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第七話「記憶なき兵たち」

テンファン市街の地下深く、かつて軍政機関が使っていたとされる旧施設区画――

ヤマト連邦軍特殊部隊《白狐》の一隊が、密命のもとその場所に到達した。


電源は落ちているはずだった。だが、部隊が踏み入れた瞬間、かすかな振動とともに天井の照明が一つ、また一つと点灯していく。

黄ばんだ光が、埃の積もった廊下と、左右に無数に並ぶ部屋の扉を照らし出す。


先頭を進む神楽マオ中佐は、短く手を上げて部隊を制止させた。

照明の再起動、それ自体が罠である可能性も高い。だが、それ以上に、彼女の本能が告げていた。


――ここには、何かいる。


呼吸音すら聞こえぬ静寂のなか、隊は厳重に密閉された扉の一つを開く。

その奥にあったのは、広いホールのような空間。そして、並んだ椅子に腰かけた、無数の兵士たち。


眠っているように見えた。だが、近づいて確認すれば、彼らの目は開いていた。焦点の定まらぬ目、感情の抜け落ちた顔。そして何より異様だったのは、その全員の額に刻まれた、黒い痕――まるで焼き鏝を押し当てたかのような、記号とも符号ともつかぬ歪んだ印だった。


個人識別コードも軍籍情報も削られ、ただ同一の戦闘服に身を包んだ彼らは、まるで「製品」のように配置されていた。


「呼吸している……でも、眠っているわけじゃない。これ、生きてるのか?」


副官が呟いたとき、施設の天井を這う古びたスピーカーから、ノイズ混じりの女の声が響いた。


《作戦コード:クロカ。モジュール起動確認。散花実行――命令:咲け》


直後、眠っていたはずの兵たちが一斉に立ち上がった。


その動きには、生身の人間にあるべき“迷い”も、“判断”も、“恐怖”もなかった。

ただ立ち上がり、最も近い対象――つまり侵入者であるヤマト軍部隊に、無言で、整然と迫る。


「交戦許可!応戦!」


白狐部隊が放った閃光弾がホールを白く染める。

銃声が反響し、血が舞う。だがそれでも彼らは止まらない。

致命傷を負っても、倒れた仲間の上を踏み越え、まるで機械のように前進してくる。


しかも戦い方は訓練されている。遮蔽物の使い方、索敵と迂回、包囲の動きに至るまで、精緻に設計された「戦術」をなぞっているようだった。


「これは……ただの兵じゃない。いや、人間なのか? こいつらは……!」


短いが激烈な銃撃戦の末、かろうじて一体だけ、行動不能状態での“確保”に成功する。

若い男だった。顔立ちは整っていたが、その目には感情がない。まるで壊れた人形だった。


神楽中佐は、応急の神経スキャナーを通じて、その兵の脳内データを抽出する。

想定通り、記憶の大半は切除されていた。

だが――断片のように、いくつかの「映像」が残っていた。


祭りの日の屋台、女の子の笑顔、夕暮れの街、誰かに手を引かれる感触。

そして、軍に連行される直前と思しき場面。騒乱。叫び。

最後に、暗闇で響く女の声。


《あなたたちは、花になるの。祖国のために、美しく、強く――咲くのよ》


同時に、捕らえた男の脳波は急激に減衰し、やがて停止する。

その直前、彼はわずかに口を動かした。


「……サクラ……が……ひらく……」


男の死とともに、地下施設全体が緊急遮断に入り、部隊は退避を余儀なくされた。


――テンヤンの中枢は、戦場に“兵器としての人間”を送り出していた。

それは単なる兵士ではない。国家によって作り出された、人格のない、記憶を失った「歩く銃身」だった。


彼らが何者だったのか。どうしてこうなったのか。

全ては不明のまま、ただ一つ残された単語が、情報部に新たな暗号として引き継がれた。


コード名《SAKURA》


それは、咲く花か。

それとも、血にまみれた戦場にしか咲かぬ、呪いの象徴か。


ヤマトは未だ、その本当の意味を知らない。

だが、確実に、何かが地の底で咲こうとしていた。

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