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【AI軍事考証】王国玄冬記 ―勇者なき世界で、王殺しから始まる王国の動乱―  作者: Soh.Su-K
Ⅲ虚ろなる一角獣 簒奪戦争

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Ⅲ-30 前哨

 『光あれ』。

 唯一『デュ』の称号を冠することを許された家系――ベルテルブルグ。総大将クーガー・デュ・ベルテルブルグは、その称号が背負う悠久の重みを、誰よりも深く、そして冷徹に理解していた。


 彼らの眼に映る現在の王都は、正統な光を簒奪(さんだつ)した仮初(かりそめ)の主、バーテルバーグ家が居座る汚れた揺り籠に過ぎない。太陽と一角獣(ユニコーン)を掲げる最古三家の筆頭など、ベルテルブルグに言わせれば、真の王統を覆い隠すための分厚い雲に等しかった。


「……見ておれ。泥にまみれているのは、我らではなくあちらの方だ」


 吹き付ける雨が巨大な陣幕を激しく叩き、その湿った重みが大気の緊張をさらに煽る。クーガーは、ベレッタ城主としての威厳を濃紫の外套に纏い、机上の地図を射抜くような視線で見下ろしていた。

その傍らには、影のように副将グラッチ・バイカルが控えている。


「グラッチ。パイファーの分家が、あの第一関門を守っているそうだな。生粋の武家らしい『我、立ちはだかる』という家訓通りの、不器用な粘りだ」


「ええ。ですが閣下、相手はルドウィッグ家のボーチャード。バーテルバーグの忠実な番犬として知られる男です。あのような隘路あいろに陣取りながら、安直な挑発に乗るような愚は犯さないでしょう」


 グラッチの声は、降りしきる雨の音を透かして届くほどに澄んでいた。彼のバイカル家は、防衛側に立つパイファー家の分家にあたる。この隘路を挟んで、かつての血縁が殺し合う構図となっていた。

 だが、王国の黄昏がもたらした動乱においては、血縁の情などという甘い感傷は、どの王を戴くかという冷酷な天秤の前で霧散するしかなかった。


 その時、陣幕の入り口が乱暴に跳ね上げられ、不敵な足音と共に一人の巨漢が踏み込んできた。


「回りくどい相談はもう結構だ、クーガー殿! 我が甥のマカロフが、既に先鋒の列を整えておる。これ以上の足踏みは、兵の士気を泥の中に捨てるようなものだ!」


 バイカル家の猛将格として鳴らすその男の背後には、東方の諸侯たちが列をなしていた。

 伯爵家コルト、子爵家スミス、そしてウェッソン。とりわけウェッソン家の当主ダニエルは、その顔に深い屈辱と憎悪を刻み、雨のとばりを睨みつけていた。かつて、彼は没落貴族ジウ家の娘ウェリンと婚約していたが、それを一方的に破棄した代償はあまりに大きかった。ウェリンの苛烈な報復によって家名に拭いがたい傷をつけられた恥辱は、未だに彼の胸を焼き、その矛先は今、ジウ家がかつて守っていたはずの王都へと向けられている。


「マカロフ、貴様のバイカル勢に、コルトとウェッソンの諸隊を継ぎ足せ。大弩バリスタ十八基は切通しの入り口に据えよ。一歩ずつ、あの醜悪な岩を削り取るのだ」


 クーガーの命令一下、ベルテルブルグの巨大な軍勢がうねりを上げて動き出した。

 破城槌ラムが泥を噛み、重厚な木製車輪が軋んだ悲鳴を上げながら坂を這い上がる。その後を、鋼鉄の鎧を纏った歩兵の縦列が、巨大な百足の如きうごめきで埋め尽くしていく。


 初日の夜。

 カイツール坂の入り口は、不気味な静寂と、断続的な暴力の火花に包まれた。

 雨は霧へと姿を変え、松明たいまつの光さえ吸い込んでいく。ベルテルブルグの先鋒は、闇に紛れてクロスボウを放ち、守備側の反応を探り続けた。

 ボチャン、と泥濘でいねいに落ちる投石の音が、切通しの側壁に反響して不気味に響く。敵の「探り」は、この隘路のどこに罠があり、どこに隙があるのかを冷徹に測るための触手であった。


 対する防衛側、第一関門の「槍間」からは、ショーンベルガー・パイファーの冷静沈着な号令が漏れる。


「前に出るな。腰で突いて、即座に引け」


 門を叩こうと忍び寄る影に対し、暗闇から突き出された槍は、正確に喉笛を抉り、肉を断つ嫌な手応えを残して即座に引き戻される。その一連の動作には、恐怖による乱れが一切なかった。

 頭上の矢倉に座すゾロターンもまた、矢の一本一本を自身の血肉のように惜しみ、敵の挑発に対しては最低限の、しかし確実な殺意を込めた応射で返した。


 互いに、手の内を晒し切らぬまま夜が深まる。

 だが、その静寂の中に混じる「異質な音」が、クーガーの神経を逆撫でした。


 ――チリン、と鈴の音が聞こえてくる。


 短く二回、長く一回。

 霧の向こう、見えない守備側の陣地から響くその識別合図は、この地獄のような雨夜にあっても、敵が完璧な規律と士気を維持していることを如実に物語っていた。


「……ふん。鈴を鳴らして安眠を貪っているつもりか。ルドウィッグの番犬どもめ」


 クーガーは、陣幕の隙間から溢れる光の中で、自らの白皙はくせきの指を強く握りしめた。

 前哨戦とはいえ、戦火は既にカイツールの泥を焼き始めていた。闇の中で散発的に上がる悲鳴と、岩を削る鉄の音。それは、明日訪れるであろう惨劇への、血塗られた序曲に他ならない。


 ベルテルブルグの野心が、王国の伝統的な防壁へと牙を立てる。

 初日の衝突は、ただの「探り」では済まされない熱量を帯び、両軍の憎悪を沸騰させながら、泥沼の二日目へとなだれ込もうとしていた。

【 次回更新予定 】 2月13日(金) 20:50

毎週 水・金 の週2回更新


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