Ⅲ-23 侮蔑
「私の文は読んだのであろう?カルカノ」
クーガーはふてぶてしく言い放った。
ここは謁見の間、玉座には太后代行であるニニオが座り、その両隣にカルカノとウィンチェスターが控えている。
ニニオの対面になる場所に椅子があるのだが、クーガーはそれに座ることなく、玉座のあるところまで歩いて来る。
「無礼ですぞ、お控えください」
「無礼?それはこちらのセリフだ、ウィンチェスター。貴様ごときが私に指図するでない。何より、その玉座は私が座るべきである。早々にどけ、女」
ニニオの前に立ち、その胸元に手を伸ばそうとするクーガー。
衛兵の斧槍がそれを阻止する。
「何の真似だ」
「お下がりください、クーガー殿。現状、貴方が玉座に座る理由はない」
「黙れ、カルカノ。ベルテルブルグこそが真の王家。その女は何だ、バーテルバーグですらない女が玉座に座るなど王国史の恥だ」
「私はニニオ・フォン・バーテルバーグ。前王ガーランドの妻にして、現ウィリアム王不在故に代行を仰せつかっている。《《一貴族に過ぎん貴様》》に指図される謂れはない」
まるで汚物を見るような目でクーガーを見るニニオ。
クーガーの手が震える。
「真の王家である私を愚弄するか、女……」
「真の王家はバーテルバーグ家である。世迷い言を宣うためにここへ来たのか?」
「貴様……」
「クーガー殿」
流石にカルカノが間に入った。
「王国は立憲君主制国家です。国王とて法の下に決められるのです。現状、貴方は王ではない」
「……、まぁいい」
クーガーは用意された椅子に一度座った。
「どうせ私のものになるのだ、焦ることもなかろう」
椅子の上で踏ん反り返るクーガー。
「今回は別件で来たのだった。玉座の上に汚物が乗っておるのが許せんでな」
侮蔑の笑みを湛えるクーガーを冷めた目で見下ろすニニオ。
「血迷った俗物が南部の城に立てこもったと聞いてな、私からも援軍を出してやろうと思ったのだ」
「今の所、逆賊に動きはありません。むしろ南部戦線の支援に回して頂きたいのですが」
イライラとした口調でウィンチェスターが言う。
「貴殿は王命である『南部戦線への派兵協力』に呼応しなかった。それなのに私兵を募り、南下するどころか北上して王都へ近付くなど、逆賊の所業ではないか」
ニニオが静かに言う。
「何だと、貴様」
「この場で逆賊指定しても良いのだぞ」
「シグ家の分際で偉そうに」
「私はバーテルバーグ、勘違いするなよ小僧」
衛兵は斧槍の穂先をクーガーに向けたままである。
仮にここでクーガーを逆賊に指定したくとも結局は元老院の了承を得る必要があるため、猶予を与える事になる。
元老院の了承をすんなり得る事が出来るかも問題だ。
ベルテルブルグ家は最古三家に並ぶ古くからの貴族、よしなにする諸侯も多い。
厄介過ぎる相手である。
「王国と戦争をするために此処へいらしたのか、クーガー殿?」
カルカノの口調もかなり厳しいものになっている。
南部戦線とゾーン城のアブトマットに加え、クーガーとも戦闘状態に陥ればそれこそ王国が四散しかねない。
クーガーの狙いはそこである可能性も高い。
王国を混乱に陥れ、玉座を奪い、統一戦争という名目で王国全土を平定する。
しかし、そんな事をすれば魔王軍との戦闘に割く兵力が不足し、王国自体が消し飛ぶのは確実。
「貴様らの返事次第だ。玉座を返せ、さもなくば……」
「クーガー殿、それは現政権への宣戦布告ですかな?今回の来訪の目的は派兵協力の打診ではありませんでしたか?」
「打診である。我が兵を欲するなら対価として玉座を。それだけの話だ」
「拒否すれば王都を攻めるなど……、それは打診ではなく脅迫では?」
「好きに捉えて構わん。私から言う事はソレ以外にない」
「ということは、偽の書簡で王都へ入り込んだという事にもなりますよ?」
「だから好きに捉えよと言っておろう」
「となれば、この場で貴方を捕らえる事になります」
カルカノがそう言った瞬間、天井から影が落ちてくる。
だが、その影とは別の影が横からぶつかった。
金属音が響く。
