Ⅲ-25 落胤
「エンフィールド・アーモリーです」
エンフィールドは謁見の間でニニオの前に跪いていた。クーガーが呼応する諸侯の手勢を引き連れ、王城を後にした翌日のことだ。玉座にはニニオ、その側に控えるカルカノ以外に誰もいなかった。衛兵すらいないその状況で、ニニオはカルカノの手を借りて立ち上がり、エンフィールドの元へやってくる。その行動に、エンフィールドは完全に萎縮した。
「顔を見せて」
ニニオの声が届く。エンフィールドは恐る恐る顔を上げる。ニニオの目は潤んでいた。
「よく、生きていました……」
ニニオは優しくエンフィールドを抱きしめる。
「陛下!?何を!?」
エンフィールドは硬直した。カルカノも優しげに口元を和らげる。
「よく顔を見せて」
ニニオの細い手がエンフィールドの顔を包む。
「あぁ、やはり似ている……」
「陛下……!?」
顔を真っ赤に染めるエンフィールド。ニニオは齢四〇も越しているが、その美貌は健在だ。女性にまじまじと見られた経験などないエンフィールドにとって、それは毒にも近しい。
「ニニオ陛下、そろそろ」
カルカノがわざとらしく咳払いする。
「申し訳ありません、思わず感極まってしまい」
涙を手で拭いながらニニオは立ち上がり、もう一度玉座に腰掛ける。
「貴方を呼んだ意味は分かりますか、エンフィールド殿?」
「いえ……」
身に覚えはない。
「猊下から説明を」
「分かりました」
カルカノがゆっくりと頷く。
「エンフィールド殿、貴殿は自分の出生をご存知ないでしょう?」
「……?ピダーセン=アーモリー卿からは戦災孤児と聞いています。魔王軍との戦の際に両親が死に、孤児となった私をアーモリー卿が拾ってくださったと」
「戦災孤児……言い得て妙。確かに貴殿はある戦により親を亡くしております」
「ですから、魔王軍との……」
「いいえ」
ニニオがきっぱりと否定した。
「貴方の親御様が亡くなったのは、共和国内で起きた内戦です。そして亡くなったのは御母堂様です」
エンフィールドは目が点になる。
「御母堂様は蔡琰」
「蔡……琰……?まさか……」
「現共和国大統領・蔡嘴の一人娘です」
「待ってください!」
エンフィールドは混乱していた。自分の見た目から、共和国人との混血であることはなんとなく気付いていた。しかし、母親が蔡琰ということは……。
「つまり……私の父親は……」
ニニオとカルカノが同時に頷く。
ニニオは袖口から黒蝋の半割印を示し、カルカノが修道院の御産帳の写しを差し出した。
「第四五代国王、ガーランド・フォン・バーテルバーグ、その人です」
ニニオの言葉にエンフィールドはへたり込んだ。
「しかし、前王ガーランド陛下と蔡琰様は婚約関係ではあったものの、先程陛下が仰られた通り、共和国の内乱で婚姻を前に亡くなられたのでは……?」
「共和国の内乱時、蔡琰殿は王国に逃れておいででした。我々、捌神正教が匿っていたのです」
共和国内での不穏な動きをいち早く察知した蔡嘴は、秘密裏に娘である蔡琰を王国へ逃していたのだ。手引きをしたのは他でもないカルカノ。その時には既に蔡琰は身籠っており、共和国の内乱が勃発してすぐに産気づいた。男児を産むが、蔡琰は血の留まり難い御病を抱えており、出産時の出血により亡くなる。共和国内だけでなく、王国内でも蔡琰の妊娠は知られておらず、蔡嘴にすら知らされていなかったという。むしろ、その出産を知る者の数は限りなくゼロに近かった。
「ガーランドも貴方の存在を知りませんでした。出産自体を知っているのは私と私の侍女二名。猊下にも知らせていませんでした」
「当時は厳戒態勢で蔡琰殿に直接お目に掛かることも出来ませんでした。そういった理由だったと聞いたのはつい最近です」
「蔡琰殿の妊娠自体が秘密だったのです。元々、蔡琰に持病があることは知られていましたし、それが理由で妊娠できない身体であるともされていたのです。ガーランドと蔡琰殿の婚姻が認められたのは、蔡琰殿が妊娠できない身体であるから」
「前王陛下と蔡琰殿の間に王位継承権を持つ男子が生まれてしまっては、王国が共和国の属国にされる可能性が出てきます。もし蔡琰殿の妊娠が表沙汰になれば、王国は荒れていたでしょう」
つまり、王国のために妊娠すら隠されていたのだ。確かに共和国大統領の血が入った王位継承者の存在など、王国にとっては悩みのタネでしかなかっただろう。そして、エンフィールドの母である蔡琰は、出産時に自分が命を落とすことを承知でエンフィールドを産んだ事になる。
