Ⅲ-17 制圧
「ビュロー卿がフェムに入られました!」
伝令が司令部へ駆け込む。
「テオ、“蛇”からは?」
「まだです。敵前線の全隊へフェム攻撃命令が行き渡るまで、もう少し時間が要るかと」
「うむ……」
歯痒い待機だ。突入の報から、まだ四半刻も経っていない。
ウェルロッドの進撃を援護した林冲には、フェムへ近づきすぎず即時に戻れと命じてある——素直に守ってくれればよいが。
「しかし林冲殿のことだ。既に一緒に入っている可能性もあるぞ……」
グラッチが低く呟く。ピダーセンも、その可能性は織り込み済みだ。
「そうなればそうなった時だ。我々は、我々にできることをやる」
結局のところ、敵を撤退へ追い込めれば作戦は成功だ。
林冲が内にいようと外にいようと、ピダーセンのやることは変わらない。
「待機の全軍へ通達。騎兵は騎乗のまま待機、歩卒は即応装備で走れる態勢に」
「はっ!」
伝令が走る。入れ替わるように、聖徒騎士団の兵が入室した。
「第二師団所属・第三通信大隊長、ヴェルナー・ハインツェル、入ります。テオバルト師団長、そろそろ」
「アーモリー卿、私は前線指揮のため離れます。以後はヴェルナーをお使いください」
言い置き、テオバルトは司令部を後にした。
「……ヴェルナーか」
「はい」
「“蛇”も、ぎりぎりらしいな」
ピダーセンの一言に、ヴェルナーは一瞬だけ目を見開き、すぐ表情を戻す。
「何のことやら……」
「分かりやすい」
「何のことでしょう……」
「まあよい。これが済んだら、テオには儂の酒に付き合ってもらう。お主もだ、ヴェルナー」
「はっ。肝に銘じます」
テオバルトは自室へ戻ると総板金鎧を手早く脱ぎ、黒衣に着替え、窓から外へ。
前線へ潜らせた“蛇”の数が、現在進行形で減っている。昨夜から合図の刻印が三つ続けて途絶え、鳩も戻らない。炙り出しを受けたか。
ならば、今回の攻勢意図が魔王軍に漏れている可能性も高い。ピダーセンやウェルロッドは「知れている」と笑うだろうが、聖徒騎士団としては看過できない。
フェムは一種の出城となった。
これを攻めれば前線から背を取られる。無視して前線を叩けば、今度はフェムから背を刺される。
ウェルロッドが占領した時点で、魔王軍の選択肢は撤退に絞られる。指揮官は既に撤退を視野に入れているかもしれない。撤退の混乱に紛れ、間者の流し込み・切り捨ては常套。ゆえに今、間者を刈りに来ているのだろう。
このままでは魔王軍の情報が枯れる——それだけは避けたい。場合によっては自ら潜入する。
「テオ!」
闇に溶けた影が並走する。
「ラッセルですか」
東部を中心に動く“蛇”の頭だ。
「お前まで出るのか?」
「独断です。しかし嫌な予感がします」
「ルインも同じだろう。猊下から南部への増援命令も出ている」
「潜入の消息不明が、ここ二日で増えました」
「魔王軍の指揮官は撤退準備に入っている、と見る」
「戦わずに去ればいいものを……」
「焦土にする腹だ。お前はフェムまで。それより先は我々に任せろ」
「とりあえず、ルインと合流を」
二人は途中の隠れ家で大狼に跨り、フェムを目指した。
†
「食人鬼五、黒醜人七、か」
ウェルロッドは丸盾と手斧を取る。
先ほどの長剣は腰へ回し、盾を腕に通した。
前は食人鬼五、黒醜人七——うち近接が各三、魔法使い《ウィザード》が食人鬼二、黒醜人三、残りは弓。
「さて、フェムを返してもらおうか」
「人ノ子ニ、何ガ出来ル」
構え——
「アガッ!」
黒醜人が一斉に前のめりに崩れ、食人鬼たちが振り返る。
「姑息ナ!」
窓辺に、弩を構えた黒衣の影。
「どこを見ている!」
ウェルロッドらは一気に食人鬼へ殺到した。一瞬だった。
「ご無事ですか、ビュロー卿」
黒衣の一人が駆け寄る。
「テオか。助かった。“蛇”の指揮はお主が執るのか?」
顔の黒布を外すテオバルト。
「いえ、フェム周辺の指揮はこのラッセルに」
「お見知り置きを」
ラッセルは素顔を出さずに頭を垂れる。
「素顔を見せぬ無礼、お許しを」
「構わん。砦が早く片づいたのはお主らのおかげだ」
「私は一度、アーモリー卿のもとへ戻ります」
「いや、待て」
出ようとするテオバルトを、ウェルロッドが制す。
「テオ、部下を数人連れて林冲殿のところへ行け。遊撃の通信と火力配分は、あの御仁の側で統べた方が速い。司令部に置いてきた配下は優秀なのだろう?」
「……了解しました。確かに、その方がよい」
「ラッセルも、部下を連れてフェムを出ろ。ここからは籠城戦だ。肝は城外の遊撃」
「しかし、それでは司令部との連絡役が……」
「ワシらはただ耐える。戦況を左右するのはアーモリー卿に丸投げだわい」
ウェルロッドがガハハと笑う。
「……籠城装備と糧食の補充には立ち寄らせていただきます」
「ガハハ!それは心強い!」
「では、ご武運を」
「互いにな!」
テオバルトとラッセル、黒衣の影が闇へ溶けた。
「さて——ここからが正念場だ!まず被害の報告!手の空いている者は街から、食えるものと戦いに使えそうなものを片っ端から掻き集めろ!瓦礫で胸壁を積め!井戸と水路を確保、屋上に投槍と予備石を上げろ!油と砂もだ!防衛陣地の構築を急げ、使えるものは全部使え!」
兵が散っていく。
ウェルロッドは大机にフェム砦の見取り図を広げた。