「チッ……」
アナが忌々しげに舌打ちをする。
「影を持つのは貴様だけではないぞ、カルカノ。あぁ、影ではなく貴様のは蛇だったか。まぁいい、交渉は決裂という事だな、帰るぞ」
「簡単に出れるとお思いか?」
「出れるさ」
クーガーがニヤリと笑ったと同時に、勢いよく扉が開かれた。
「申し上げます!」
衛兵の一人が息を切らしながら入ってきた。
「迎え入れた兵の一部が、無許可で王城の中へ!」
それを言い終えない内に衛兵はアナに抱き抱えられ、謁見の間の中に入れられる。
衛兵のいた場所に矢が飛んできた。
「何と愚かな!」
「愚かなのは貴様だ、カルカノ」
クーガーはゆっくりと出口へ歩く。
「今から私の戴冠式の準備でもしていろ」
完全武装した兵を引き連れ、クーガーは去っていった。
「すぐさま元老院会議を。クーガー・ベルテルブルグを逆賊指定する議案を提出します。離反した兵の所属はわかりますか?」
カルカノが指示を飛ばす。
「先程の兵はバイカル家の者です!その他にも呼応する諸侯の兵が完全武装で王城前に集結しています、その数五百程!」
アナに抱き抱えられたまま衛兵が答える。
「ここで戦闘する気はないでしょう。警戒はしつつ、王都から出るのを待ちなさい。こちらから手出ししなければ戦闘にはならない筈」
「取り逃がすのですか!?」
ウィンチェスターが反論する。
確かに、クーガーを捕らえるには今が好機に見える。
しかし、王都内に入ったクーガーの手の者がどれだけの数なのかも分からない現状、下手をすれば再び王都が荒れる。
王都内の蛇の数も限られている上に、クーガーに呼応する兵士がまだ潜んでいる可能性も高い。
クーガーの今の兵力は五百だが、それは見せかけにすぎないのだ。
戦闘を開始した所で、クーガー側に加担している兵士を内包する部隊で戦う事になる。
五百の目に見える兵士より、息を潜めた潜伏兵の方が厄介極まりない。
このような急事に、内部から混乱させられたらそれこそ一瞬で玉座を奪われかねない。
「今動くのは危険です。まずはベルテルブルグ家の逆賊指定を。緊急王命を出せない今、手順を踏まなければこちら側から離反する諸侯が増えるだけです」
「獅子身中の虫という事ですか……」
「あまつさえ、その虫が獅子に成り代わろうとしている訳です。早急に手を打たねば」
クーガーは堂々と王城前の広場へ降りてきた。
「陛下、ご無事で」
迎えたのはマカロフ・バイカル、グレッチ・バイカルの甥である。
「向こうから仕掛けてくるかと期待したが、そこまで愚かではなかったか」
「如何致します?」
「本隊と合流する、戦闘だ。潜伏している兵も数日中に全て本隊に合流させろ」
「潜ませておかずとも良いのですか?」
「良い、下手に残すと蛇に食われるぞ」
「御意に」
クーガー達はそのまま王都を出て行った。
案の定、クーガーの国賊指定に関する緊急案が元老院に認められたのはそれから五日も経った後である。
あからさまに反対する諸侯はいなかったが、クーガーと直接繋がりのある者は既に元老院から消え、一部の日和見主義者達が態度を決めるのに時間が掛かった形だ。
結局元老院が紛糾した五日の間で、王城へ受け入れた兵士の数も二万から一万五千まで減った。
動揺は市民の間にも感染し、多くの市民が王都を脱出しようと列をなした。
その混乱は大暴動並みだったと言われている。
クーガーの軍は国賊指定を受けた事を確認したかのように、謁見から六日目に王都へ向け北上を開始。
王都政府は形骸化した元老院を解散、ニニオ第一王妃を代理王位に据え、審議会を再編。
それと同時にクーガーを迎え撃つ為に五万弱の討伐軍を編成することになるが、この討伐軍の総司令に任命された者が再び波乱を呼ぶ事となる。
【 次回更新予定 】 2月18日(水) 20:50
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【 2/20 カイツールの戦い 開戦 】
王都防衛 2万 vs 叛徒軍 10万
「究極の局地戦」が始まる




