Ⅲ-27 気勢
「ピダーセン殿やウェルロッド殿も同じ見解ということですね」
カルカノが地図を見下ろしながら言った。
「カイツール坂、籠城よりも確実にベルテルブルグ軍を止められる可能性が高い」
「確かに。攻城兵を連れて進むにはこの切通しが最短だ」
ウィンチェスターも頷いた。
「既に蛇を忍ばせています」
「まずは防衛軍の指揮官の任命を」
「それはもう決めています」
ニニオの声に呼応するように、会議室の扉が開いた。
「失礼します。ボーチャード・ルドウィック・ツー・オリバーです」
「最古三家に仕える家臣団の中でも最も由緒のあるルドウィック家。文句は出ないでしょう」
入室したボーチャードの後ろにエンフィールドが付いてきた。見たことのない混血の青年に、ウィンチェスターは少し怪訝な顔をした。
「ウィンチェスター殿には先に説明した方が良いのでは?」
ボーチャードがニニオの方を見る。
「そうですね。エンフィールド、丞相殿にご挨拶を」
「はい」
エンフィールドが一歩前に出て頭を下げた。
「エンフィールド・アーモリーです」
その言葉にニニオは顔をしかめた。それを見てエンフィールドも「あっ」と声を上げ、名乗りなおす。
「エンフィールド・フォン・バーテルバーグです。父は前王たるガーランド・フォン・バーテルバーグ、母は共和国大統領・蔡嘴の子、蔡琰と聞き及んでおります。以後、お見知り置きを」
ウィンチェスターは目を見開きながら、慌てて跪いた。
「お初にお目に掛かります!私はウィンチェスター・フォン・フローコード、王国の丞相を仰せつかっております」
その姿を見て、ニニオがクスクスと笑った。
「丞相殿のことです、この意味が分かりますね?説明は省きます。まずはオリバー卿の意見をお聞きしたいわ」
今は時間が惜しい。
ウィンチェスターのことだ、細かい説明などなしでも理解してくれる。
「はっ。まず、奴等を止めるのはカイツール坂が最適であることは南部戦線のアーモリー卿も仰っている通りです。奴等は攻城兵器も持ってきています」
「確認できただけで、破城槌が二、大弩が十八、投石機が六、最後方には攻城櫓もあるようです」
「それだけの大型兵器を運ぶとなるとカイツール以外に考えられません。そして、カイツール坂では必ず進軍速度が落ちる。そこを狙います」
ボーチャードは指を地図に滑らせた。
「——我らは先にカイツール坂へ先遣を走らせ、陣地を築きます。切通しの道床に溝を穿ち、石籠と鹿砦を据え、側壁には楔で留めた落石支度。上段には土嚢帯と胸壁を二段、その背に射点。聖徒騎士と工兵の混成をもって直ちに取り掛からせる所存」
王都を戦場にすることはできない。
大暴動の際には少なからず無関係な市民が巻き込まれ死んでいる。
籠城戦となるとその比ではない。
可能な限り、王都決戦を避けたいというのが本音だ。
「しかし、地理的にここが要所となるのは相手も織り込み済み。対策を講じてくるのでは?」
「安直な罠や伏兵は通じないでしょう。最終的には力押しになるのが明白です」
「つまり、相手が全力で押してくる前に叩き潰す」
こちら側が寡兵なのも分かりきっている。ならば戦い方は一つしかなかった。
†
「現場指揮はマンバに一任する。私は猊下の傍を離れるわけにはいかない」
アナが珍しく真面目な顔で言った。
「作戦の詳細は既に伝わっていると思う」
「あぁ。上手く行けば敵を撤退まで持っていけるだろう」
「含みのある言い方ね」
「お前だったら気付いているだろう?」
アナが少し苛立っていることに、マンバは気付いていた。
「進軍中のベルテルブルグに付けていた眼からの報告がなくなったわ」
「全て潰されたと見て間違いない。奴等は既に動いている。だが——カイツール坂に到着するまでに奴等が打てる手は多くない」
マンバは羊皮紙に短く書き付ける。
「一、小勢の先乗りで斥候を掃討しつつ速度を上げ、到着時刻をずらす。二、偽装迂回で別街道へ向かうふりをして、こちらの守備兵を散らす。三、補給列への夜襲で、工兵の資材を焼いて陣地構築を遅らせる」
「……確かに、到着までならその程度ね」
「そうだ。到着後に噛み合う策は別にある。まずはこの三つへの備えを用意しておけ」
マンバは地図を指差しながら続ける。
「先乗り対策は関門を設けて“入口で詰まらせる”。偽装迂回には蛇を散らして“空街道”を演出して釣り戻す。夜襲は火見張りと巡邏を詰め、資材は小分けにして移送。……審議会に上げて、実施の判を取れ。蛇の全権はお前が持っているのだろ?だったらしっかりしろ、らしくもない」
羊皮紙をアナに渡しながら言った。
「貴方に言われたら終わりかもね……」
「もし王都が戦場になったとしても、お前は前線に立つな。審議会の連中を連れて逃げろ、いいな」
マンバはそう言い残して行ってしまった。
「言われなくても分かってる……」
蛇も聖徒騎士団もそのほとんどが出払っているため、情報の精査をする人間が圧倒的に足りない現状、アナは各所に指示を飛ばしながら自ら情報精査をしていた。良くない知らせばかりであり、そんな中で挙兵したクーガーに対して怒りが込み上げてきていた。
何故、王国の秩序を乱すのか。
アブトマットもクーガーも玉座に眼がくらんだクソ野郎だ。
今すぐにでも殺したい。
しかし、それが出来ない。
そんな気持ちをマンバに見透かされた。
それも含めた苛立ちが募っていく。
「あぁもう!何なのアイツ!」
アナは悪態をつきながらカルカノの元へ向かった。
【 次回更新予定 】 3月4日(水) 20:50
毎週 水・金 の週2回更新
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