第六話「地下より咲くは、黒き花弁」
テンファン地下《影の根》
テンヤン人民共和国の首都テンファン。
かつて「アジア最大級の地下都市開発」として進められたメトロ・ネットワークは、
今や廃線や封鎖区画が幾重にも折り重なり、迷宮と化していた。
その暗黒の底に、彼らはいた。
黒衣の者たち。
名を持たず、顔も語らず、ただ“散花”の指示のみに従う者たち。
彼らはテンヤン情報部直属の特殊破壊部隊《影殻》──
「対象位置、首都中枢電力供給拠点・第B23変電所。
発火時刻は、01時00分統一。合図は“黒い鉄線”だ」
部隊長格の男が静かに言うと、
誰一人声を返さず、それぞれ地下の闇へと消えていった。
首都の灯に影が落ちる
テンファン市街はまだ戦場ではなかった。
だが市民たちの心には不安が忍び寄り、都市機能も不安定化していた。
地下鉄の一部運休
無人コンビニの通信障害
配送ドローンの混信による墜落事故
それらはすべて、「予兆」に過ぎなかった。
午前1時00分。
テンファン中心部、第B23変電所――
突如、爆発。
炎柱とともに施設が吹き飛び、近隣区画の20%以上が停電。
病院、銀行、行政機関が混乱し、市民がパニックに陥る。
これは、ただの序章。
“散花計画”の第一段階、「赤花」――インフラ遮断と都市機能の麻痺である。
ヤマト軍情報局・前線観測所
「テンファン中心部にて爆発。……これは事故じゃないな」
ヤマト連邦軍の特務参謀である葛葉准将は、
地上の情報とは別に、独自にテンファン市街の動向を監視していた。
「……地下網の解析はどうなってる」
「はい。テンヤンの旧型地下鉄路線図と、近年の改修情報を照合中。
ただし、少なくとも16の“通行不能区画”が改ざんされてます。
……これは、何者かが意図的に隠していた地下ルートです」
葛葉は目を細めた。
「……戦術的には、首都陥落は可能だ。だが……これは、もう一つの戦場だな」
彼はすぐに、**極秘コード“対影作戦”**を起動する。
テンファン市庁舎・旧市街エリア
「本当にやるのか? 首都の市民の中で――?」
テンヤンの政府高官の一人が、情報部部長・ジャオ元帥に声を荒げる。
「無差別破壊は、国外からの非難を招く! 国連決議を誘発しかねん!」
だが、ジャオは一瞥をくれただけだった。
「……非難? 死者の国に非難を浴びせる者などいない。
ヤマトがテンファンを地図から消す前に、我々が“都市の誇り”を燃やすのだ」
彼の言葉は、都市を守るという名のもとに、都市を自ら封鎖し、焼き尽くす覚悟だった。
“散花計画”の第ニ段階、「白花」――
首都主要交差点20箇所の爆破と、高層ビルの通信施設に対する同時多発攻撃が計画されていた。
ヤマト占領地域・シャンユエ市外縁部
一方、テンファンから南に300km。
かつて“上海”と呼ばれたシャンユエは、ヤマト連邦軍によりほぼ制圧されていた。
しかし、突如として制圧区の補給車列が爆発に巻き込まれる。
「……地雷でも、ミサイルでもない。これは、内部から仕掛けられた自爆式IEDだ」
ヤマト軍内部でも、テンヤンが展開する分散型ゲリラ戦術の兆候が認識され始める。
そして捕虜として確保されていたテンヤン兵士たちの中から、
偽装した“影殻”の一員が脱走。
シャンユエ中心部の発電所を襲撃しようとするが、直前で拘束される。
しかしその顔は、もはや人間ではなかった。
整形、言語再構築、訓練。まるで影が人を演じているようだった。
テンファン上空・“影の投下”
ヤマト連邦上層部は、テンファンへの制空権確保と同時に、
特殊部隊を“影殻”狩りのために都市内部へ投入する計画を進めていた。
コードネーム:《暁光》作戦。
「都市の影を照らすのは、夜明けの光だけだ。
我々はその光になる。……躊躇はするな。影に慈悲は通じない」
そして、テンファン上空に輸送機が飛ぶ。
夜の闇の中で、ヤマト特殊部隊《第五隠行群“白狐”》が、
サイレントパラシュートで地下遺構への侵入を開始する。