険も経験したことがないので、それ以前の問題ではあるのだけれど。
「活気づいてるね」
「この市は庶民の味方ですから。安い、大きい、質がいい」
「良いね」
冒険者たちもさることながら、ここで普通に生活しているであろう親子の方々も楽しそうに買い物をしている。
店の人と楽しく談笑しながら、持ってきたぶどうか藤のツルで編んであるらしい籠に購入した商品を入れていっている。
子供が量り売りの飴屋の前で地団駄を踏んでいたり、葱らしき野菜の前で見定めている人がいたりと、どこか見慣れた風景に口元が緩む。
やはりそういうところは万国共通らしい……いや国どころか世界すら超えてるんだけど。
「何円かとか、分からないけど」
トマトらしき野菜の山には、木片に手彫りで書かれた値札が添えてある。
それに「3個一銅貨」と書いてあった……いや日本語では書かれてないんだけれど、何故か読める。
まあ問題は、読めたところでこれが一体何円なのかが体感わからないと言うことだ。
「えっとですね、リツヤさんの感覚に合わせて言うとですね」
アーネリカがお財布を取り出す。取り出すときの音がものすごい重量だったのはきっと気の所為である。
十円玉によく似た銅製の硬化を一枚取り出して、アーネリカは手のひらにそれを乗せる。
「銅貨一枚が十円」
そして小さな手のひらに銅貨を器用に十枚目並べてから、その上に銀製の硬貨を一枚置く。
「銀貨一枚が百円」
そして銅貨をザラッと財布の中に戻し、今度は銀貨を十枚手のひらに並べ、先ほどと同じように金で出来た硬貨を上に乗せた。
「金貨一枚が千円」
そして銀貨をしまい、金貨を十枚手のひらに並べてまた新しい硬貨をその上に乗せる。
非常にシンプルな先程までの硬貨とデザインが違い、中央に人の顔が鎮座している。
肖像画のような感じである……こういうのって普通横顔だと思うのだけれど、この世界では違うのだろうか。
「白金貨一枚が一万円です」
「ふんふん……」
なんとも分かりやすい十進法。これは覚えやすくて助かる。紙幣では無いのだけが大きな違いだろうか。
とりあえず知識を得たので、改めてトマトらしき物を見てみる。
3個で一銅貨。つまり3個で……十円……?
「やっっっすいな!?」
もとの世界の物価では考えられない金額であった。
訳アリ品だとしてもこんな安価なものは見たことがないし、しかも店先にいる人の反応を見る限り……というか普通に良い品だ。それでこの値段、この世界は天国がなにかなのか。
「国の基本指針は民の生活必需品は限りなく安く、です!!」
「素晴らしいなこの国」
「農家さんなど第一次産業に従事してくれている方にはには国からの支援がありますので」
「本当に素晴らしいなこの国」
生活必需品は限りなく安く、本当にそうらしい。
食料品以外にも、塩などの調味料、料理用の酒なども安く売られている。
ただ店先に置かれてはいるものの、別棚に置かれているワインなどの酒類は一気に値段が跳ね上がっていた。
おそらく一般人向けであろうワインが一本五千円近い。買えないお値段ではないが、贅沢品にしても高めのお値段設定だ。
夫婦がものすごく長時間話し合った末に笑顔で購入していった。年に一回の贅沢品扱いなのだろう。
「買うぞー!!」
「おー!!」
腕を振り上げれば、アーネリカはお財布を手に取ったまま腕を振り上げた。
どじゃらり、と重々しい音がする。とりあえず一旦回収して、いくつかの硬貨を小袋に取ってもとに戻す。
そしてお財布を、全力でアーネリカの手に握らせた。
「でもお財布はしまってねアーネリカ。絶対そんなに要らないから」
「でも」
「しまいなさい」
この子の金銭感覚を信じてはいけないと本能が告げている。なので財布は仕舞わせて、買い込みは担当することにした。
元々専属料理人として雇用された身である。一応食料調達も仕事の家であるはずだ。
◇
しばらくお買い物をした頃には、前が見えないほどの食料品の山が腕の中に積み上がっていた。
ここまで買うつもりではなかった、というか買っていないのだが、店先のおば……お姉様方がおまけと言って次から次へと積み上げてくれたのである。
「なんか大量におまけ貰ったんだけど」
「あー……」
「ここの人って優しいねぇ」
「無自覚の美貌って罪ですよね」
「……何言ってるのアーネリカ?」
「本当に罪ですよね……」
何故か物凄く罪作りなものを見る目で見つめられた。
言っていることはよくわからなかったが、とりあえず食料は手に入った。
僕が食料を調達いているうちに、アーネリカは食料以外の冒険必需品をしっかり用意してくれていたらしい。
なので僕は食料品、アーネリカは油や紐などを大量に持ってのろのろと市を後にした……いやアーネリカの足取りは軽やかだったのだけれど。
「ペェちゃんただいま」
「ペェッ!!」
「ただいま……」
「ペェッ!?」
アーネリカには元気にお返事した拠点の運び手ことパンケーキミシミシガメ・ペェちゃんであったが、ふらふらと左右に揺れながら荷物の山を抱えた僕は不審者と判定されたらしかった。
ガブガブと頭を噛まれる。多分手加減はされている……具体的には流血だったり骨が折れたりしない程度には。つまり結構容赦ない。
「あ、違う。僕、僕です律也。噛まないで……ああ……」
「ペェちゃん、ペッ」
「ムー!!」
アーネリカが諌めてくれたが、ペェちゃんは拒否の鳴き声を出した。
なお、ペェー鳴きでないのは僕を口に含んだまま鳴いたからである。音が結構大きいので、口に含まれたまま鳴かれたこちらには相応のダメージがある。
さて、僕の鼓膜が死ぬのが先か、頭皮が限界を迎えるのが先か。どちらにせよ口に含まれている僕は血みどろ必至である。
「毒ありますよ」
ぺっ、と迷いなく吐き出された。そういえば、ペェちゃんの前で【毒保有】の話はまだしていなかった。
こちらを吐き出した後、うるうるとした責めるような目見られる。まあ気安く口に含んだものが毒などと後出しされては卑怯と思う気持ちもわからなくはない。
……まあ僕が被害者のはずなんだけど。
「ごめんね、でも多分ちょっと痺れる程度だから。死ぬ危険性はないから」
仲直りの意味を込めて握手をしようとして、はたと気づく。そうだ手無いんだった。
握ろうにもサイズ的に無理がある。相手は背中に載せたそこそこの大きさの家が玩具に錯覚されるほどの巨体である。
「ペ」
大きな手……正しくはおそらく前足……がにゅっと差し出される。ハイタッチのようにその足裏に手を重ねると、重ねた手がもっちりと中に沈んだ。