「何故、母は命と引換えに私を産んだのでしょう……」
思わず口から出てしまった言葉。その言葉を聞いて、ニニオはクスリと笑った。
「親は子を愛し、子に生きて欲しいと思うものです。そのためなら命だって惜しくない。私に子はいませんが、その気持ちは痛いほど分かります」
ニニオは再び立ち上がる。
「もう一度、顔を見せてください」
ニニオがエンフィールドの目を見つめる。
「青みがかった黒い瞳……琰と同じく美しい瞳だわ」
「その……ニニオ陛下と母の関係は……?」
「幼馴染よ。ガーランドと琰、私の三人はね。蔡嘴殿がお忍びで王国を訪れる際は必ず琰も連れてきていたわ。本来ならガーランドと琰の二人きりで会わせるつもりだったみたいですけど、琰が人見知りでね。同性の私が呼ばれたの。それ以来、よく三人で遊んだわ」
嬉しそうに語るニニオは少女のようだった。
「陛下、そろそろ本題に……」
カルカノの一言でニニオの顔は女王の顔つきに変わる。
「そうでした。貴殿を呼んだ理由はもう察しがついているでしょう」
エンフィールドは居住まいを正す。何を言われるのか、既に理解していた。
「王統継承規に則り、現王ウィリアムに事故あるときは、第一順位たる者がこれを継ぐ。現状、その第一位は貴方です」
「承知いたしました……」
「ですが、急に現れたエンフィールド殿に従う諸侯は多くない」
きっぱりとカルカノが言い切った。
「そこで、貴方には戦働きで武功を上げてもらいます」
「武功……?」
「数日中に元老院は解散させ、私を中心とした新たな審議会を作り、臨時政府の全権を掌握します。その上で、新政府はクーガー・バーテルバーグの反乱を鎮圧することになる」
「つまり、その戦で武功を上げろと言うことですね……」
頭を垂れたまま、エンフィールドが応える。
「貴方には苦労を掛けることになります。しかし、王国のために、どうか……」
立ち上がり、敬礼をするエンフィールド。
「第一王妃陛下の御命令とあらば。命を懸け、逆賊の討伐に励みます!」
「死ぬことは許しません。必ず生きて戻りなさい」
「御意!」
謁見の間を出ると、ボーチャードが片膝をついて待っていた。名を呼ぶより早く、彼は静かに頭を垂れる。石床の継ぎ目から冷気が立ち、遠い燭の火が細く伸びた。
「オリバー卿!?」
背で衣擦れ。カルカノに支えられたニニオが一歩、前へ。
「この子に付くのですね」
「はい。アーモリー卿より経緯は聞き及びました。その日より、エンフィールド殿下にお仕えすると決めています」
ボーチャードは顔を上げ、短く息を整える。
「今までのご無礼をお許し頂きたい。今、この時より、私は殿下の剣となります」
カルカノが目を細めた。
「蛇にバーテルバーグ家の情報を流していたのは、やはり貴殿か」
「筆頭家臣の身ゆえ派手には動けず、量も限られました。……不首尾、平に」
「いいえ。あなたのおかげで“これだけ”で済んだと言える。感謝を」
ボーチャードは剣を抜き、柄を手前にして両掌に載せた。目だけが誓いの形をつくる。
「宣します——私は殿下の剣となり盾となる。背かず、怯まず、欺かず。ここに誓います」
カルカノが問う。
「国法に背けという命なら?」
「諫め、それでもなおなら、剣を伏します」
ニニオは一歩進み、受け取った剣の峰で右肩、左肩の順に軽く叩いた。澄んだ音が長く尾を曳き、捌神の御名に届くほど細く消える。
「よろしい。——いまは形だけで授けます。証文は後で整えます」
ニニオはエンフィールドへ剣を渡す。金属の乾いた感触が、場の空気を一段深くした。
「この剣は殿下の剣。汝、その剣であり続けよ」
ボーチャードは胸に拳を当て、深く礼を取る。短い沈黙が落ち、どこからともなく微かな風が通った。
「拝命——この身、滅ぶまで」
こうして、非公式ながらエンフィールド・アーモリー改め、エンフィールド・フォン・バーテルバーグは王位継承第一位に据えられた。対するクーガーが自軍本隊と合流し、王都を目指して再び北上を開始したのは、それから九日後のことだった。
【 次回更新予定 】 2月25日(水) 20:50
毎週 水・金 の週2回更新
本作の『考証』が面白いと感じていただけたら、評価ボタンで教えてください。
数字が積み上がることが、より精緻な物語を組むための何よりのエネルギーになります。




